第4話「美しき食人鬼」

 山奥に一軒の豪邸がそびえ立っていた。

 その豪邸には人食い屋敷だという不穏な噂もあったが、真偽を確かめに行ったものは、皆、口を揃えて、あの噂はデマだったと言った。

 そして、そう語った者たちは、人食いというのは、あの絶世の美女に心を奪われるからだと勝手に解釈するのであった。


「さて、焼き加減はミディアムレア。うむ。完璧だ」


 ブロンド髪の美女エリザベスはその容貌に似合わないラフなジーンズとTシャツ。それにエプロンをつけながら、肉の焼き加減を確かめる。

 ナイフとフォークで流れるように肉を切り、真紅の唇に運ぶ様は、それだけで芸術のようであった。


「味も素晴らしい。やはり肉はきちんと管理し、育てたモノの方が美味い! 日本という国は魚は天然ものが重宝されるようだが、いずれ絶対に魚も管理した方が美味しくなると思うのだがね。キミもそう思うだろ?」


 エリザベスはそこで初めて、隣に座る男に声をかけた。

 しかし、男は猿ぐつわを噛まされており、目に涙を浮かべるだけで、返事は返ってこない。

 美女はそんな男に構うことなく、話を続ける。


「牛や豚、鶏なんかが良い例だと思うんだよ。こいつらは自然に任せると筋肉質になり、肉が硬くなってしまう。もちろん、それが良いという人間も多くいるのは理解しているが、私は断然柔らかい肉派だ。ヒレ肉も良いが、肩ロースもおすすめだぞ」


 その言葉を聞いたとたん、男は暴れるが、椅子にしっかりと固定されており、動くことも叶わなかった。


「おいおい。ホコリが立つじゃないか。折角のディナーを台無しにする気かい?」


 美女は男へと近づくと、艶かしく耳元で呟いた。


「キミの肉は最高だ。ここ最近ではピカイチなんだぜ」


 エリザベスの指先が男の頬に触れ、徐々に下へと降りていく。

 首からすぐに肩へと指が触れるところ、男には肩から先が欠落していた。

 特にそのことに気にする素振りも見せず、指は脇から腰へと移る。

 

 男は痛みからなのか、恐怖からなのか、体を小刻みに震わせる。


「ここ、分かるかい? ここがヒレになる部分だ。大丈夫ここを食べるまで、キミの生命は保証しよう。素材は新鮮さが命だからね。でも、今日の食事がなくなると、すぐにここを食べてしまうかもしれないねぇ」


 その言葉に男はピタリと動きを止めた。


「ふふっ。良い子だ」


 美女は男から離れ、食卓の席へと着く。

 再び肉を一口頬張ったとき、『ディンドーン』と重苦しいチャイムが響いた。


「ふむ。こんな時間にいったい誰だね?」


 ナイフを持ったまま、エプロンを外し、玄関へと赴く。

 その間にも、狂ったようにチャイムは鳴り続け、美女は眉根をしかめる。


「故障か? ナイフではなく、ドライバーを持ってくるべきだっただろうか」


 独り言を呟きながら、チェーンのついたドアを開け、外の様子を伺う。


「なんだ? これは? 今日はハロウィンだったか?」


 彼女が見た外の景色は、人の群れであった。だが、ただの人ではなく、体のあちこちに、どうみても致命傷を負っており、虚ろな瞳で、ただ玄関に体を押し付けるように止まらず進んでいた。


 チェーンによって完全には開かないドアから無理矢理にでも入ろうと、体の欠損も気にせず体を押し込む。


「どうやら、本物のゾンビというのを見るときが来ようとはね」


 エリザベスはナイフをゾンビに突き立てると、その場を去った。


「やれやれ、どうやらここを放棄しなくてはならないらしい」


 椅子に縛られた男性に声をかけながら、ラフな格好の上に臙脂えんじ色のコートを羽織り、サングラスを頭に乗せる。

 さらに逃走用に備えていたブランドバッグを持つ。


「ああ、そこのキミ、大変申し訳ないのだが、今から来客だ。命の保障をすると言ったが、無理になった。文句はその来客に言ってくれ。まぁ、文字通り聞く耳があればだが」


 美女はスタスタと軽やかな足取りで豪邸の奥へと消えていく。



 彼女は避難用の隠し通路を通り、豪邸から程遠い小高い丘の上へと逃げていた。


 バッグから双眼鏡を取り出し、我が家を観察する。


「ふむ。依然、ゾンビどもは私の家の周りにいるな。全く忌々しい。私が手塩にかけて育てた肉たちがあんな味もわからんような奴らに食い散らかされるとは。まぁ、代金はきちんとその身で払ってもらうがね」


 エリザベスは家の扉が壊され、ゾンビ共がなだれ込んで行く様子を不機嫌な様子で見つめる。


「防犯装置は、そろそろか……」


 その後、「3、2、1」とカウントダウンを取りながら、サングラスを掛けた。次の瞬間。

 豪邸が爆発し周囲を揺らすような轟音が鳴り響いた。


 彼女は静かに胸の前で十字をきる。


「すまない。本当ならば私が美味しくいただくはずだったのだが、食べ物を粗末にしてしまった」


 一般人が感じる、家畜に対しての感謝と謝罪の感情を彼女は豪邸にて育てていた者たちへ向けた。


 サングラスを外し、再び双眼鏡を覗き込むと、彼女は豪邸の跡地の状況を見る。


「やはり、ゾンビ共はまだ全滅には至っていないな。それに、なんだ。あれは首なしの騎士? デュラハンというやつかな。指揮を取っているようにも見える」


 エリザベスは口角を上げると呪詛を吐き出すように呟いた。


「なるほど。お前が、私の肉を無駄にさせた張本人か! 滅殺してやる。鏖殺してやる。必殺してやる!!」


 漆黒の意思をその瞳に宿し、しっかりと首なし騎士の姿を、その両目に焼き付けた。

 美女はバッグからスマートフォンを取り出すと『バーサス』『ユキエ』『ドニー』をそれぞれ電話帳から探し電話を掛け始めた。


「彼ら殺人鬼キラーならこの状況、皆殺しに協力してくれるだろう。まぁ、無理矢理でも協力させるがね。見ていろよ! 武力で、呪力で、暴力で、知力で蹂躙してあげるよ」


 その表情は先ほどまでの悪魔のような笑顔ではなく、天使のような穏やかさをその顔に貼り付けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る