第73話 まだ婚約だけど結婚指輪をあげました

 国王であるゼノさんが『召喚の儀』の閉会式で婚約を公式発表した。


 学園内で発表したのにはちゃんと理由がある。

 一番の理由としては、早急に俺の立ち位置を国内外に公表すること。

 ヴォルグ王国第三王子のルークではなく、フォレル王国へ婿として来てもらったルーク王子として現所属国の確定と、国王派の派閥に属しているという表明も兼ねている。


 ここは王都の騎士学園……貴族の子息が大勢集まる場なのだ。

 婚約披露宴を行うにはかなりの日数がかかるし、掲示板やメールなどの文章で公表するより、国中から集まってきている貴族家の子供たちの口から勝手に親に情報を流してもらった方があっという間に広まると目論んだのだ。



  *    *    *



 現在俺は運動場で騎士たちに協力してもらいながら、ディアナに巨大な鞍を着けている。素材は軽い木と先日国王と一緒に狩った牛の革だ。ナビー工房で製作してもらったのだが、一般的な鞍とは異なっている。


 ディアナが大きいため、馬の鞍のように跨るものではない。


 横3列、縦4列の自動車のように座るタイプのシートになっている……そう、俺が参考にしたのはロードレース車に搭載されている4点式シートベルトのバケットシート仕様だ。但し、最前列の俺が座る席だけは戦闘を想定して1席で動きを阻害するシートベルトはない。


 前から1人・3人・3人・3人と座れるので、最大搭乗数は10人となる。




「ねぇルーク君、出立は明日にしないか?」


 こう言っているのはゼノ国王だ。理由はなんとなく分かる。


 明日の予定にゼノ国王も公爵家に向かうことになっているそうなのだが、俺の出立が今からでは、今夜王城で会議があるので一緒に行けないのだ。


「お父様はディアナちゃんに乗りたいだけでしょ!」


 あ、ミーファに怒られてシュンとなった。そう、ゼノさんは俺たちと一緒にディアナに乗りたいのだ。


「サーシャさんの熱がまた上がってきたようですし、少しでも早い方が良いですからね」


「そうだね」


 残念そうにこっちを見つめているおっさんを無視して最終調整を行う。


「ディアナ、擦れて痛い場所とかはないか?」

「妾の背の鱗は硬いからの、多少変な当たり方をしても何も感じぬわ。それより鞍自体を着けるのが嫌じゃ」


「そこは我慢してよ。ミーファたちが落ちて亡くなったらディアナも悲しいだろ?」

「そうじゃの……分かった、我慢するのじゃ」


 ディアナの背の形に土台になっている木を削り、揺れでずれないように調整する。10分ほどでうまく装着できた。初めてにしては上出来だ。


 重力魔法を持っている俺なら一人でも着脱できそうだ。


「それにしてもルーク君、いつの間にこんな立派な騎乗用の鞍を作ったんだい?」


 あ、言い訳考えてなかった。ミーファが横にいるし、嘘も言えない。

 ディアナを召喚したのは二日前、なのに立派なディアナ専用の鞍をもう完成させている。しかもかなり大きなものだ。


 そりゃ不思議に思うよね。


「あはは……」


 答えることもできず、笑ってはぐらかした!




 ミーファたちは学園の制服から、騎乗用の服に着替えてもらっている。スカートだと風でめくれちゃうし、乗り降りの際に下にいる騎士たちからパンティーが丸見えになっちゃうからね。


「あのルーク様、途中の休憩は何回ほどの予定でしょうか?」

「兄様のドレイクのバルスよりかなり速度がでるみたいだから、1回あれば十分じゃないかな?」


 イリスが少し不安そうに尋ねてきた。


「1回ですか?」


 あら? 更に不安そうな顔になった。前回はなんともなかったのになんだろ?


『♪ あ~、なるほど。イリスとエリカとミーファの3人が現在生理中のようです。エリカから先ほど相談を受けたようですね。イリスは【クリーン】があるので、自分で不快感を覚えたら浄化して綺麗にできますが、エリカやミーファは定期的に当て布を交換しないといけません。多い日だと30分ほどで染みてくるので不安なのでしょう』


『そういうことね。ところでナビー、いい加減工房から出てこいよ』

『♪ 嫌です!』


 こまった妖精さんだ。これじゃあ実体化した意味がない。


『♪ マスター、申し訳ありません』

『まぁ、いいよ。早くレベル上げして、笑った奴らの度肝を抜いてやろう!』


『♪ はい! ナビーを笑ったあの者たちは絶対許さないのです! ちゃんと動画で顔は全員保存しています!』


 いやいや、別に危害を加えたりはしないからね?


「ルーク様、実はわたくしが女の子の日になりましたの。お手数ですが、少し間隔を短めに休憩してくださいませんか」


 ミーファが顔をほんのり赤らめ、恥ずかしそうに俺に言ってきた。イリスやエリカに言わせないで自己申告したのは、俺的に好感度マシマシだ!


「ミーファ、ちゃんと事前に教えてくれてありがとう。お年頃の女子にとってちょっと恥ずかしくて言いにくいことを従者に言わせず、ミーファ自身で申告したのは 素敵だよ」


 俺の素敵発言で、さらに真っ赤になった。ミーファ可愛い!


 さて、女の子は毎月不便だね。よし、いいこと思いついた。


 ナビー工房で高純度のミスリルリングを作ってもらう。


『♪ マスターどうでしょう?』

『うん。丁度良いサイズだね。後は俺の方で調整するよ』


 【錬金術】で形を整える。そして【詳細鑑定】……高純度なだけあって、ソケットが4つも付いて空いている。ソケットというのは目に見えるものではない。大体の物に概念的に具わっている【付与】できる数の枠のことだ。出来の良い品には多く空きがあるとされている。


 出来立てのミスリルリングの空きソケットに【付与】を施していく。


 【クリーン】【毒耐性効果(中)】【サイズ自動調整】【個人認証】

 普通のミスリルリングが、付与付きの高価なものに変わる。


「ミーファ、エミリアちょっと来て」


 ミーファの左手を手に取り、薬指に【耐毒のミスリルリング】を嵌めてあげる。


「一応結婚指輪のつもりだよ。婚約指輪と違い毎日身に着けておくものなので、宝石のような装飾はなく、デザインはもの凄くシンプルなものだ。でもこの指輪には【毒耐性効果(中)】と【クリーン】が付与されている。指輪に魔力を込めたら【クリーン】が発動するようになっているので色々便利だと思うよ」


「ちょっと待てーい! 毒耐性効果(中)だって!」


 横で聞いてたゼノ国王がなんか壊れた?


「毒耐性の方は常時発動型なので、装着時に勝手に魔力を消費して、以降は外さない限り魔力が切れたら自動で魔力消費されてしまいますけどね」


「それって身に着けておくだけで、魔法の掛け忘れなしってことだよね。しかもレアな【クリーン】付き! それって国宝級じゃないか! ミーファ、それ俺に譲ってくれないか?」


「結婚指輪って言ったでしょ! なに娘の結婚指輪を強請ってるんですか!」

「俺も食事や外出時には必ず毒耐性の付与のある装備品を身に着けているのだけど、これ見てよ」


 立派過ぎる純金製のぶっとい腕輪だった。


「これも【毒耐性効果(中)】の付与がある品だけど、重いんだよ! 食事時にこれ着けて食べてごらんよ!」


 職人が作った普通の腕輪なら50gもないだろう。だが、ゼノさんのダンジョン産のぶっとい腕輪は1kgあるそうだ。そりゃ重いよね。


『♪ マスター、付与術師が作製してできる品は、初級魔法の付与品までしかできません。つまり、毒耐性の物でしたら耐毒効果(小)までなのです。それ以上の効果のある物はダンジョン産になるのですが、ドロップ率が低いために滅多に売りに出されることはありません』


『効果(大)とかは無いってこと?』

『♪ 100階層クラスの毒持ちダンジョンボスから超低確率でドロップしますが、ドロップしても売りに出されることはありません』


『どうして? ドロップ品を得た冒険者たちからすれば一攫千金になるんじゃない?』


『♪ 100階層のダンジョンボスを討伐できるような冒険者たちなら、お金に困るような人はいないのです。S級の冒険者なら売らないで、自分たちの安全のために仲間内で装着するのです。たまに売りに出されるような物は、高齢になって引退を決意した者からの流れ品や、盗品とかですね』


 ちょっと迂闊だったかな。回復剤以上に俺の【付与】の魔法はヤバそうだ。あれもこれもと言われたら、何時まで経ってもレベル上げが行えなくなる。


 俺が付与した物だというのは黙っていようかな。


「ゼノ国王には今度ネックレスタイプの物を差し上げますから、これはダメです」

「本当かい!? あ、でもこれってユリウス国王が国外に婿に出る君の為に用意した品じゃないのかい?」


「それは俺の所持品ですよ」

「あ~大賢者様から頂いたものか、毒草とかも扱うから、薬師なら必需品だよね」


 ゼノさんが勝手に良い感じに誤解してくれたので、そのまま放置しておこう。


 ちなみに師匠はそんな良いものくれなかった。というより、『ガンガン毒を受けなさい』と毒草を食わせて、毒でぴくぴく痙攣している俺を笑って見ていた……おかげで【毒耐性(中)】は俺のパッシブとして獲得している。これは師匠が特別なのではなく、一般的な薬師の修行の一環でもある。




 ミーファの右手の親指を少し切って出血させ、指輪に血液を垂らし【個人認証】機能を作動させる。これでミーファしか効果は発動しなくなった。


 勿論切った指はすぐに回復させたよ。


「じゃあ次はエミリア」

「もう1個あるのかい!」


 うわ~、ゼノさんめっちゃ欲しそうに見てる。


「あの、わたくしは結構ですので、それはゼノ伯父様に差し上げてくださいませ」


 ほら~~、エミリアが遠慮してしまったじゃん!


「結婚指輪だって言ってるでしょ。俺はおっさんに指輪なんかあげたくないよ!」


 エミリアの左手をさっと引き寄せ薬指にはめ込む。エミリアは男性恐怖症だが、あっという間の出来事で、俺に触れられて驚く暇さえ与えなかった。


「ナタリー、指輪にエミリアの血液を垂らして【個人認証】を済ませちゃって」

「了解しました!」


 ナタリーは手際よくエミリアの【個人認証】を済ませた。


「指輪に魔力を込めたら、指輪の半径1mぐらいまで【クリーン】の魔法効果が発動するよ。消費魔力量はだいたい3~5ポイントぐらいかな。生活魔法なのでそれほど魔力消費はしない。発動の際イメージでちょっと効果に影響が出るので、どういう感じの効果が欲しいのかイメージしながら魔力を込めてみて」


「イメージですか?」

「うん。体全体を浄化したいのならそういう感じのイメージで、髪だけなら髪だけ綺麗になるイメージで、今回なら当て布の血液やその周辺が綺麗に除去、乾燥されるようなイメージを持てば良いんじゃないかな」


「やってみます。 あ! 凄いですルーク様! あの当て布のべっちょりした不快感がなくなりました!」


 結婚指輪は、ミーファとエミリアにもの凄く喜んでもらえた。





「ディアナちゃんよろしくね」

「ディアナ様、よろしくお願いします」


 ミーファやナタリーの声掛けに、ディアナは無言でちょっとご機嫌ななめだ。


 そうそう、ディアナのことを『古竜様』と呼ぶのを禁止した。せっかく名があるのに、仲間内で他人行儀だと感じたからだ。


 俺はディアナとみんながもっと仲良くなってほしいと思っている。


「ディアナ様、お礼に後で美味しいお肉料理を作って差し上げますので、お背中に乗せてくださいね」


「イリス、本当じゃな! 美味しいお肉じゃぞ! ちゃんと焼いて味付けした物じゃぞ!」


「はい、お任せください」


 なんかもの凄くやる気になったようだ。ディアナの奴、完全にイリスに餌付けされてるな。



 さてやっと出発だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る