第10話 退学の上に隣国に婿に出されるようです

 夜遅く、やっと出かけていたお父様が帰ってきて、その足で直接俺の部屋を訪ねてきた。


「お父様、お帰りなさい」

「ああ、急ぎ伝えないといけないことがある。お前の今後の処遇が決定した。俺の本意ではないが、お前にとっては悪くない話だ」


「はい……どのような処罰でもお受けいたします」

「お前はルール違反を犯したが、犯罪行為をしたのではないので処罰という言い方は正しくない」


「そうですか。それで、僕はこの後どうなるのでしょう?」


「決まったことを時系列順に伝えていく。まず、騎竜を失ったことにより、竜騎士学校はその日のうちに退校になった」


 姉さまは処遇を決めていると言ってたけど、退学は既に決まっていたのか。

 じゃあ、婚約解消とか事後処理に時間がかかっていたのかな?


「そうですか……はい、覚悟はしていました」


「それで、お前を魔法学校に転入させようと俺は動いたのだが……竜騎士学校で受けた入試試験時のお前の点数が悪すぎて、王都にある魔法学校の規定点数をクリアできずに編入できなかった。俺はこれほど恥ずかしい思いをしたことはかつてないぞ……。国王自ら足を運んで頭を下げたにも拘らず、校長はお前の点数が足らないと、土下座するかのごとく申し訳なさそうに編入できないと詫びてきた。俺も校長も悪くないのに、あのなんともいえない気まずさと言ったらなかったぞ!」


 分かります! 父様からすれば家庭教師まで付けていたのに、どんだけアホなんだって話ですよね。お怒りの理由はこれでしたか。言いにくそうに父様に『点数が足らないので……』と断りを入れた校長先生も、それを伝えられた父様も居た堪れなかったことでしょう。


 本当はルーク君の知能自体は高いのだ。一切勉強していないだけなんだよね。反抗期で半グレしてたからね。


「仕方がないので騎士学校に行かせようかと思ったのだが、どう考えてもお前のその太った体では無理だろう……」

「ですが、どこかの学校に通わないと王家の体裁が――」


「だからだ! お前の醜態は王家の名に汚点として残るのだぞ! 醜い豚に育ったお前が、厳しい騎士学校の1年次の体力作りについていけると思えるか? 竜騎士学校と違い、体力勝負の騎士を育てる騎士学校は1年次の基礎体力作りは過酷で厳しいのだ!」


 成程……1年次の体力作りに俺の巨体じゃついて行けないのは明らかだよね。

 転入したは良いが、俺が再度途中で退学なんかしたら、王家としてはあってはならない汚点として残るよね。血筋を尊重する貴族社会で、出来の悪い者がいると、その貴族家は軽んじられてしまう。王族であってはならない事態だ。


 下手したら、『これ以上不祥事を起こす前に』と、家族以外の王家関係者たちから暗殺されかねない。


「ごめんなさい……」


 『豚王子』め~~! お前のせいで俺は謝ってばかりだ!


「そこで、どうしたものかと大臣に相談に行ったら、中々良い案を提案してきてな……お前を隣国へ婿に出すことにした」


 は? 婿殿!? 婚約解消はこれが原因か! もう勘弁してくれ! 流石に色々イラッときた! なんで知らない女と結婚しなきゃならない!


 そんなことのために俺はこの世界に来たんじゃない!


 もういっそのこと国を出るか……。冒険者に成って邪神のいるダンジョン攻略をした方が良いだろう。


 正直ここまで悪名高く名が知れ渡っていては、何をやるにも制限が掛かる。婿行きを拒否してもおそらく今後問題行動させないために、今のように軟禁生活を送る羽目になる可能性も高い。それにダンジョン攻略をする際にこの父親が許可を出す筈がない。


 女神様は王家が支援に付くと踏んでルーク君を選んだのかもしれないが、ここまでルーク君の信用がガタガタだと、かえって王家という存在が足枷になりそうだ。実際に今現在、手枷を付けられ行動を制限されてしまっている。



 眉間に皺を寄せだした俺に気付いたのか、父様は言い訳を始めた。


「婿といっても悪い話ではないぞ! 隣国のフォレル王国は知っているだろう? そこの公爵家へ婿入りすることになったのだ。ここに居てもお前は三男で評判も悪い。上位の爵位を与えると、臣下から不平が出るだろうから現状では男爵位しかやれぬ。お前が婿に行くフォレスト公爵家は女児ばかり三人いてな……奥方が病を患ってしまい、もう子は望めぬそうなのだ」


 ちなみに爵位の階級は大まかにこんな感じだ。

 国王>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>準男爵>騎士爵

 この他にも、大公や辺境伯などの爵位がある。

 王家の男児には、長子が国王を継いだ際に公爵位が授けられるのが習わしなのだが……俺には貴族として見られる最下位の男爵位しかくれないみたいだ。


 まぁ、爵位に興味がないので別にいいけどね。


「公爵位で奥方が1人なのは珍しいですね? 側妻はとらないのでしょうか?」

「そうだな。普通なら家の血が廃らないように名家ほど数名妻を娶るが、中には奥方の嫉妬心や独占欲が強くて……まぁ、そういう家もある」


「嫉妬ですか……」

「それで、長女に婿をとることにしたそうでな、向こうに行ってすぐに結婚という話ではない。お前は騎士学校の魔法科に通うことになっている。相手の娘も現在そこに通っていて、結婚は卒業後の予定だ。二人とも卒業までは寮生活なので、向こうに行っていきなり結婚して公爵家で暮らせと言っているのではない。―――まぁ、向こうの王との話は、その娘もお前と同い年なのですぐにまとまった」


「どうして僕という話になったのですか? そもそも僕には既にルルという立派な婚約者がいるではないですか」


「マーレル家のルルティエとは今回の件で破談になった。流石に『オークプリンス』と世間で言われているお前の嫁にするには勿体ないくらい美しく優秀な娘だからな。彼女には侯爵家の嫡男のところに嫁ぐ話が既にきている。男爵位しかやれぬお前より、次期侯爵家当主の家に嫁いだ方が幸せになれるだろう」


 言い返せない。確かにバカで有名な俺に嫁いで後ろ指をさされるより、侯爵家の正妻になった方が幸せかもしれない。


 本来国王の兄弟なら公爵位を賜るのが通例だが、俺にそんな上位爵位を与えたら、周りの家臣貴族が黙っていないだろう。そんなバカな采配をする父様ではない。


「でも今の父様の発言は、相手国にバカを承知で行かせるってわけですよね? 相手国がそのことを知ったら怒らないでしょうか?」


「うっ……お前は知らないだろうが、数年に一度貴族間の血が偏らないようにと、優秀な血を招き入れるのを目的として、友好国から上位貴族の娘を嫁にもらっているのだ。我が国の上位貴族は何らかの縁故になって、どんどん血が濃くなってしまっている」


「それも1つの理由でしょうけど、本音は上位貴族の子供を人質にして、近隣国と戦争が起きないよう抑止力にしているのでしょう?」


 戦国時代の日本も普通にやっていたことだ。友好国とはいえ何時戦争になるか分からない。その時に嫁いだ人たちが有効な人質になるのだ。


「フォレル王国はこの国の王家の者から派生した属国だ。戦力差も歴然なので人質などそもそも要らん。魔法を使えるのが貴族ばかりだという理由に、血統が関係しているのは知っているな? その為に各家は躍起になって優秀な属性家系の血を求めるのだ。名家ほどその傾向は酷くなってきていて、昨今では兄妹婚は当たり前、中には親子で子を成す家も出るほどだ」


 なんか競走馬みたいだな……。


「はい、知っています」


「我が国は大国だということもあって、貴族の人数はとても多い。必然的に優秀な属性系統の血筋を持った者も多くいる。隣国のフォレル王国は我が国の50分の1程度の人口しかない小国だ。なので、これまで我が国から嫁や婿に出すのは伯爵位までとしてきた。だが、今回向こうが要望してきたのは公爵家への婿入りだ。流石に伯爵位の者では釣り合いが取れないのだ。せめて侯爵家でないと向こう側としても了承できないだろう」


「タイミングよく上位貴族の子息を求められていたので、この国で有名なバカ王子を厄介払いですか……」


「向こうが婿候補に1番求めているのは人柄ではない。優秀な魔法属性を持った家系の血だ。お前が馬鹿だろうが、捻くれ者だろうがそんなのは二の次でよいのだ」


「確かにバカでも血筋は王家の直系。しかも僕の主属性はレアな聖属性。おまけに聖>闇>水・風>雷と5属性も使える貴重な存在。種馬にするにはバカでも問題ないですしね。成程、納得です。魔法属性目当ての種馬なら、どのような者だろうが関係ないのでしょう。欲しいのは人柄ではなく、レア属性ってことですからね。相手の娘も可哀想に……」


 父様はバカ息子相手に上手く話をもっていくつもりだったのだろうが、的確に俺が指摘したことに驚愕している。でも、よくよく考えれば、この国に居るより俺にとっては都合が良くないか?


 この国での俺の評価は最悪だしね。行って即結婚じゃないのなら、その間に力を付けて結婚前に逃げれば良い話だ……うん、悪い話じゃない。

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