第6話:警察キャリア 警部時高亮一

「よう、来たな。そちらさんは?」


 警察署のロビーで合成皮革ひかく張りの長椅子に腰かけ、由沙と二郎が手持ちぶたさに待っていると、約束の時間を少し過ぎて刑事が現れた。刑事の斜め後方で、濃紺の高そうなスーツを身につけた背が低く若い優男が、冷徹なまなざしを二郎に突き刺している。


「マネージャーの和泉由沙いずみゆさだ。今日の件で話があるんだと。で、あんた誰?」


 優男は二郎の興味なさげな視線を受け、あからさまに不機嫌そうな面持ちで一歩前にでた。それに合わせるように二郎が立ち上がり、彼の顔を見ろした。


「失礼な男だ。この私がお前みたいに胡散臭い男の話を聞かねばならんとは」

「コイツ殴っていいか」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。こちらが喜多川みゆこと本名北田美優殺害及び死体遺棄事件の捜査指揮を執ることになった高時たかとき警部だ。それでコイツは霊能者の斉藤二郎、本件の情報提供者になります」

「フン、被疑者でもあるよな」


 鼻を鳴らしながら、あからさまに二郎を見くだしてきた高時警部。二郎の顔を見上げているにもかかわらず、その鼻持ちならない態度がそう思わせるのだ。


 二郎の顔から柔らかさが消失し、険しい強面へと変化した。


「警部」


 困り顔で刑事は二人の間に割って入った。しかし二郎は強面を崩すことなく、刑事の肩越しに高時と呼ばれた警部を睨みつけている。


「挨拶はこれくらいにして、部屋で話を聞こう」


 刑事は二人の視線を遮るように二郎に向き直ってそう告げたが、彼の配慮を踏みにじるように警部の声が聞こえてきた。


「そこの胡散臭い男の話は命令だから仕方なく聞く。しかし、それ以外の部外者は立ち入り禁止だ。お引き取り願おう」


 部下の配慮を一顧だにしない冷徹な台詞セリフに、二郎のこめかみがピキリと浮き立つ。彼の横でおとなしくしていた由沙も、このままではマズいと思ったのだろう。必死の形相で警部に詰め寄ろうとした。


「そんなっ!? 待ってください――」

「コイツは俺の保護者みたいなもんだ。こいつがいなけりゃ話はできねぇぞ」


 いかにも高学歴のインテリ野郎を地で行く警部はいけ好かないが、彼女の頑張りを無駄にしたくなかった。だからとっさに二郎は割り込んだのだ。そして彼女の腕を引き、警部から引き離した。このまま彼女が猪突していったら、話が余計ややこしくなる。


「まぁまぁ、このお嬢さんも情報提供者ということで」

「……フン、仕方がありませんね。捜査情報の守秘義務はきっちり守ると確約してもらいますからね」


 二郎の脅しが効いたのだろうか、はたまた刑事のとりなしをおもんばかったのだろうか、それとも上司の命令でも思い浮かべたのだろうか、警部は数瞬の間をおいて由沙の同席を認めたのだった。


 開放的なロビーから受付の脇を通過し、すこし奥まった位置にある会議室らしき小部屋へと通された。以前の取調室と違い、ホワイトボードや名も知らぬ鉢植えの緑樹とかはあったが、殺風景な小部屋であることに変わりなかった。


 白い無機質なテーブルと、パイプ椅子よりはすこしだけ上等な椅子があるだけだ。刑事に案内されていちおう上座らしき椅子へと座るが、お茶の一つもでてはこなかった。御大層な扱いだと思いながらも二郎は刑事の顔を見た。


「で、遺伝子照合の結果は出たのか?」


 それは最初に知っておきたい疑問だった。被害者の遺骨が当の女優本人だと公的に確定しているか否かで、話の持って行きき方が変わるからだ。


「はっ、これだから素人は。DNA型判定には通常一か月以上を要するのだよ」


 その発言、口調は、あからさまな上から目線だった。まるで自分は全知の神かなにかで、下々で生きる無知なる者に施しを与えるかのような……いや、違う。二郎は幽世で同種のヤバい存在、二度と関わりたくない存在に出会っていた。それと同種の表情だ。


 コイツは人を見下す自分に酔いしれていやがる。もしくはその逆だ。見下される自分を想像して陶酔してやがる。二郎にはそう確信するだけの知見があった。


 ナルシスト、すなわち自己愛者、それも被虐あるいは加虐的性愛者だ。問題はコイツが被虐願望なのか加虐願望なのか。いやいや、今はそんなくだらない考察にふけっている場合ではない。そう思って二郎は、警部の横で情けない困り顔を晒している刑事に視線を飛ばした。


 その意味をすぐに察したらしい刑事が口を開く。


「法医学師の話では被害者遺骨の年齢及び性別、身長や体格は北田美優と一致している。失踪した時期と死亡時期もほぼ同じだ」


 DNAの調査に一か月もかかるとは二郎も知らなかったが、刑事のそれは模範解答に近かった。


「まぁ、警察の捜査じゃそんなところだろうな。それ以外は分かってないんだろ?」

「まだ始まったばかりだからな。関係者に聞き込みしてる段階でなにも分かっちゃいねぇよ」

「渕上巡査長、捜査情報をぺらぺらとしゃべるな」

「ハッ、申し訳ございません。時高警部」


 刑事の口ぶりは、まったくそう思っていないと感じさせるに十分じゅうぶんなものだった。それはあたかも、悪ガキが生徒指導の教員に説教を喰らっているときの、反省していない反省の弁に近しい。


 だから出世できないんだよ。そう思いながらも、二郎が口にだすことはない。


「じゃぁ話をはじめようか。現場から遺留品はでたのか? 現場の遺留品があると状況が分かりやすいんだがな。死んだときに身につけていたものには念が残りやすいんだ」


 実際には念ではなく、霊体を構成していた霊子そのものがわずかに残り、そこから思念の残り香を読み取ることができるのだが、専門的すぎるので二郎はあえて”念”と表現した。


「いや、なにも見つかっていない。毛髪とか遺骨の一部ではだめか?」

「髪の毛か……まぁ、なにも無いよりはマシか。たしかに遺体には一番念が残りやすいんだが、探すのは犯人だからな。遺品はできるだけ多いほうがいいんだ」


 警部は腕を組んで目を閉じ、二人の話に耳を傾けているようなそぶりを見せている。が、その足はテーブルの下で揺すられているのが、彼の体が小刻みに震えていることから容易に想像できた。


「彼女の部屋に残った遺品ではだめなのか?」

「意味ねぇな。最初に襲われたのがその部屋なら別だが、そうじゃなけりゃ犯人の痕跡なんて残らねぇよ」

「そんなもんか」


 どんどん進んでいく二人の話に、由沙が焦りの色を見せはじめた。なんども口を開きかけ、そのたびに自重しているようだったが、とうとう我慢の限界が来たようだ。彼女は勢いよく右手を挙げ、テーブルに身を乗りだした。


「ちょーっと待ってください!」

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