第16話 約束
満開の桜を見ることができて満足した二人は、帰路についていた。
日はすっかり傾き、空は橙色に染まっている。
「桜、綺麗でしたね。また来ましょう」
「え?」
まさか誘われるとは思っていなかったリアムは、ユズハの顔を思わず見る。そんなリアムの反応に不満を抱いたのか、ユズハがジトリと横目で見てきた。
「なんですか、その反応? まったく……乙女からの誘いですよ? 普通なら喜ぶべきでしょうに」
「わ、悪い……」
「はぁ、分かってないですねぇ。今、私が聞きたいのは、あなたの謝罪じゃないです」
呆れたとも言いたげな口調でそう言い、ユズハはリアムの目の前に立った。足は止まり、二人は互いに向かい合うことになる。
「私が聞きたいのは、あなたの返事です」
また二人で桜を見にくるという約束。
守るのはとても簡単な約束のように思われた。でも、たとえ簡単だったとしても、リアムはユズハと約束することができずに断る。
「ごめん、約束することはできない」
「どうしてですか?」
「俺は……」
目を伏せ、リアムはそれを言うのを少し躊躇う。しかし、それは一瞬の躊躇いで、リアムは罪を告白するように言葉を紡いだ。
「お前の復讐を手伝う約束すら、守れなかった男だから……」
『俺もお前の復讐に協力する。なんて言ったって、お前は俺の数少ない友達だからな』
『ほんと?』
『ああ、俺もこう見えて、もうすぐ自警団員だ。お前に協力して人攫いを追うよ』
『そう……なら、約束、ですよ?』
『ああ、約束だ』
あの時、軽い気持ちで約束したつもりは無いのに、それでも果たすことができなかった約束。リアムはそれにずっと悩んできた。たとえ義賊行為をして人攫いに復讐したとしても、それはリアムにとっての復讐であって、ユズハの復讐に協力することではない。
義賊をやめるつもりがないリアムは、もうユズハとの約束を守ることはできないと考えていた。だから、今更、彼女と新しい約束をすることさえできない。
「俺にはお前と約束する権利なんてない」
「……何を言い出すかと思えば、そんなことですか」
「え?」
しかし、彼女はけろっと、リアムの悩みを一蹴した。どうやら彼女にとって、リアムが約束を破ったことを大したことではないようで。
「もうっ、焦りましたよ! 約束断られて、リアムは私のことが嫌いなのかと思ったんですからね!」
「え、えぇ……」
予想外のユズハの反応に、リアムはたじろぐ。約束を破ったことで、ユズハに怒られると思っていたからだ。
「確認しますけど、私のことが嫌いだから、断る……とかじゃないんですよね?」
「あ、当たり前だ」
不安げだったユズハの表情は、リアムの返事を聞いて喜色に溢れる。
「そうですか、ならいいです! また一緒に桜を見に行きますよ」
「いや、俺の話聞いていたか? 俺は……」
「あのですね、男女の約束に、権利とか難しい話をする必要はないでしょう?」
リアムは難しく考え過ぎだと言いたげに、彼女はリアムをビシッと指差した。
「問題は、貴方がしたいかしたくないかです。リアムは……私とまた桜を見たくないんですか?」
「…………見たいに決まってる」
「じゃあ、決まりですね!」
無邪気さを振りまきながら、ユズハがリアムの手を握ってきた。そして、彼女は自らの小指と、リアムの小指を繋ぐ。
「私は、リアムが約束を守る男だと信じてますから。今度こそ、約束守ってくださいよ?」
「ああ……必ず守る」
夕陽に映える彼女を前に、どんなことがあっても、この約束だけは守ってみせる。固い決意で、リアムは返事をするのだった。
その日の夜、リアムは仮面を被って義賊として、ある場所に侵入していた。
その場所について、リアムは元々詳しく知っていたため、目的の部屋に辿り着くまで時間はかからなかった。
「相変わらず、団長室は資料が多いなぁ……」
リアムが侵入しているのは、自警団の本部だ。しかも、目的の部屋はベルナルドの仕事場、つまり、団長室だった。
自警団は夜の見回りに人数を割いているため、本部の警備が薄くなっているはず、というリアムの予想は的中で、しばらくは誰も団長室に来る気配がない。
「これか……」
数多の資料がある中、引き出しを一つ一つ確認していき、リアムは目的の資料を見つける。その資料は分厚く、自警団にとって重要な資料であることが分かる。
パラパラとめくっていくと、その資料には書かれているのは、先日、襲撃に遭った麻痺毒の運搬計画についてだった。町の見取り図が書かれており、どの道を通って麻痺毒を移動させるかまで細かく書かれている。
なぜリアムが自警団の本部に侵入してまで、その資料を読んでいるのか。それは、ユズハとの会話がきっかけだった。
『奴らはそれを取り返そうと襲撃してきたんですよ』
人攫いたちが麻痺毒を襲撃してまで取り戻そうとしてくるのは分かる。奴らにとって、あれは商売道具だからだ。
だが、問題は、なぜ奴らが麻痺毒の移動ルートまで知っていたのか。
偶然ということはないだろう。麻痺毒を保管されて、厳重な警備を相手に奪取するよりも、移動中に襲撃して奪取する方が簡単だ。奴らはそこを狙ってきた。まるで、その道に麻痺毒の運搬車が通ることを知っていたかのように。
人攫いに情報を流した者がいる。つまり、裏切り者がいるということだ。
かつての自警団の副団長のように、人攫いたちから多大な金か何かを受け取って、その代わりに情報を流している者がいるのだろう。
その者を調べるために、リアムは運搬計画書を読んでいく。おそらく、裏切り者は、この運搬計画を知り得た者、それも、どのルートを通るかまで詳しく把握できた者だ。
「ここか」
リアムは計画の関係者の名が書かれた頁を見つける。
計画の総責任者の欄に、ベルナルド団長の名が書かれていた。団長なら計画の全てを知っており、人攫いに十分な情報を渡すことができるだろう。しかし、リアムには、ベルナルドが犯人だとは思えない。
かつての副団長が裏切り者だと判明した時、他に人攫いと繋がっている自警団員がいないかどうか、徹底的に調査したのがベルナルドだ。結果、三人ほどの裏切り者を見つけている。そのベルナルドが裏切り者とはどうしても思えない。それどころか、自警団内に裏切り者がいるとは思えない。
リアムが確認したかったのは、この計画を知り得た、自警団員ではない者だ。
「っ!」
そして、彼は唯一、その頁に書かれている自警団員ではない名を見つけた。その者なら確かに、自警団員では無かったとしても計画を知ることができ、人攫いに情報を流すことができる。元々良い噂は聞かず、人攫いと繋がりを持っていたとしてもおかしくない。むしろ人攫いに援助をしていても納得だ。
「そりゃ、何年も人攫いどもが好き勝手やれるわけだ……!」
リアムはその資料を投げ捨て、別の資料を探し始める。団長室の資料の中に、その者について書かれた物があると思ったからだ。
リアムのその考えは間違っておらず、資料は簡単に見つかった。リアムは急いで資料を捲る。
「もし、こいつが人攫いと繋がっているなら……屋敷の一つぐらい、人攫いのアジトでもおかしくないはず……!」
そして、リアムはその者の所有している屋敷が列挙された頁を見つける。予想以上に多いため、この短時間に全て覚え切るのは難しい。
リアムは止むを得ず、その頁を資料からビリビリと破いて、自警団の本部から立ち去るのだった。
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