第12話 お約束の盗賊イベントが発生したようです

 ヴォルグ王国からフォレル王国までは馬車で15日ほどの距離だが、騎竜だと1日で移動できる。


 フォレル王国は地図でいうとヴォルグ王国のすぐ真上に位置し、直線距離では500kmほどしかないのだが、真っ直ぐ上に向かえない理由があるのだ。危険な魔獣が出る山脈があり、道も険しく一切整備がされていないため、馬や馬車は使えない。


 結局徒歩では危険だし、その山脈を大きく迂回して山の麓を馬車で行く方が速く着くことになる。


 しかし、騎竜を使えばその山脈の上空を越えて行けるので最短距離で向かえるのだ。山の魔獣は強い個体が多く危険だが、ドレイクに挑んでくるような強い飛行型魔獣はいないそうだ。竜種最弱とはいえ、ドレイクは強いからね。



 ドレイクの飛行速度だが、戦闘機のようなとんでもない速度はでない。大きな翼は有るが羽ばたいて飛ぶのではなく、竜特有の飛行魔法で飛んでいるみたいで、風に上手く乗れた時の最高速度でも時速200kmほどだと思う。


 普通は無理をしないで時速60-80㎞ほどで飛ぶので、間で3度ほど休憩をはさみ、8時間ほどでフォレル王国に到着する予定だ。車のような機械と違って竜は生き物だからね。途中の休憩は大事だ。




 現在無事山脈越えも終わり、先ほど隣国の辺境伯領に到着した。

 そのまま素通りは問題になるので、国境にあたる辺境伯領の門番に通過すると報告を入れているところだ。


「ジェイル殿下、ルーク殿下、ようこそおいで下さいました! 報告はお受けしています。宜しければ、お館で休憩されて行かれてはと領主様から言伝を受けております」


 この手のことは兄様が無難に対処してくれるだろう。


「申し訳ない。フォレスト公爵家にできるだけ早く向かう必要があるので、今回はこのまま行かせてもらう。帰りには寄らせて頂くと、辺境伯殿にお伝えくださるか?」


「了承しました。領主様には無理に御引止めするなと言われております。引き続き無事な旅路をお祈りいたしております」

「ああ、ありがとう。では行かせてもらう」



 ジェイル兄様は大国の第一王子様だ。いずれ国王になるのだから外交も大事なお仕事の一つだよね~。



「あの、お花はいりませんか?」


 うん? 花売りの少女か……。

 12歳ぐらいの女の子が籠一杯の花を持って声を掛けてきた。


「これっ! この人たちは高貴な身分のお方だ! 花売りごときが声を掛けてはならぬ!」

「ご、ごめんなさい!」


 門番は強めの語気で注意したが、いつもこの付近で売っているのなら、この子とは顔見知りだろうと思う。おそらく不敬を働いて俺たちに何かされないようにこの子を遠ざけようと配慮したのだろう。貴族の中にはちょっとしたことで、一般市民に暴力を振るう者がいるからね。


「綺麗な花だね。それ、幾らだい?」

「ふぇ?」


「この御仁が買ってくださると言っているのだ。早くお答えせぬか」

「はい! 1束50ジェニーです」


 安い……1束15本ほどの淡い紫やピンク色をしたチューリップを束ねてまとめてある。他にもこの子が周辺で摘んだ季節の野花だろうものが見栄えよく束ねられている。


 お小遣い稼ぎなのか、家計の足しになのかは分からないが協力しよう。


「可愛い花だね。籠ごと全部貰えるかな? これで足りる?」


 金貨1枚手渡す。

 籠は千ジェニーもあれば買える品なので、むしろ渡し過ぎだが、可愛い働き者の少女にご褒美だ。


「あの……私、金貨でのおつりを持っていません……」


 金貨は日本円で換算すると、大体1万円ほどの価値がある。


 銅貨:十ジェニー

 鉄貨:百ジェニー

 銀貨:千ジェニー

 金貨:一万ジェニー

 ミスリル硬貨:十万ジェニー

 オリハルコン硬貨:百万ジェニー


 十進法を使った、こんな価値基準だ。円ではなくジェニーというけどね。

 大体価値も円換算で同じくらいのようだね。



「お釣りは君にあげるよ」

「エッ!? でも……」


「良いと言って下さっているのだ。さっさと受け取って、お礼を言って立ち去ればいい。良かったな」


「はい! ありがとうございます! これで、お母さんの怪我が治せます!」


 なんですと!


「ちょっと待て! 君の母親は怪我をしているの?」

「はい……回復剤で治せる程度なのですが、お金を持っているお父さんがお仕事から帰ってくるまで後5日ほどあるので……」


 少女から話を聞くと、家が回復剤を買えないほど貧乏って訳ではないようだ。お金を引き出せる冒険者カードを持った父親が仕事で留守にしていて、手持ちの食事代金だけでは回復剤を買うには足らなかったようだ。


 花売り自体はこの娘のお小遣いになるらしく、今は花を売って薬を早く買おうと頑張っていたそうだ。幼いのに立派な娘だ。


 兄様が側に来て中級回復剤を俺に手渡してきた。1万ジェニーで買えるのは初級回復剤だが、傷の程度が分からないので兄様は念のために中級回復剤を手渡してきたのだ。


 流石兄様!


「これを持って行くといい。中級回復剤だよ」

「エッ! でも、こんな高価な物、頂けません……」


「良いから。さぁ、早く帰って、お母さんの怪我を治してあげるといい」

「貴族のお兄ちゃんありがとう!」


 花売りの少女は深々とお辞儀をして、回復剤を大事そうに手にして駆けて行った。


 満面の笑顔をご馳走様だ!


「ルーク、お前子供には甘いよな……女性にはモテないけど」

「兄様、一言多いです」




 少し辺境伯領も覗きたかったけど、兄様に睨まれたので断念した。

 朝早くに出たため時間はまだ午後1時。お昼は食べたのだけど、時間はあるんだし、他国で変わったものをつまみ食いしたかったのだ。


 此処から公爵領まで馬車で1日の距離だが、騎竜だと1時間ほどで到着だ。



 * * *



 辺境伯領から45分ほど飛んだ辺りで、街道でなにやら戦闘が起きているのが見えた。


「兄様、あれって盗賊に襲われていませんか?」

「だな。参ったな……お前を無事送り届けるまでは、危険な目に遭わすわけにはいかないのだが……」


 戦闘が起きている遥か上空で、ホバリングして様子を伺う。

 馬車を守っている騎士っぽいのが8名、それを襲っている盗賊っぽいのが40名ほどいる。

 既に騎士が2名倒れているようで、多勢に無勢で劣勢のようだ。




 ルーク君は殺人なんかしたことない。勿論俺もね。

 うわー、マジで殺り合ってるよ……。この件に首を突っ込むのなら殺人をしないといけない。正直この世界に来るのに、そういう覚悟をしていなかった。


 お約束的な盗賊イベントなんか発生しなくていいのに―――


 こういう行為が頻繁にある世界なら、王族の俺が殺人をしないとか有り得ない。貴族が通う騎士学校とはそういうことを専門に学ぶ機関なのだからね。


 騎士とは、村や町や国を脅威から守るための人のことをいう。脅威とは勿論魔獣も含まれるが、盗賊や町のごろつき、果ては戦争が起きた場合の他国のことも含まれる。


 貴族は有事の際、平民を守るために最前線に立って戦う義務がある。その為に力を持たない平民は国に税を納めているのだ。税を納めて苦労しているのに、いざという時に守ってくれないとか、確実に暴動が起きるだろう。そうならないように貴族の子息は騎士学校に通って脅威を排除する力を身に付けているのだ。



「兄様は正規の竜騎士になったので、殺人経験とかはもうあるのですか?」

「いや、まだ見習いだからあまり危険な場所や危険な任務には赴いていない」


 学校を卒業してまだ1年だもんね~。


「あっ! 1人騎士が魔法で殺されました!」

「ルーク、あの馬車にある家章はフォレル王家のものだ。おそらくあの襲われている馬車の中にいるのは王族の誰かだと思う」


「ヴォルグ王家の者として見過ごせないですよね?」

「任務中だが、俺は加勢に行こうと思う。お前は、どこか離れた場所に降ろすので待っていろ」


「兄様が加勢に向かったとお父様が知ったら怒るだろうな……。万が一兄様がこの戦闘でお亡くなりになったら、僕の婿入りもなくなっちゃいますね」


 うちは男児が三人いる。上二人は正妻の子でどちらもすこぶる優秀なので、今回の婿入りの話も通ったのだ。長男が死んだ場合、次男が後継するだろうけど、病死などの危険もあるので保険に俺が必要になってくる。


 兄様は俺だけどこかに下ろし、加勢に入るつもりのようだ。


 願ったりな申し出だが、それやっちゃったら一生後悔するだろうなぁ。俺は英雄願望も勇者願望も聖者願望もないけど、襲われている人を見過ごすようなことはしたくない。


 100人相手に1人で特攻とか、無駄死にになるような愚かな選択はしないけど、今回は全く敵わない相手ではない。本来盗賊は弱いのだ。騎士や冒険者に成れない半端者が落ちぶれた先が盗賊家業だからね。


 正直にいえば怖い……。だって俺は下で戦っている騎士たちよりも間違いなく弱い。その騎士たちが苦戦しているのに、竜騎士見習いの兄様と子供の俺が参加しても勝てるとは思えない。それが分かっているので兄様も助けに行くと言わないで、加勢に行くと言っているのだ。


 でも勝ち目がないわけではない。だって騎竜がいるからね! だから兄様は加勢に行くと決めたのだ。


「兄様、これからこの国にお世話になる僕が、ここで出て行かなかったら今後の立場はどうなりますか?」


「この国での立場は気まずくなるだろうが……だが、お前に戦闘ができるのか? 人を殺す覚悟はあるのか? 迷えばお前が死ぬことになるぞ?」


「『オークプリンス』にも意地はあります! ここで逃げ隠れしたら一生後悔します! 僕だって一応ヴォルグ王家の者ですからね!」


「ルーク、良く言った! では、降下して加勢するぞ! あの後ろで前衛に守られながら密集している魔法使いと弓兵をどうにかできれば戦況は覆せるだろう!」


「兄様、お待ちください!」

「何だ! 早く向かわねば、どう見ても劣勢だぞ!」


「【魔封じの枷】を外してくださいよ! これじゃ、何もできません!」

「あ! 忘れていた」



 急いで枷を外してもらったのだが……なんじゃこりゃ!

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