第6話嫌いな笑顔

 眠れぬ夜は、いつもよりも早く過ぎた気がした。他人の家とはいえ、やはり無意識に安心感を得ているのかもしれない。


「幽霊君、もしかして制服しか持ってない?」


 希は行儀悪く、箸を口に咥えながら尖った口ぶりで言った。

 僕は口の中に残る白米を、しっかりと飲み込んでから口を開く。


「当たり前でしょ」


「むー……。まっ、いっか! 制服デートは学生の特権だもんねぇ!」


 彼女は納得したようにうんうんと頷いた。

 僕はとりあえず軽く受け流し、箸を進める。


「ほれほれ、早く食べて行くよ!」


 彼女は既に僕よりも早くに朝ご飯を食べ終え、ハンガーを取って制服に手をかけた。


「君が食べるの早すぎるんだよ。それに、まだ七時だよ。どこもやってないと思うんだけど?」


「いーの、いーの。そしたら田舎の特権の海でも眺めてればいいからさ! あー、青春だなぁ。ワクワクしてきちゃった!」


 彼女に遅れること数分、用意してもらった朝ご飯をしっかりと食べ終え、彼女の支度ができるのを待つ。もちろん、僕は手ぶらでポケットには不用心にもそのまま諭吉をつっこんでいる。


 女性の支度は時間がかかるというが、彼女にそれは当てはまらないらしく、僕が皿を洗っている間に既に支度を済ませてしまった。


 いつも通りの制服。リュックはいつもの紺色のではなく、パステルカラーのピンクのもの。あと、一番の違いとすれば、おそらく薄く化粧をしていることだろうか。


「お待たせ! よっしゃ、行くぞー」


「どこに……?」


 無邪気に手を挙げた彼女と、立ち尽くす僕。

 一瞬、時が止まったようにも感じた。


「えー、普通初デートっていったら、男の人がエスコートしてくれるんじゃないの?」


「あのさ、僕は十年間この街にいなかったんだよ。スマホだって今は持ってないわけだから、どうやって君をエスコートしろっていうんだい?」


「……それもそうか。しょうがない、ノープランデートと行きますか!」


 いつにもましてテンションの高い彼女に引っ張られるようにして、家を後にした。



 

 彼女の強い希望で最初はボーリングに向かった。

 十年前に存在していたボーリング場は既につぶれており、代わりに銭湯のあった場所に新しいボーリング場ができていた。といっても、彼女曰く移転しただけらしい。確かに言われてみれば、名前は一緒である。


 ボーリングか……。

 もちろん、ボーリングは十年以上ぶりである。体感では二年ぶりとかだろうか。

 それでも、実は少しだけ自信があったりする。中学生の時、遊ぶような施設も特に存在しないので、友達とよくボーリング場に通いつめたものだ。


 そして、肝心のボーリングを希望した彼女は、というとどうやらボーリングは初めてのようで、明らかにガーターの連発。


「うげー。難しい……。どうしてそんなにまっすぐ転がるの?」


「いや、どうしてって言われても。というか、初めてなのになんでボーリング行きたがってたの?」


 彼女は九ポンドのボールを重たそうに両手で持ち、一拍だけ僕を見ると、ボールを置いた。


「初めてだから来たかったんだよ。だって、そうすれば今後ボーリングをするたびに幽霊君のことを思いだせるでしょ?」


「へー……」


「へー、って。幽霊君は本当に感情が欠落してるなぁ」


 彼女はもう一度、ボールを持ち直し、レーン際に立つ。

 何の気まぐれだろうか。自分でもよく分からないが、不意に立ち上がり、彼女に寄る。


「真ん中に立つんじゃなくて、少しだけ右側。地面の矢印をよく見て、真ん中よりも一個右を狙う。球は勢いよく投げなくても勝手に転がるから、まずはゆっくり投げて」


 彼女は少しだけ不思議そうにしながらも、言われた通りに投げた。

 カコ――ンッ!という軽快な音を立てて、ピンが数本倒れる。


「うわー! 倒れた!」

 

 投げた姿勢のまま固まっていた彼女が勢いよく振り向き、明るい笑顔をみせた。まるで、子供のようだ。

 その笑顔を向けてる相手は幽霊だよ。と心の中で小馬鹿にしたようにつぶやく。


「やっぱり、幽霊君は優しいね」


「ただの気まぐれだよ。特に意味は無い」


 彼女は見上げる形で僕を一瞥し、ニコッとほほ笑んだ。裏表のない、澄んだ表情。今の自分にはできない表情だ。


「その表情は、好きじゃない」


「それは、良かった。私、意外といじわるしたいタイプなの」


 どうやら、僕が本心で言ったわけではないと見抜いているようだ。何だかもう、彼女に嘘はつけない気がする。



 ボーリングの後は、ド定番ともいうべきカラオケに行ったが、僕の歌う曲に彼女は腹を抱えて笑った。


「選曲、古すぎて。幽霊君、やっぱり面白いなぁ」


「あのね。十年前から来たって何度も言ってるでしょ。しょうがないじゃん」


 もちろん、彼女の歌う曲は何一つとして分からなかった。


 そのあとは田舎には数少ない、お洒落なカフェに行き、ついに行く場所が尽きた。現地民の僕が言っては何だが、本当に何もなさすぎる。そのくせ、休みシーズンともあり、観光客は多いので町的には意外と賑わっているのかもしれない。


 店内の時計を見ると、まだ十五時。帰るという選択肢を選ぶにしては、まだ少し日が高いだろうか。


「このお店、いいでしょ。穴場なんだ。いつも、そんなに人が来ない秘密の場所なの」


 落ち着いた雰囲気の店内と呼応したように、彼女も先ほどまでのハイテンション具合の面影を残さないくらいにはおしとやかになっている。

 たぶん、彼女はただ元気なだけではなく、その時の場所や状況に応じてテンションをコントロールしているのだろう。ずいぶんと気の使える人だ。


 カラン、カランとグラスに入った氷をストローで器用にかき混ぜている。

 僕は特に理由もなく、気分でホットコーヒーを頼んだ。頼んでから、なぜよりにもよってコーヒーなのだろうと、自分の行動に疑問を覚えた。

 正直、苦いのは苦手だ。コーヒーなんて、もってのほかである。


 単純に幽霊になって味覚が変わったのか、本当に気まぐれなのか。


 もしくは、男子高校生特有の女子の前では少しだけかっこつけたがる病が出てしまったのか。


 どれが正解なのかは、僕自身もわからない。最後のやつは、一番無さそうではあるが、まあどうでもいいことだ。


 一口含んだコーヒーは、やっぱり苦かった。

 僕は彼女にバレないように少しだけ顔をゆがめた。


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