第13話 氷結の義賊
「本当にやめるのか?」
自警団の本部の団長室で、対峙するリアムとベルナルド。
団長の椅子に座るベルナルドが、厳かな表情でリアムに問いかけた。彼の目の前には、リアムの退職願いが置かれている。
「はい」
ベルナルドの確認に、リアムは何も臆することなく返事をした。
人攫いへの復讐。そのためにリアムが一番最初に選んだことは、自警団の退団だった。規則に縛られていては思うように動けないと思ったからだ。
『自警団がここに来るのは来週じゃなかったかぁ?』
それに、あの時のイゾーの言葉を聞く限り、自警団の情報は人攫い側に流れている。裏切り者が自警団の中にいる可能性がかなり高い。リリィのためにすぐに動かなかった件も含めて、リアムが自警団を不信に思うのは当然だった。
ベルナルドは重いため息を吐き、机の上にある退職願いを掴む。
「お前が自警団に対して思うことがあるのは分かる。確かに我々が早く動けば、お前の妹は助かったかもしれない。しかしだな、焦って動いても人攫いを逃すことになる。自警団として、その事態だけは防がねばならなかった。それぐらいはお前も理解してくれるな?」
「分かってます。自警団を辞める前に、どんな処罰でも受けるつもりです」
「今回の件で勝手な行動をしたお前には、処罰を与えなければいけない」
「……」
「はずなのだがな……お前にアジトの場所を知られたのは、私の責任だ。情報が人攫いどもに流れていると思いつきで皆に言い、その日の内に自警団を動かしたのは、この私だ。誰もお前の勝手な行動については知らない。ユズハは別のようだがな」
どうやら一週間後に攻める予定だった自警団が人攫いのアジトを攻めたのは、ベルナルドが自警団を無理やり動かしたからのようだった。ベルナルドとしては、リアムの行動によって人攫いが逃げるのを防ぎたかったのだろう。皆が納得してすぐに動くように理由も考えて。
「それってつまり……」
「そうだ。お前に処罰は与えない。今、必要なのは自警団の結束だ。情報が人攫いどもに流れているということは、裏切り者が自警団にいるということ。まさか思いつきで言ったことが嘘ではなく真実になるとはな。自警団の皆は疑心暗鬼だ。このような状況で、わざわざ誰も知らなかったお前の行動を皆に知らせ、お前に処罰を与えても、余計な混乱を呼ぶだけだろう」
自警団に裏切り者がいる。それについて、リアムはベルナルドに報告していた。
結局、入念に準備をして一週間後に襲撃しても、裏切り者のせいで無意に終わっただろう。現に、襲撃をした時には既に、人攫いに関する重要な書類は処分されていた。ベルナルドはそう考えると、リアムを特別罰する気になれなかった。
「というわけだ。お前への処罰は何もない」
「そう、ですか……」
「もう一度だけ、最後に聞くぞ。本当に自警団を辞めるのか?」
「はい……すみません」
「謝られてもな。そうか、もう止めはせん。ただ、いつでも戻って来い。お前の席は空けておいてやる」
「……今までお世話になりました」
ベルナルドに深くお辞儀をして、リアムは団長室から出ようと扉を開ける。
「……っ!」
すると、そこにはいつから居たのか、書類を抱えたユズハがいた。彼女は、リアムと視線があった瞬間、気まずそうに目を逸らす。
彼女が盗み聞きをしていたことを理解しても、リアムはユズハに話しかけることもなく、団長室の扉を閉め、その場から離れる。
扉が閉じる音が響いた途端、団長室にいたベルナルドは椅子に体重を預け、言葉を漏らした。
「惜しいな……お前なら、ユズハと共に……」
誰にも届かない声は、どこか悲しげだった。
自警団を辞めたリアムは、その日の夜に行動を起こした。
暗闇の中で、リアムは屋根から屋根と飛び移り、目的の場所へと辿り着く。
「ここか……」
見るからに金持ちが住んでいることが分かる屋敷の前にして、リアムは懐から資料を取り出した。それは、人攫いのアジトでリリィの居場所を聞くために拷問をした時に偶然手に入れた資料であり、人攫いたちの客とも言える金持ち達の名前が数人書かれている。
目の前の屋敷に住んでいるのは、元々、町民の間でも良い噂を聞かなかった商人であり、人攫いと関わりがあったとしてもおかしくない。そう考えたリアムは最初にこの商人の屋敷を調べることにしたのだ。
「……」
リアムは手に入れた資料のことを、自警団の裏切り者に情報を流されるのを防ぐため、ベルナルドに伝えていない。それどころか、襲撃をすることも伝えていない。全ては、人攫いへの復讐のためにリアムが選んだことだった。
「さて……やるか」
リアムは正体がバレないように、用意した仮面を被り、屋敷に侵入する。
予想よりも見張りの数は少なく、簡単にリアムは屋敷の中を探索することができた。しかし、人攫いのアジトの情報などリアムが求めている情報は特に見つからず、成果はほとんど無い。
ただ、商人と金持ちの人身売買の証拠とも言える文書を見つけた。それに加えて、商人が抱えている大量の汚いお金まで手に入れた。
奴隷を買う客を潰すことが人攫いへの攻撃になる。そう考えたリアムは、発見した大量のお金と文書を持ち出し、屋敷の外へと出る。そして、屋根を伝って、夜でも人通りが多い道に辿り着いた。リアムは意を決して行動に出る。
「全員上を見ろぉ! 今日の天気は、晴れのち、お金の雨だぁ!」
人々を見下ろしながら、リアムは文書と共に金をばら撒いた。
「よく見ろ! これこそ、悪徳商人が溜めていた金だ! 奴が俺たちから搾取した金だ!」
人々が降ってくるお金に、喜びの声を上げながら夢中になる。ここまで注目されれば、一緒にばら撒いた文書も多くの人の目に触れるだろう。
リアムは自警団が来る前にその場から離れた。
後日、問題の商人は自警団によって逮捕され、町の人々の話題は義賊の噂で持ち切りになる。思い通りに事が進んだリアムは、また商人たちの屋敷へと侵入する。
二回目の侵入は、一回目と同じで何も収穫は無かった。
三回目の侵入は新たに人攫いに関わりのある商人のリストを手に入れることができたが、自警団が捕まえに追いかけてくるようになった。
襲撃をした後に、悪人の金をばら撒けば当然目立つ。自警団は夜の見回りを強化したらしく、リアムが金を全てばら撒いた頃に自警団がリアムの元に辿り着いて、逃亡劇が始まる。しかし、商人の屋敷を襲撃する前に、逃走で使う路地裏などを調べていたリアムにとって、自警団から逃げる事は特に難しいことではなかった。
五回目の侵入からは、自警団が商人の屋敷に現れるようになった。自警団も馬鹿では無く、リアムが次に侵入するであろう商人を予想して、その商人の屋敷を見張っていたのだ。リアムの侵入する影に気づき、自警団が商人の屋敷に入ってきた。それでも、リアムは逃げることに成功する。
そして、七回目の襲撃時。
雨が降る中、ドタバタと自警団の者たちの足音が近づいてくる。本当ならすぐに屋敷から脱出しなければならない状況なのだが、リアムはある文書を見つけ、その内容に衝撃を受けた。
「これは……!」
リアムの居た部屋の扉が勢いよく開かれる。ぞろぞろと自警団の者たちが中に入ってきて、リアムを取り囲む。そんな状況になっても、リアムは自警団の者たちに背中を向け、文書をただ見つめている。
リアムの近寄りがたい雰囲気に自警団の者たちが警戒している中、新たな人物が部屋に入ってきた。
「貴方が噂の義賊とやらですね? やっと追い詰めることができました」
「っ……!」
そこで初めて、仮面を被っているリアムは自警団の者たちに顔を向けた。なぜなら、その声に聞き覚えがあったからだ。
リアムに声をかけたのは、ユズハだった。彼女は愛刀を抜き、仮面を被る相手に刀先を向けている。
かつて相棒だったユズハが敵になる。そんなことは覚悟していたリアムだが、いざその状況になると少し狼狽えてしまう。しかし、深く息を吐き、自分をすぐに落ち着かせる。そして、ユズハを含めた自警団の者たちを睨んだ。
「さぁ、大人しく捕まって下さい。この状況で逃げ切れるとーー」
リアムに向けられたユズハの忠告は途中で止まることになる。
激しい音と共に、リアムの周りから鋭い氷の壁が形成されたからだ。自警団の者たちを飲み込む氷は、部屋の壁に巨大な穴を開け、外の激しい雨が部屋の中に入ってくる。
「この魔法は……っ!」
ここまでの魔法を使える人間を、たった一人だけユズハは知っている。彼女はその者と何度も手合わせをしてきたから、この氷魔法を見ただけで義賊の正体に気づいた。
リアムは部屋の巨大な穴から出ていく。ユズハはすぐさま追いかけた。
「待って……! 待ってください!」
リアムに追いついたユズハが、必死に呼び止める。ユズハから逃げ切ることが難しいと考えたリアムは、足を止めてユズハと対峙した。
「なんで……っ!? 貴方がどうしてこんなことを……!」
声を震わせながら問いかけるユズハ。
その様子から、リアムはユズハが自分の正体に気付いていることを理解する。正体を知られたとしても、もう引き返すことができないリアムは、ユズハの問いかけに堂々と答える。
「どうして、だと? よくそんなことが聞けるな」
「っ! やっぱり……!」
リアムの声を聞き、ユズハは義賊の正体を確信する。仮面から見えるリアムの目は、凄まじく冷え切っていた。
「俺が自警団に対して、どんな感情を抱いているか知っているくせに」
「だからって、こんなことをするなんて!」
「俺は、規則に捉われ、すぐに行動できないお前たちのようにはならない!」
「くっ!」
リアムが近づいてくるユズハに牽制の意味を込め、小刀を投じた。ユズハは己の刀でそれを弾き、リアムに反論する。
「それでも、自警団にしかできないことだってあります! お願いですっ、自警団に戻ってきて下さい!」
「断る。今の自警団では、できることもできない。お前にもすぐに分かるはずだ」
「ふざけたことを言わないで下さい!」
ユズハが刀を構えてリアムへ駆けるが、リアムが繰り出す魔法によって近づくことができない。ユズハが距離を詰めることができずに苦戦していたら、他の自警団の者たちが二人に辿り着く。
再び取り囲まれるリアム。状況は不利になったが、それでも仮面を被るリアムの顔からは焦りというものが感じられない。
「ここは屋外だ。それに、今の天候は俺にとって都合が良い」
大粒の雨が降りしきる中、リアムは先ほど手に入れた文書を取り出した。そして、凄まじい冷気を纏いながら、リアムが自警団の者たちに近づく。彼の踏んだ小さな水溜りが、足跡を残すかのように凍る。
「自警団の犬ども、町の平和を願うなら、まず自分たちを見直すことから始めろ!」
リアムが文書を上空へと投げ飛ばした瞬間、ありとあらゆるものが凍りついた。
服が吸った水も、肌を濡らす水滴も、全てが凍り、自警団の者たちの体温を奪う。そして、大気中の雨も例外ではない。小さな氷の矢となって空から落ちてくる。
その矢は肌を貫くほどではないが、高所から落ちてくるため、当たると果てしなく痛い。自警団の者たちは屋内に逃げるか、魔法で屋根を作って防ぐしかなかった。
「っ! 待て!」
その隙に、リアムはその場から離れる。氷の矢の痛みを我慢しながら、ユズハは追いかけるが、目の前に氷の壁を形成され、諦めざるを得なかった。
「氷結の義賊……!」
自警団の誰が呟いたのか。
ユズハはすぐさま別の道からリアムを追いかけようとするが、自警団の一人の男の大声によって足が止まった。
「なんだよ、これ!?」
その者が手にしていたのは、リアムがばらまいた文書の一枚だった。
「副団長が……人攫いの仲間だって!?」
その文書に書かれていたのは、自警団の副団長が人攫い達に協力していることを示すものだった。
氷の雨が降る中、自警団の者達は明らかになった真実に衝撃を受け、リアムを追いかけることができずに立ち竦んだ。
そして、町を覆うほどの広範囲の氷結魔法はすぐに噂として流れ、町の人々からリアムは氷結の義賊と呼ばれることになる。
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