おかん今日俺、死刑んなるで

大豆

おかん、ごめん

20XX年、春


ピロリン ピロリン


テレビ画面の上部に緊急速報の文字。


只でさえ客もまばらなラーメン屋。

数人の客は一様にテレビに向いた。


「秩父市三人殺害 松田徹司被告 死刑確定」



『あー、やっとか。』

カウンターに座る一人の土木作業員が呟いた。


『三人おっ殺したら、ま、当然でさーな。』

主人が土木作業員の呟きに対して相槌をうつ。


『死刑確定っつっても、何カ月後かわかんねんだべ?』

土木作業員は主人に尋ねた。


『んー、麻原ん時も長かったもんねぇ?』


『違う違うあれは裁判自体が──』



二人はしばらく盛り上がった。




20XX年、冬

東京拘置所。



独房。


看守の足元が、松田の房の前で止まった。



『1310番、立て。』


松田は畳の上で寝そべっていた。


『え?』


続く言葉を発する間もなく、両脇を看守に抱えられた。


『………「もう」なんですか…?…今日なん…?』


『歩きなさい。』



小部屋に移る。


そこには読経する坊主がいた。


お供え物を乗せるような台に菓子が置いてある。



『食べなさい…。最後の食事だ。』


言われるが、手が出ない。


『や…いやや。』


『松田、もう…最後だぞ。』


言われ、松田は覚束ない手つきで菓子の包装を破り頬張った。


咀嚼が上手く出来ない。

飲み込もうにも唾が出てこない。


『茶もある。』


看守が勧めた。


松田は泣きながら啜った。

ほとんど服に零してしまった。


『御免なさい…御免なさい……御免なさい…御免なさい…………御免なさい…』


『……お前…ここに来て……なんで…』

言いかけた看守が、もう一人の看守に制止された。


『御免なさい…………御免なさい………御免なさい…』



§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




『てつ。なんで謝らんのん?』


幼い松田は母親に手を引かれていた。


確か、小学校へ上がったばかりだったか。


『……あいつおかんを馬鹿にしてん……』


『そやかて、あない殴ったら…。大人やったらただじゃあ済まへんねんで…?』


『……』


『……「御免なさい」が言えるよにならないけんね…?』


母は松田の前にしゃがみ肩を抱いた。



§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




おかん、ごめん


おかんごめん

おかんごめんなさい。



人違いで人殺してもうた。



恨みのある奴いてん。


そいつぶち殺したい思てそいつの会社殴り込んだん。


俺の彼女をいてこましよってん。


『最後に。思いをここに書きなさい。』


近くにいた奴らも巻き添えでやってしもたのは悪かったのかもしれんけど。


いや、そもそもがターゲットも人違いやった。


アホやね、おかん。


こら死ななしゃあないわ。


『松田?』


死ななしゃあないわ。


死ななしゃあない。


おかん、あの日許してくれたやんな?


あの日は許してくれたやんな?


もうだめか?


さすがに人殺したらあかん?


『松田、最後に、大阪のお母さんにでも充てろ。』



「ごめんなさい」言うてたら情状酌量になったやろか。



おかんの教え守らんかった俺が悪いんや。



おかんごめん。



おかんごめんなさい。



おかん、今日で俺終わりや。


『その一言でいいのか?松田。』



『…………………ふぅ…………ふ…………………はい…………。』




『…立ちなさい。』



「ごめん」


ミミズが這った様な字やけど読めるやろか。



おかんに会いたいなぁー…













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