第17話 選択肢
「はぁ、面倒くさい」
「副団長になれば、こういう仕事も増える。今のうちに慣れておけ。行くぞ」
嫌がるユズハを、馬車から引き摺り出すベルナルド。
その二人の目の前には、この町で一番大きな屋敷が存在した。町長であるゴーインの屋敷だ。
「これ、私まで来る必要ありましたぁ?」
「お前には、副団長としての自覚は無いのか?」
二人はゴーインと会食をするためにここに来ている。町長のような権力者との会食は、ベルナルドにとって何度も経験していることだが、ユズハにとっては今回が初めてのことであり、不満を抱いているようだった。
「何でこんな時間に、仕事をしないといけないんですか……」
「お前が文句を言うのは分かるが、その代わりに、今日は会食まで仕事をしなくていいようにしたろ。おかげで、あいつと桜を見に行けただろう?」
「それはそうですけど……」
ユズハはもっともなことを言われ、反論できない。今日は会食まで何も仕事をしなくて良かったから、平日の昼だとしても、ユズハはリアムと桜を見に行くことができたのだった。
「むー」
「ふてくされるな。これも大事な仕事の一つだ。なんなら、自警団の制服じゃなくて、あの浴衣でも着てくれば良かったというのに」
「こんなことで着るわけないでしょう」
「ほう、お前の中では、町長との会食よりも、あいつとの花見の方が重要か」
「なっ、ち、違っ!」
「分かった分かった」
「にやにやしないで下さい! ああ、もうっ!」
揚げ足を取られ、どう言い訳をしようか頭を抱えるユズハだが、ゴーインの秘書が二人に近づいてきて、その機会も無くなってしまう。騒いでは自警団の品格が問われてしまうため、ユズハは責めた目でベルナルドを見るだけに留めた。
召使に連れられ、二人は屋敷の客間と思われる場所に着く。扉を開ければ、恰幅の良いゴーインが既に座っており、その目の前には、これでもかというほどに豪華な食事が用意されていた。
「おおっ、待っておりましたぞ、お二人共」
二人を見たゴーインが、ニヤリというかニタリとした笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、町長」
「ど、どうも」
今ままで何度も会っているが、どこか気味悪く感じるゴーインに慣れることができないユズハは、作り笑いでなんとか返事をする。
「さぁ、こちらへ。今日はご馳走ですぞ。運良く、良い肉が手に入りましたので。それに、ワインもありますぞ」
ゴーインの言葉に嘘はなく、ユズハが今までの人生で見た中で一番豪華な食事だ。
ユズハとベルナルドは座り、三人で会食を始める。基本的にユズハは黙っており、残りの二人がこれからの施策などについて話し合う状況が続く。
(これ、私がいる意味あります?)
言葉には出さないが、ユズハは気まずい思いを抱く。豪華な食事を取りながらも、真剣に話し合う二人は、本気で町の未来について考えているように見えた。対して、自分はというと、町の未来ではなく、氷結の義賊のことで今は手一杯だ。どうすれば彼が自警団に戻ってきてくれるのか、未だ解決の糸口さえ見えない。
ユズハが悩んでいる間にも、時間は進み、大量にあった豪華な食事は気づけば残りわずか。会食の終わりが近づいていた。
「ふぅ、飲みすぎたか。町長、厠をお借りしたいのですがよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。おい、誰か居らぬか?」
「はい、お呼びでしょうか?」
「団長殿を厠までお連れしなさい」
「かしこまりました」
ゴーインの呼びかけで現れた秘書に連れられ、ベルナルドが部屋から出た。ユズハは苦手なゴーインと二人きりになるが、ユズハは食後の菓子として出された饅頭を片手に難しい顔をしていた。
(うーん、この饅頭は何かが足りない……リアムの饅頭の方がおいしいですね)
そんなことを考えていたら、饅頭を食べ終わったゴーインに話しかけられた。
「団長殿がいないので、丁度良い。ユズハ殿にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですかな」
「私に、ですか?」
団長がいないと都合が良い質問とは一体何なのか。
もし町の政策に関する話とかだったら、そういうことにはチンプンカンプンで困るな、と心配したユズハだったが、ゴーインの言葉は予想外のものだった。
「自警団を辞めて、わしの護衛になる気はないか?」
「え?」
思いもしなかった勧誘に驚きを隠せず、ユズハは声を漏らした。
ゴーインは興奮気味に言葉を続ける。
「もちろん、金は出す。今の自警団の給料の二倍は出そう。それでどうだ?」
「いや、その……」
どうだと聞かれても困る。
給料が二倍になるのは、正直魅力的ではあるが、この美味い話には、どうにも解せない部分がある。
「なぜ、私なのですか?」
護衛が欲しいなら、別に自分では無くてもいい。腕利きの用心棒なら、探せばいくらでも見つかるはずだ。なのに、あえて自分を選んだのはなぜか?
「決まっておるだろう。お主ほどの剣士を知らないからだ。お主がもし護衛になってくれれば、これ以上にないくらい頼もしい」
そう言われて嫌な気分にならないが、それでも納得はできない。
「それに、お主の目的は、確か人攫いへの復讐だったな。自警団を辞めても、ワシの計らいでその人攫いの捜査には加われるようにして見せよう」
自信満々に語るゴーイン。ユズハには、ゴーインが自分の権力がどれ程のものか自慢しているように見えてうんざりした。
「すみません、町長。お誘いは有難いのですが、自警団には今までお世話になった恩がありますので……」
「なら、五倍でどうだ? 今の給料の五倍出そう」
いや、問題はお金じゃない。そのことがゴーインは分かっていないらしい。
ゴーインの脂ぎった手に握られ、ユズハは心の中で悲鳴を上げながら、この状況をどう打開しようか真剣に悩む。
「ただ私の隣に立っているだけでよい。自警団の仕事に比べれば、遙かに楽な仕事だぞ」
相手は町長。怒らせてしまえば、自警団の今後に関わってくる。こういう場面の経験が圧倒的に少ないユズハは、どうすればいいか分からず、愛想笑いをするしかない。
ユズハが困り果てていたら、彼女を助ける人物が現れた。
「我々の期待の副団長を引き抜こうとするのは、町長と言えど見過ごせないな」
部屋に戻ってきたベルナルドだ。ユズハには、ベルナルドの目に怒りの感情が含まれているように見えた。
食事中に一度も発さなかった低い声でベルナルドにそう言われ、ゴーインは少したじろいだ。握っていたユズハの手を急いで離す。
「団長殿、これはですな、私はただ、彼女に自警団以外の選択肢を提示しただけなのですよ。自警団にいることだけが全てではないと知って欲しくて」
「そういうことにしておきましょう。次は無いと思って頂きたい」
「ええ、もちろんですとも」
二人が言い合いを始めると思ったユズハだったが、流石は組織の上にいる者と言うべきなのか、そこでぶつかり合うわけでも無く、二人はすぐに議論を閉じた。
「では、会食は終わりとしましょう。お二人とも送迎はお任せ下さい」
気まずい雰囲気が続かないようにと、ゴーインが会食を終わらせる。ゴーインと共に二人が豪邸から出ると、そこには一台の馬車が存在していた。
二人が馬車に乗り込もうとする。すると、ゴーインが。
「そういえば、忘れておりました! 団長殿に火急にお知らせしたい事があるのでした!」
と大声を出した。
ユズハに続いて、馬車に乗ろうとしていたベルナルドがゴーインに振り向く。
「私にですか?」
「ええ、自警団の第二本部を建てる件なのですが、土地が確保できましたので、その資料をお渡ししたかったのです」
「決まったのですか? こんなにも早く?」
「はい、運がいいことに。ですので、その件につきまして、お渡ししたい資料と、少しお話ししたい事があります。申し訳ないのですが、お時間を頂いてもよろしいですか? ユズハ殿には先に帰って頂く形になりますが」
「構いません。その案件は私も気になっていたので。ユズハ、お前は先に帰っていなさい」
「は、はい」
こんな時間でも仕事をしようとするベルナルドを見て、団長の仕事は大変なのだなとユズハは感じる。ベルナルドがゴーインと共に豪邸へ入っていくのを見てから、馬車が動き始めた。
揺れる馬車の中はユズハ一人で、彼女は否応にも思考に耽る。
(自警団以外の選択肢、か……)
ゴーインが先程言った言葉。
ユズハは、その言葉が頭にずっと残っていた。
(そんなこと、考えたこともなかった……)
もし自警団をやめたら、自分は何をするのだろう。それが分からない。想像もできない。でも、その仮定の話を考えると、リアムの顔が思い浮かばれた。
彼は自警団を辞めて、饅頭屋を営み、義賊行為を行なっている。それが正しいか間違っているかは置いといて、彼は確かに自警団以外の選択肢を選んだ。
おそらく、自分にはそれができない。自警団以外の選択をするなど。
でも、もし人攫いへの復讐が終わったら、自分はどうするのだろう。自警団に居続けるのだろうか。それとも、自警団以外の選択肢をするのだろうか、できるのだろうか。
分からない。でも、一つだけ分かることがある。
例え自分がどんな選択をしようとも
「貴方に側にいて欲しいと思うのは何故なんでしょうね、リアム……」
誰にも聞こえない彼女の呟きは、馬車の揺れる音で掻き消される。
これ以上それについて考えるのは止めよう、とユズハは背伸びをした。そして、彼女はふと疑問に思った。
(あれ、私、行き先言いましたっけ?)
御者に何も伝えていないことを思い出したユズハは、大丈夫だろうかと心配になる。
(まぁ、行き先は自警団の寮だから、伝えなくても分かりますか)
あとどれくらいで着くだろうと考えるユズハだったが、御者の声が聞こえてきた。
「着きましたぜ」
「え、もうですか?」
予想よりも遙かに早かったことに驚きながら、ユズハは馬車を降りた。
すると、そこは自警団の寮ではなく、何処かの屋敷の中であり、ユズハを取り囲むように野蛮そうな男たちが立っていた。
「これは……!」
刀を握る手に力が入るユズハに、リーダーと思われる男が、不気味な笑みを浮かべて話しかける。
「よぅ、久しぶりだなぁ」
「お前は……!」
ユズハは目を見開く。
男たちの中心にいたのは、全身の至る所を包帯で巻いたイゾーだった。
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