第18話:ビデオの反響
二十三年前の幼女失踪事件について、警察から記者発表があった。この件を受け、晴れて由沙が編集したビデオ放映がOKになった。
その一報を受け、由沙はテレビ局に出向いている。取るものも取らずに飛びだしていった彼女にいち早く気づいた波留が、編集済みの録画データをもって追いかけていった。事務所には今、二郎と水瀬だけが残っている。
「さすが由沙姉、期待を裏切らない」
今日の水瀬は最初から素だった。二郎に絡んでくるときは、たいていなにかの役になりきっている。最近は例の棒読み少女が多い。
だから二郎は小さな危機感を抱いた。
「なにを期待してんだお前は」
「それを聞きたいの?」
二郎の予感は当たりだった。口調は素のままだが、このセリフは面倒くさいいつもの絡みだ。
「……いや、聞きたくねぇ」
やはりそうだったと思い、二郎は面倒なことになる前に逃げを打った。けれども水瀬は逃がしてくれない様子だ。しなを作りながら唇に一本伸ばした人差し指を当て、彼の机を回りこみながらすり寄って顔を近づけてきた。
二郎は椅子に座ったまま、後ずさるように横に逃げ、上体をそらして水瀬から顔を離す。
「イヤよイヤよも好きのうちって言うわ。だから教えてあげる」
「そのイヤじゃねぇ」
「あらそう。でも教えてあげることは決定済みよ」
ツッコんでも水瀬が折れないのはいつもどおりだった。素で来られたことに意表を突かれ、ついツッコんでしまった二郎を責めることはできないだろう。こうなったら彼女が満足するまで付き合ったほうが、後々面倒なことにならないことを彼は学習していた。
「嫌な予感しかしないんだが」
「私は嫌じゃないわ。そろそろ教えてあげる」
二郎は消極的な言葉で続きを促したが、水瀬は透き通るように爽やかな笑みで言葉を続けた。彼女のこの笑みを恐ろしく感じるのは、彼だけかもしれない。
「私が期待してたのはね、二郎、貴方と二人きりになることよ」
その答えは予想していたものの一つだった。その中で、もっとも面倒だと思っていたことだ。
「ハイハイ、そりゃぁ良うござんした」
「つれない。でもそこがいいわ。山は高いほうが登りがいがあるもの」
そろそろ頃合いだ。これ以上水瀬の話に付き合う必要はない。彼女との付き合いで二郎が学んだ引き際だった。べつに彼女が鬱陶しいというわけでも、ましてや嫌っているというわけでもない。
それにしてもと二郎は思う。誘惑してくる水瀬がなにを考えているのか、本当に分からないのだ。謎多き少女である。
それでも二郎には分かっていることがあった。水瀬が本気で彼を落とそうとしているわけでも、恋愛の対象として見ているわけでもないということだ。ただの直感だが、希望的観測を言っているわけではない。彼には自分の直感を信じるだけの自信があった。
しかし水瀬が考えていることが分かったわけではない。分からないものには、どうしても一歩引いて考える癖が二郎にはあった。いや、癖というよりは習慣化された生存本能的反射だ。
水瀬が怖いわけではない。近づきがたいと思っているわけでもない。幽世での強烈な経験によって形成された思考回路が、彼女という存在の本質をいまだに把握しきれていないだけだ。
そんな水瀬だが、二郎たちにとって無くてはならない存在になりつつあった。今のこの関係に
そんなことがあった昼過ぎ、波留と共に由沙が帰ってきた。彼女の鼻が見るも無残に膨らんでいる。売り込みが上手くいったのだろう。
「どうだった?」
「バッチリです! スゴイ食いつきでした」
「良かったじゃねぇか」
「そんな、他人事みたいに言わないでくださいよ。疑いが晴れるんですよ。二郎さん、もっと喜びましょう」
由沙が興奮するとロクなことにならない。だから二郎は、いなすように話題を振った。
「いつ放送されるんだ?」
「もう、二郎さんったら、ちっとも人の話を聞かないんだから。明日朝の情報番組で放送されます」
よほど嬉しかったのだろう。そう言いながらも、由沙は
翌朝、情報番組で放送された内容は、由沙が編集したビデオがさらに編集されたものになっていた。時間がなかったからだろうか、テレビ放送にありがちな脚色は抑えられいる。彼女は興奮を隠すことすらせず、パソコンのディスプレイとテレビ画面に送る視線を
放送が終わると、由沙の視線はパソコンのディスプレイに固定された。
「やりました! スゴイ反響ですよ!!」
鼻息荒く、由沙が絶叫を上げた。思わず二郎は彼女が座る方へと顔を向ける。
「いきなりどうした」
「二郎さんこれ、これ見てください、これ!」
由沙はパソコンの画面に思いきり顔を近づけ、二郎を手招きした。彼は仕方なく席を立ち、彼女の横まで歩いてディスプレイをのぞき込む。
「確かに凄いな。だがな、俺はコイツらに惑わされねぇ」
「なにカッコつけてるんですか、この反応は本物ですよ」
由沙の言葉は本当だった。その直後から事務所の電話は鳴りっぱなしになった。彼女はニコニコ顔で受話器を取り、波留はいつもどおりクールに対応している。
二郎のデスクにも受話器はあるが、由沙と波留から取るなと言われている。だから彼が対応することはない。オブラートに包むことすらなく、波留からは「お客様が怖がります」と言われ、由沙からは「また即切りされたいんですか? お願いですから二郎さんは電話取らないでください」と懇願された経緯があった。
「やりました! また二郎さんの出演オファーです!」
「私のほうも同じですね。これで在京五局、全てのキー局から依頼が来たことになります」
疑いが晴れ、大手を振って歩けるようになったことは確かに喜ばしいと二郎は思っている。しかし、今の状況を素直に喜べなかった。
最近のテレビ番組はどこも似たり寄ったりだ。同じような番組に、話題になった人物が出演し、同じようなことを聞かれ、同じようなことを披露する。二郎は自分が出演した際の状況がありありと脳裏に浮かび、なんとも言えない気分になった。
「なにゲンナリしてるんですか。喜びましょうよ」
「喜べるわけねぇだろうが!」
「どうしてですか? あ、メンドクサイって思ってるんでしょ。ダメですよ二郎さん、これはチャンスなんです。霊能者、斉藤二郎として全国に名を売りましょう」
由沙にも、二郎がなにを嫌がっているのか分かっているようだった。しかし彼女は、そんなことで容赦してくれるようなタマではない。
「マジシャンじゃダメか?」
「もうタネ明かしてるのと同じです。本物の霊能者だったら手品になりません。ズルです。イカサマです」
「二郎、もう諦めたほうがいい。こうなった由沙姉は誰も止められない」
水瀬にとどめを刺されるかのごとくそう言われ、二郎はただただうなだれるしかなかった。
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