第30話 専属従者が付くのは絶対だと言われました
マジで従者なんかいらない。
今もお茶係の侍女の娘がそっと部屋の隅に控えているのだけど、それとなく会話を聞いているんだよね。他人が常に側に居て控えてると思うと、元が庶民な俺はゆったりできないと思う。
「方々に声を掛けてみたのだが、家格に見合った者がいないのだよ。娘には学園用の侍女にと幼少時から事前に同年代の子家の娘に声を掛けて競わせ、その中で一番優秀だった者を従者として付けているのだが、その中に男児は含まれていないからな」
「我が国では異性の従者も可能でしたが、この国では認められていないのですか?」
「いや、認められてはいるが……」
兄の問いに公爵は歯切れが悪い。どうせ年頃の女子を俺に付けたら速攻で喰われるとか思っているんでしょ!
「だから、僕は従者はいらないと言ってるでしょ! なに勝手に話を進めているのですか?」
「あの! お話し中に割り込んで申し訳ありません! ルーク殿下の従者にわたくしをお付け下さいませんでしょうか!」
お茶係の侍女さんが話に割り込んできた。しかも自分が従者として立候補してきただと! 嫌われ者だった王城では考えられない事態だ。
「それは公爵家の側妻に入りたいと言っているのかね?」
ガイル公爵の静かだが怒気交じりの低い声が部屋に響いた……側妻? なんでそうなる?
「えっ?」
言われた侍女さんも驚いている。
「なんだ、分かっていて言ったんじゃないのか? ルーク君は我が公爵家の婿だぞ? その者の従者として異性が付くということは、側妻候補者か妾として世間は見るだろう」
なるほど……世間はそう見るよね。思春期の男子が執事ではなく侍女を連れてきたのであれば、大抵は性処理も含まれているからね。
「そのようなつもりは―――」
「君にそういう気はなくても世間はそう見るのだ。年頃の男子の側付きだぞ? 学園生活のほとんどの時間を共に過ごす関係だ。何もないと誰が信じる? 君が子爵や男爵程度の家格なら妾として侍女の許可を出しても良かったが、伯爵家の長女じゃ妾扱いはできない。無理な話だ」
「え~と、僕抜きで話をしないでほしいのですが、その娘は?」
「ミハエル伯爵家の長女で、貴族見習いとして最近預かった娘だ」
「イリスと申します。よろしくお見知りおき下さいませ」
「少し疑問に思っていたことがあるのですが、貴族見習いの侍女の方多くないですか? しかも可愛い娘ばかり……ガイル公爵の趣味だったり?」
「ルーク! またお前は余計なことを!」
「いやいい。よく気付いたな? 実はここ最近で昨年度の4倍の貴族見習いの申し込みが殺到しているのだ。理由は分かるか?」
「え? 何か理由があるのですか?」
「あるな。俺としては腹立たしいことだがな」
イリスさんを見たら、申し訳なさそうに俯いてしまった。
「なるほど。夫人が亡くなった後の後妻狙いに、嫡男のいないガイル公爵は格好の嫁ぎ先になるのですね?」
「その通りだ。よく分かったな? うちに後継ぎの男児がいないので、チャンスがあると踏んだ家の者が自慢の娘たちを送り込んできたのだ。ルーク君、噂と違って優秀じゃないか」
「一言多いです。公爵との間に男児でも生まれた日には、その家の繁栄が約束されたようなものですしね。となると、僕は後妻狙いの家の者からすれば超厄介な存在ですね……毒殺とかで暗殺されないかな?」
絶対無いと言えないのが怖い……。
「後妻狙いが無理だと思って、婿に取り入ろうとしたのかとも思ったが、そうではなさそうだな」
「違います! わたくしはルーク殿下の回復師としての知識を少しでもお側で学べたらと思ったのです。男女のことまで意識していませんでした。考えが足らず申し訳ありません」
イリスさんか……可愛い人だけど、邪神討伐の邪魔にしかならないよね。戦力的に絶対この娘じゃ無理だろう。悪いが諦めてもらおう。
「君ほど可愛い娘が何時も側に居たら、絶対襲っちゃうね!」
わざと下品な言い方をして彼女の気を削ぐ。
結局この話は保留になった――。
* * *
与えられた部屋で寝ようとしているのだが、寝付けない……。
どうしてもお昼の殺人を思い出して手足が震えてくるのだ。
相手が極悪非道な盗賊だと分かっていても、平和な場所で育った俺からすれば今日の出来事は心の負荷が大きい。
なかなか寝付けないでいると、扉がノックされて誰かがそっと入ってきた―――
「ルークお兄様、もうおねむりしてしいましたか?」
寝ているのであれば起こさないようにと気遣いされた声量だ。
「ララどうしたんだい?」
「お母様と寝てはダメだといわれてから、ララは1人で寝ているのです。アンナお姉様が時々寝てくれますが、ララは寂しいのです」
「おいで……じゃあ今日は僕と一緒に寝よう」
「はい♪ 嬉しいです♡」
念のためにガイル公爵にララが俺の部屋にやってきたことと、今晩一緒に寝たいと言っていることをメールにて伝える。ダメなら誰か迎えに寄こしてくれとも一筆入れておく。
すぐにガイル公爵から『迷惑だろうが、君さえ良ければよろしく頼む』と返信があった。
ベッドに潜り込んできたララちゃんから甘い花の匂いがする。これが【個人香】というやつかな?
『♪ そのようです。ララの【個人香】には【睡眠促進効果】【リラックス効果】があるみたいです。今のマスターにはもってこいの効果ですね』
「あれ? ルークお兄様、凄く良い匂いがします♪」
どうやら俺にも同じような【個人香】効果があるみたいだ。
ダイエット臭がして『臭い』とか言われなくて安心した。
「ララちゃんも甘い花の良い香りがしているよ」
お互いにきゃっきゃと笑いながら匂いを嗅ぎ合いっこしていたら、ララちゃんはすぐに寝息を立て始めた。
眠ったララちゃんを抱っこして規則正しい寝息を聞いていたら、不穏だった心が落ち着き、知らない間に俺も眠っていた。
* * *
翌朝、姫様一行が王都に帰るとのことで皆で見送ったあと、公爵家全員の診察を行う。
家令と侍女2名が感染していた。良くガイル公爵と行動を共にしている者たちだそうだ。
「ガイル公爵の近辺には、他にも感染者が居そうですね。咳を頻繁にしている者がいれば、強制的に隔離しておいてください」
「ふむ、了解した。今回うつっていた者たちからは広まらないのか?」
「治していますので問題ないです」
お義母様と介護者だった娘の治療も行い、午前中で俺のすることはなくなった。
よし! ならばダイエットだ!
公爵家にある訓練場に案内してもらい、兄様にお願いして稽古をつけてもらっている。
「ルーク……久しぶりに相手をしたが酷すぎるぞ」
20分もしないうちに息が上がって立てなくなった。
「ぜぇ~ ぜぇ~ く、苦しい……」
「指導以前の問題だ。痩せてもっと体を鍛えろ!」
「分かりました……」
訓練場で鍛錬中だった騎士たちには白い目で見られてしまった。
指導以前だと怒られ、兄様にランニングをさせられたのだが、マジで死ぬかと思った。
姫と一緒に王都に向かわないで公爵領で居る理由。兄様が明日王都まで騎竜で送ってくれるのだそうだ。
夕刻になり、ガイル公爵に呼び出される。
「済まないな。従者がまだ見つかっておらぬ。兄上に絶対付けろと言われたので、付けないというのはやはりダメなようだ」
国王命令で強制的に従者を付けられるのか。
「はぁ、それだったらもう誰でも良いですよ」
「そうもいかぬ。公爵家に取り入ろうと良からぬ悪だくみをしてくる者がいるのだぞ。そういう者を排除する役割も兼ねて従者は必要なのだ。君だけだと心配で胃に穴があきそうだ」
その時、侍女のイリスさんが家令に連れられて部屋を訪ねてきた。
「ご当主様、先日の従者のお話ですが、わたくしではやはりダメでしょうか?」
「それは側妻として取り入りたいということか?」
「いえ、昨日一晩悩みましたが、どうしてもわたくしはルーク殿下に弟子入りいたしたいのでございます。教皇様を凌ぐその御業をわたくしも学びたいのです」
「だが、君も彼の噂は知っているだろう?」
「はい、ですがお噂ほど酷い御方だとは思えません。わたくしはルーク殿下の側で、再度回復師として学びとうございます」
俺の噂ね~……おそらく公爵が言ってるのは、お風呂覗いたり、着替え覗いたりとかのエロい部分のやつだろうね。
「それに、まだ娘も婿殿と対面していないというのに、先に別の女をあてがうなど――」
「なんで僕が手を出すこと前提なのですか」
「ださないのか?」
「目の前にこんな可愛い娘がいて手を出さないのは失礼でしょ!」
兄様と公爵に睨まれてしまった。
「でも彼女、16歳じゃないのでは?」
「はい。わたくしは今年騎士学園の魔法科を卒業いたしております。専攻のなかには回復学と薬学を取っていました。今年19歳になります」
「僕に手を出されたとしても、弟子入りしたいってこと? それは親の命令? 君の意思?」
「わたくしの意思でございます。わたくしは前回侯爵家のご令嬢の従者として3年間通わせていただきましたので、家事や料理などにも自信がございます。成績も5位から下を取ったことはございません。ルーク殿下がお勉学でお困りの時はお教えできると思います。お役に立ちますので、どうかわたくしを従者にお選びくださいませ!」
俺の手を出す云々の部分には答えず、めっちゃ自己アピールしてきた! なに考えているのかさっぱり分からん!
『妖精さん!』
『♪ マスターにお手付きになり、周囲からは妾扱いされ、最悪捨てられ嫁に行き遅れたとしても、マスターの技術を習得して人々の役に立ちたいと考えているようです』
『家の都合や親の命令みたいなのはないのか?』
『♪ 家に昨晩相談を入れたようです。伯爵家としては何としても取り入れとの指示ですが、彼女に変な悪意や害意は一切ないですね。とても良い娘です。邪神討伐には邪魔ですが、どうせ誰か付けられるのならマスターに尊敬の念を抱いてる娘の方が良いのではないですか?』
『う~ん、でも俺は1人の方が気楽なんだけどな~』
『♪ 国王が絡んできたら、最悪暗部の者を付けられちゃいますよ? むさくるしい監視目的の男の従者が付き従うより、目の前の可愛い女子の方が良いと思いますけどね……3年間ですよ?』
そりゃそうだ。3年は長い。暗部の奴とか、平気で人を殺す陰険そうなイメージがあるのでなんか嫌だ。
「ガイル公爵、絶対誰か従者を付けられるのなら、この娘にお願いします」
「う~~~む、ミハイル家とは良い関係なのだが……」
「そういえばガイル公爵のお嬢さん、男性恐怖症なんですよね? 僕と結婚なんてできるのですか?」
「知っていたのか? 正直に言うとだな、この話は勝手に兄上が進めてしまったことなのだ。だがいつまでも公爵家の娘が学園卒業後に結婚しないで家に塞ぎ込んでいるわけにはいかぬ。貴族は民の税で暮らしているのに、貴族の務めも果たさないで家にこもるなど俺は許さぬ。そこでエミリアには一般的な貴族家同様3年の猶予を与えたのだ。学園に通っている間に自分で婿を探せとな」
「じゃあ、学園で彼女に良い人ができたら、僕はどうなるのですか? 良い笑い者ですね」
「エミリアの男性恐怖症は相当なものでな。俺は学園に通っている間に改善できるとは思っていないのだ。最初は男がいる学園に行きたくないとごねていたほどだ。何がきっかけかは知らぬが、1年ほど前から魔法技術を学びたいと言い出してな。まぁ、婿探しはエミリアには無理だろうとそう判断して、卒業までに兄上に良い婿を探してほしいと頼んでいたのだ」
「男を嫌がる娘にそこまでして婿探ししなくてもいいと思うのですが。アンナちゃんかララちゃんでも良い訳でしょう?」
「家格が高いほど貴族の権利は大きい。だがその分義務も生じるのだ。上位の者が義務を放棄すれば、下の者に示しがつかないだろう。それに俺の領内でも労咳が流行っていて、俺もいつうつるか分からないから、結構焦っていたのだ。そうしたら兄上が婿を決めてやったと急に連絡がきてな」
商都だと外部からの人の出入りも多いだろうし、高い壁で囲んで人は密集生活している。こういう病が広まりやすい環境だよね。
「その婿が隣国で噂の『オークプリンス』だったと。よく納得しましたね?」
「納得はしていなかったが、兄上は絶対損をするような取引はしない。俺も娘に3年猶予は与えたが、それ以上待ってエミリアの我が儘を聞く気はない。民に示しがつかないのでな」
「猶予が切れたら娘の意思は無視ですか?」
「3年も猶予は与えている。普通はそれでちゃんと自分で見つけてくるものだ。俺だってエミリアのことは可愛いと思っている。君が噂どおりの男だったのなら叩き出すところだったが、見た目はともかく、俺的には良い相手だと今は思っている。ララがあれほど人に懐いたことはないのだ。しかもたった数時間でだ」
「ただ子供に好かれやすいだけですよ」
「あの子には人の悪意を敏感に感じ取れるユニークスキルがあるのだよ。だから人に怯えてあのようなおどおど人の背に隠れるような性格になってしまったのだ。だが、そんなララが一瞬で懐いてしまった。俺は人の噂より、ララの能力の方を信じているからな」
ララちゃんにそんなユニークスキルが……。
侍女とか本当はいらないんだけどな~。
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学園まだ~~~? という声が聞こえてきそうですが、後日談だと違和感がでそうだったので、ここでエミリアちゃんとイリスさんを少し弄っておきます。
当初の予定では、従者は要らないと突っぱねて、奴隷商でサリエちゃんを買うつもりだったのですが……流石に他作を読んでくれてる方からすればサリエちゃんはもうご馳走様かなと思い、真面目な娘にしました。
問題は個性をどう持たせるか……サリエと比べるとイリスはキャラが薄いのですよねw
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