第103話 怒られたくないので、ある企てを実行します
ガイルさんが治める商都から、街道に沿って東に進んでいる。ララやアンナが怖がらないよう速度はまだそれほど出していないが、アンナは「速い」と驚いている。ガイルさんのドレイクに乗せてもらったことがあるのかな?
「ルーク様、さっきすれ違った馬車はロッシェル家所縁の者が乗っているようです」
商都から飛び立って5分ほど、イリスが商都に向かってゆっくり走っている馬車を見てそう声を掛けてきた。馬車は前4人、後ろ3人の騎馬に乗った騎士7人に守られ、先頭を走っている騎士の一人が貴章の入った旗を掲げている。
馬車の天井四隅にも貴章旗がなびいており、どうやらイリスはそれを見て気が付いたようだ。
「ロッシェル家?」
「あっ! ダリアちゃんのお家の紋章です!」
あ~、ララのお友達のダリアちゃんね。ララは声をあげた後、慌てて何かしているが何してんだ?
「もしもしダリアちゃん、今馬車でお出かけしてますか?」
なるほど、コール機能でダリアちゃんがあの馬車に乗車しているか確認をしていたのか――
『ララさま? どうして分かったのですか? いまお父様たちとララ様のお屋敷に向かっているところです』
「ダリアちゃん、すぐに窓を開けて上を見てください」
ララはちょっとにやけて悪い顔をしている。ディアナを見たダリアちゃんが驚くだろうと考えているのかな?
『ナビー、ダリアちゃんちは領地持ちで、週に一回ピアノ教室のために通っているのかな?』
『♪ そうではないですね。領地持ちなのは合っていますが、商都に別邸を所有しており、ダリアと母親はそこに滞在しているようです。父親は自領と商都の別邸を行ったり来たりして仕事をこなしているようです。で、今回急遽両親そろっての訪問は、サーシャが回復して面会可能になったのでその挨拶と、マスターへのお礼のようですね』
お礼? あ~、ダリアちゃんにあげたカエルポーチのお礼か~。
『♪ そうです。母親はダリアがあまりに高価な物を頂いて帰って来たので、慌てて自領に居る夫に相談に向かったようです。プレゼントをくれた人物が大国の王子ってのもあるでしょう』
『あ~そういうのもあるのか。あまり考えてなかったけど、今後はそういう配慮もしないと貰った相手も困るんだね……。それにしても、ピアノ教室の日からまだ何日も経っていないのに、商都から近いのかな?』
『♪ イリスの実家同様、商都の人々の食料を確保するための農耕領ですね。1日も掛からずに向かえる距離にあります』
成程ね、それで父親は出来るだけ早くお礼に行った方が良いと判断し、今に至ると――
ララが遠ざかる馬車を気にしているのに知らん顔できないな。それにある企てを閃いてしまったのでそれを実行することにしよう。
「ディアナ、ちょっとあの馬車の前に行ってもらえるかな?」
『ん? 戻るのかえ?』
「うん。ララのお友達が乗っているみたいなんだ」
ディアナはゆっくりと旋回して馬車の進行方向の上空30mほどの位置に付けてくれたのだが、下は馬たちがパニック状態になっている。
俺は慌ててディアナから飛び降り【フロート】を発動して、馬車から少し離れた場所にゆっくり降り立つ。その間にディアナは更に高い位置まで上がってもらって、馬を怖がらせないようにしてもらった。
護衛をしていた騎士たちは抜剣して俺を警戒しているが、窓から顔を出していたダリアちゃんが俺に気付き両親を伴って近寄ってきた。
「ルークお兄さま~!」
この子はララよりちょと活発だが素直で良い子だ。
「やあ、ダリアちゃんこんにちは。驚かせてしまってごめんね」
「ルーク殿下とお見受けします。わたくしは――」
ダリアちゃんの両親とありきたりな挨拶を交わし、「こんな野外で恐れ多いですけど……」と言われつつ返礼品を受け取った。
別に俺的には要らないのだが、受け取らないのはかえって失礼だとナビーに嗜まれ受け取った。カエルポーチを高額認定しているぐらいだから、後で中を見るのがちょっと怖い……やっぱ今後は不用意にばらまくのを控えよう。
「ところで、いま公爵家のアンナとララを伴って、古竜で遊覧飛行しているのですが、良ければダリア嬢を1日お貸しくださいませんか? 帰還後に別邸のお屋敷までしっかり護衛を付けて送り届けますので――」
「ありがたいお申し出ですが――」
『♪ 大国の王子に子守などさせては申し訳ないと謙遜しているようですね』
謙遜などしなくていいのに、それにダリアちゃんがいてくれた方が俺にとって都合が良いんだよ。
「ダリアちゃんが来てくれるとララがとても喜ぶと思うんですよ。幼少時の友人との良い思い出はいくつになっても忘れられない貴重なものです。それに、ドレイクなら今後乗る機会もあるかもしれませんが、古竜の背になんか二度と乗る機会はないと思いますよ。将来学園に通い出した時やお茶会時に、貴重な体験談として良い話のネタになると思いますけど、どうでしょう?」
「あなた、ここはルーク殿下の折角のお誘いに甘えましょう」
ハイ奥さん落ちた~!
奥さんを落とせれば、旦那さんなんか飾りのようなものだ。すぐに話が付いた。
馬を驚かせないよう少し離れた位置にディアナを呼び寄せ、席順を変え再度飛び立つ。
暗部A イリス 騎士A
● ● ●
俺● ララ● アンナ● 〇
● ● ●
暗部B ニーニャ 騎士B
↓
暗部A イリス 騎士A
● ● ●
俺● ララ● アンナ● ●ニーニャ
● ● ●
ダリア 暗部B 騎士B
本当はニーニャの位置にダリアが座るのが良いのだが、ララと会話ができないのはちょっとテンション上がらないだろうなと思いこうした。
俺はララとダリアのキャッキャウフフが見たいのだ!
暫く街道に沿って東に飛んだあと計画を実行する。
「その川辺で少しトイレ休憩にしよう」
川辺に降りたあと、秘かにイリスとニーニャさんに声を掛ける。
「イリス、ニーニャさん、今から二人はこっそりララたちとアンナを動画で記録してほしい。なるべく楽しそうにしているところを撮ってくれ」
「ララお嬢様たちが楽しんでいる自然なお姿を思い出として残されたいのですね?」
ニーニャさんが『自然なお姿』というのを強調して確認してきた。
「まあそうなんだけど、実は帰宅した際にガイルのおっさんが怖いので、それを見せてご機嫌取りしようかなと考えている……」
ニーニャさんは『エッ⁉』みたいな顔をして口元を押さえた。
「ルーク様! 仮にも義理の父親になられるお方を『おっさん』などと言ってはダメです!」
イリスに怒られた。
「だって帰ったら絶対あのおっさんにげんこつされそうじゃん?」
「それは自業自得でしょう。今回のは怒られて当然だと思います。怒られるのが分かっているのに、なぜ平気でこんなことをなさるのですか?」
「そこでだよ! ララに激アマなおっさんに二人の楽し気な動画を見せて『怒らないでね』作戦だ!」
二人には呆れられたが、ナビーから有効手段だとお墨付きをもらい、撮影も協力してくれるとのことだ。
だが、そのナビーから『トイレ休憩』と称した素材集めで、また川辺の土を大量に取らさせられた。前回の分もまだ残っているのに、いったいこんなに沢山何に使うのやら――
そして再出発して数分後、ゴブリン数頭と戦闘中の集団に遭遇し、上空より観戦する。
「ルークお兄様、みなさん強いですね♪」
ディアナの背の上で、ララとダリアが目をキラキラさせて下の戦闘を見ている。必要以上に手をぎゅっと握りしめ力が入っているアンナもちょっと可愛い。
まあ街道沿いで出るのはゴブリンとかウルフ系の魔獣なので実際それほど脅威ではないんだけど、それをわざわざ言ってしらけさせる必要はない。
「そうだね。こうやって商人が冒険者を雇って危険を顧みず輸送してくれるから、違う土地のいろいろな品物を買うことができるんだよ。ありがたいよね」
「はい、皆さんに感謝です♪」
やっぱツンツンアンナよりララの方が可愛ええ~~!
イリスとニーニャさんの方を見たら、頷いて撮影が上手くいっていることを知らせてくれた。このままどんどん記録してほしい。
アンナもララたちも上機嫌なのだが、実はディアナもかなり機嫌が良い。
『主様よ、お昼は何を食べさせてくれるのじゃ?』
さっきから何度もこのような似た質問をしてきている。
皆を背に乗せる際に例のごとく俺の手料理を強請られたのだが、ゼノさんたちから庇ってくれた件もあったので、「お昼に美味しいものを食べさせてやる」と言ったらこうなった。
餌で簡単に釣れて少し心配になるレベルのチョロさだが、それはそれで可愛い。
「あの、ルーク殿下、お嬢様方も大変満足していらっしゃるようですし、そろそろ宜しいのではないでしょうか?」
戦闘観戦後に1時間ほど街道沿いを高速で飛んでいたら、ガイルさんが付けた暗部Bさんがそう声を掛けてきた。
ちなみに、暗部Bさんはガイルさんが付けた暗部のリーダーだ。一応彼も名乗ってはいたのだが、ナビーが偽名だと知らせてきたので、こいつは『暗部B』さんと呼ぶことにしよう。
ゼノさんが付けた暗部のリーダーは本人ではなく小柄な少年を付けてきた。この少年もリーダー同様無言で一切喋らない。それどころか名乗りすらしない……こいつも『暗部A』さんで十分だな。
まあかなり商都から離れたし、暗部Bさんが心配になるのも仕方がないだろう。
「そうだね。でもただ飛んで帰るのもなんなので、もう少し足を延ばして海を見て帰ろうと思っている」
「海見たいわ!」
「ルークお兄様、ララも海見たいです! ララはまだ海を見たことないのです!」
「わたくしも海見たいですわ!」
お嬢様三人が喰いついた……思惑通りだ。
その時、風に煽られ、一気に5mほど高度が下がってフワッとした浮遊感に襲われた。
「「「キャッ!」」」
『すまぬの、ちと風に煽られたが心配は要らぬ』
女性陣から悲鳴が上がったが、俺は違う意味で驚きそっちを見た。隣のララも聞こえたようで、驚いたような顔でそっちを見ている。ディアナが謝罪しているが、俺はそれどころではない。
ララの右隣、俺から見てララの左に座っている『暗部A』さんから可愛い「キャッ」っという声が聞こえたのだ。
「お前、まさか……」
「…………」
暗部Aさんは相変わらずだんまりだ。
底の薄い革製の黒いショートブーツ。麻っぽい生地の黒いパンツに、綿製のダボッとした黒い長袖のTシャツ、黒いベルトの後ろにはロングナイフが帯刀されている。どれも薄汚れてくたびれた感がする衣類を纏っている。
黒髪だがもの凄く土埃で汚れていて、全体的にボサボサに伸びた髪。前髪も長く、片方の目は完全に隠れて見えないほどだ。身長は150㎝ないくらいの小柄で、かなり瘦せている。
冒険者風でもあり、町民にも見えるありふれた格好。全体的に黒一色で特徴があまり感じられない。おそらく目立たないように意図してこういう恰好をしているのだろう。
俺は後ろを振り返った状態でそっと右手を伸ばし、暗部Aさんの胸に触れてみた。
さらしのような巻き布で、胸周りをきつく巻いて胸が揺れないように隠していたみたいだが、軟らかいものがちゃんとあった……ついムニムニと何度か揉んでしまったが、カチカチに巻かれた布越しのため喜べるほど良いものではない。
小汚い少年風の男装をしているが、暗部Aさんは少女のようだ。
俺に胸を揉まれたのに、声一つ出さないし、嫌がる素振りも全くない。流石ゼノさんが付けた暗部だな。この程度のことでは動じないよう訓練されているのだろう。
『♪ そうでもないようですよ。耳を見てください』
ナビーに言われて耳を見たら、真っ赤になっていた。それを見たらなんかもの凄く悪い事をしてしまった気になった。
『♪ この者は学園卒業までの3年間、マスターとミーファの護衛に秘かに付く予定になっているようです。髪も顔も服も土で汚し、身長のせいもあって一見子供のように見えますが、彼女は17歳の少女です』
マジか……俺より年上なんだ。そして陰ながら護衛に付くために、俺のいるクラスに転入予定とは――
性別が気になってしまい、咄嗟におっぱいを揉んでしまったわけだが、やっぱ嫌われたかな?
「ごめん……見事な変装だ。胸を触ったお詫びにこれをあげよう。【耐毒(中)】【クリーン】【アクアラヒール】の付与が付いたペンダントだ。その猫ちゃんの部分に君の血を1滴垂らして魔力を流せば使えるようになる。良ければ今後の君の仕事で役立ててくれ」
彼女はネックレスを渡した瞬間腰のナイフをすぐさま抜き、指を切って付与が掛かっている猫ちゃん部分に血を垂らした。
躊躇も遠慮も全くない流れるような動作にちょっと驚いたが、【耐毒(中)】の効果が発動した後に彼女は小声で一言つぶやいた。 「可愛い……ありがとう」のアニメ声にちょっと嬉しさが込み上げてくる。
「ネコちゃん……」
声の方を見たら、ララが猫ちゃんペンダントをガン見してた……。
『♪ マスター、もう不用意に人にあげないと反省したのではなかったのですか?』
『うっ……そうなのだが、暗部Aさんはともかく、ララのあの目の前では俺の意思なんか有って無いようなもの!』
『♪ はぁ~……もう好きにしてください』
とはいえ、もともとペンダントは付与魔法の練習の為、皆に配るように何種類も沢山作っているものだ。それに、付与品をあげる相手はちゃんと考えてから渡すようにするつもりだよ。
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