第8話 好きな女の子と婚約解消になったようです

 お怒りモードの母が部屋を出て行ったので、食事がくるまでの間、早速筋トレを開始した。

 思い立ったら即実行だ! この醜く太った体じゃ邪神討伐なんかできる筈もない!


 痛む体に鞭打って、腕立てをフンスカ言いながら開始した。


「フンッ! ハァッ! フンッ! ゼハァー、筋力アップ! オエ~~!」


 15回ほどで腕がプルプルして気分が悪くなった。なんだか動悸もする―――

 当然まだ腹筋は1回もできない……こんな体で、邪神討伐なんてできるのか?



 間もなく食事が届けられたのだが、ちょっと少ない。いや、標準的な量なのだが、この巨体を維持する量にしては足らないのだ。


 ダイエットを誓ったばかりなのだけどね。ウウッ~~~!


 王家には当然一流の料理人が雇われている。いわゆる宮廷料理人というやつだ。今、出されている食事もとても美味しい。二日ぶりに食べる食事なのでお腹に優しいように考えられたものだ。ここの料理長も夜中に食材を荒らすルーク君のことは嫌っているかもしれないが、出す食事は誇りを持って提供してくれる人物のようだ。


 バランスの良い食事なので、これだけなら太ることはない。

 ならどうしてこれほど太っているのか……。

 ルーク君の【亜空間倉庫】の中には常になんらかの食べ物が入っている。3食の食事以外でも食べているのだ。特に夜食は欠かせない。


 4月から竜騎士学校の寮に入っているが、出不精のくせに休日になると屋台とかで食料を買い漁って溜め込んでいる。基本外に出ない人間なのだが、食糧確保だけはきっちり外出して自分で確保しているのだ。


 【亜空間倉庫】自体は時間停止機能はないので、何日も長期保存はできないが、普通に空気にさらすより長持ちするみたいだ。【魔封じの枷】のせいで今は取り出すことはできないようだけどね。


 まぁ、ダイエットを誓ったのでどのみち食べるわけにはいかない。

 一度死んだのなら【亜空間倉庫】の中身は空っぽって可能性もあるけど、枷が付いている以上今は確認もできない。



 *  *  *



 日が暮れた頃に、二人の美少女が訪ねてきた。

 一人はルーク君の姉で、もう一人はルーク君の婚約者だね。


「良かった……。思ったより元気そうね」

「はい。お姉様にも心配かけました」


 可愛がっていた騎竜を亡くしたので、落ち込んでいないか心配してくれていたようだ。


「ルー君、二日も目覚めないので心配しましたのよ」

「昨日も来てくれていたみたいだね。心配かけたようでごめんね」


 婚約者のルルティエは俺のことを『ルー君』と呼ぶ。

 その彼女は、俺の『ごめんね』という言葉に目を丸くして驚いている。



 俺を『ルー君』と呼ぶこの娘は侯爵家の次女で、俗にいう幼馴染だ。

 この娘の侯爵家は元は王家の家系で両親とも仲が良く、どういう経緯でかは知らないが、ルーク君が6歳ぐらいの時に彼女と婚約が決まったようなのだ。この世界でも6歳での婚約はずいぶん早い年齢だが、ルーク君は当時から喜んでいた。


 ルーク君は幼馴染の彼女のことが大好きだった。今も見舞いに来てくれて嬉しいという記憶からくる感情が溢れている。


 

 ルルティエ・C・マーレル(16歳)身長157cm、体重44kg

 ライトパープルの髪色で、この世界の女子では珍しいショートヘアーだ。とても似合っていて可愛い。


 実はルルティエとは最近雲行きが怪しくなっている。お互い違う学校に行くようになってから、会うのは1カ月ぶりになる。10歳頃までは良く一緒に遊んだのだが、『オークプリンス』と言われるようになった頃からどんどん会う機会もなくなっている。


 本当はもう嫌われているのかもしれない。嫌われるようなことばかりしていたからね。


 ルーク君は彼女のことが大好きだ。

 好き過ぎて、おバカなルーク君の取った行動は、王宮の庭でカエルや虫を捕ってはそれを手にして嫌がる彼女を追いまわす。約束の時間はわざと遅れていく。綺麗に結っていた髪をぐしゃぐしゃにする……。ひょっとしたらそのせいでショートヘアーなのだとしたら可哀想過ぎる。


 バカな小学生の悪ガキが、好きな子に構ってほしくてやってしまう一番ダメなやつだ。

 会話しても緊張して、ぶっきらぼうな受け答えしかできないから、周りから見れば虐めているように見えたことだろう。そのルークが『心配かけてごめん』とか言ったから驚いているのだ。



「ルーク……言いにくいことだけど、ルルとの婚約が今日解消されたわ」

「エッ!? お姉様、どういうことですか⁉」


 ルルティエと親しい者は、彼女のことをルルと呼ぶ。ルーク君もそう呼んでいた。


「詳しいことは分からないけど、今回の一件が原因なのは間違いないでしょうね」


「ルルは何か聞いている?」


 俺の問いかけにルルティエが答えてくれる。


「はい。今日のお昼に、国王様自らわたくしの屋敷を訪ねてきて、お父様に婚約解消の話をされたそうです。お父様も最近のルー君の奇行に不安を持っていたようで、喜んで婚約解消に同意したそうです。それ以上詳しいことは何度聞いても教えてくださいませんでした……」



 あ~うん……こりゃ仕方ないでしょ。貴族の結婚は政略結婚が多い。

 貴族の子息が学校に通うのは、その間にお相手を探すという猶予期間的な意味もあるみたいで、家格に見合ったお相手を当人が連れてくればそのお相手と結婚できる。


 だが、卒業する18歳という年齢は結婚適齢期でもあるので、その間にお相手を見つけられなかった場合、『行き遅れ』と言われる前に親が選んだ相手と結婚させられるのが貴族の結婚観だ。


 親も自分の息子や娘は可愛い。少しでも良い相手を探すのに必死だ。お見合いや政略結婚だとしても、そこにはちゃんと親の愛があるのだ。まぁ、俺的には親の決めた相手とか納得できないけどね。



「今回の僕の愚行はここまで影響が出ているのか……」


 普通、貴族間で婚約が成立したなら、余程のことがない限り婚約解消などありえない。家格が高ければ高いほど、婚約解消は貴族にとっては不名誉なのだ。


 王家から婚約解消をされた侯爵家の令嬢としては不名誉なことこの上ない。目の前で不安そうな顔で俺を見ているルルティエと目が合う。


 ルーク君の記憶によるものだろうけど、彼の感情が流れ込んできて動悸がするほど切なくて苦しい。結婚できなくなってしまったことが辛いのだろう。


「ルル、僕と関わったばっかりに、君にも不名誉なレッテルを貼ってしまったね。本当にごめんよ……。残念だけど、君のお父様の気持ちも分かる。自室謹慎が解けたら、おじさまにも謝りに行くと伝えておいてくれるかな?」


「ルー君は婚約解消を了承するというのですか!?」

「親同士が了承したのならしょうがないよ。ルルも悪名高い『豚王子』と結婚して後ろ指をさされるより良いでしょ?」


「私は何時か昔のルー君に戻ってくれると信じて、ずっと待っていたのに! 私のことなんか全然想ってくれてなかったのですね……酷いです! ルー君のバカ!」


 ルルティエは泣きながら部屋を出て行ってしまった。

 何、今の? エッ~~!? 俺はニブチンのラノベ主人公じゃないからちゃんと分かるよ! ルルティエもルーク君のことが好きだったの?


 昔のルーク君か……良く遊んでいた5~8歳ぐらいの捻くれる前のことだろうな。


「ルーク、なに呆けてるの! さっさと追いかけなさい!」

「でも姉様……僕、自室謹慎中で部屋から出られないのです」


 パチン!


「バカ!」 


 バカと言って姉様に初めて頬をぶたれた。何で『豚王子』のせいで俺が何度もぶたれなきゃいけないんだ! 理不尽だ!


 姉様は俺をキッて睨んで、足早に部屋を出て行った。姉様に任せておけば、ルルのフォローはしてくれるだろう。



 ルーク君の感情が溢れて、俺の目からも涙が溢れてきた。


 空いた扉から見張りの騎士がにやついてこっちを見ている……。

 『婚約者にフラれて、姉にぶたれて泣いてたよ!』とか言って、また話のネタにするんだろうな―――




 開いていた扉を閉め、自業自得だと思いつつ、泣きながらフンスカと嫌なことをごまかすように筋トレを行った。

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