第11話 後悔の友情 その9

「恨むなよ……!」


 ミーナに斧を振り下ろそうとしたその時、俺の手の甲に鋭い一撃が叩き込まれた。


「な……誰だ!?」


 俺の手の甲から血と共に流れているのは赤く濁った水。その時点で気づいてもおかしくなかったかもしれない。

 俺を攻撃した人物は、ランダルだった。


「見習い!? な……なんでお前が!?」


 驚愕する俺の前で彼女は淡々と話し始めた。


「あの時、ショオさんの森でゴブリン達に襲われたでしょう? その中に……私の海賊の元船員、ベルがいたんです。ミーナと同じように、反逆軍となって。……そして、殺された。あのシャイニーという女に!」


 慎重に記憶を辿る。確かとても大きいゴリラの様なゴブリンがいたはずだ。おそらくあいつが過去にランダルの仲間だったゴブリンだろう。


「やろうと思えばすぐに殺せるだろうけど……それでは私の気がすまない! 正々堂々と勝負し、ベルと同じ苦しみを味合わせる事で、私の……復讐は完遂されるんですよ!」


 その時のランダルの顔は、今までの優しい表情とはうって変わって鬼の形相と化していた。まるで、シュウという何かに乗っ取られた瞬間のアラン。


「そしてミーナと共に反逆を実行します! あの城にいる国王ファラリスを……討つ!」


 ランダルは俺から見て左上の方向を指差した。やけに塗装が豪華なその王城だ。


「……そうか、あくまで正々堂々と、か。だけど関心しないぞ。お前は三年前、戦争を止めると言っていた。お前が今やろうとしている反逆は、また新たな戦争を生むかもしれないんだぞ?」

「っ……! 黙っていてください! あなたに私の復讐の気持ちが、わかるわけないでしょう!?」


 確かに他人の気持ちなんてわかるはずもない。所詮上辺だけのコミュニケーションしかできない生物だ。……だが。


「俺は……親友を亡くした。新しくできた友もいなくなった。そしてその友は、復讐の意思に満ちていたんだ……! もう友を、俺の前から無くさせないためにも……見習い! お前を止める!」

「……わかりました。全力で、受けて立ちます……!」


 俺達二人は、同時に地面を蹴った。斧と薙刀がぶつかり、ランダルだけが大きく仰け反る。


「正々堂々と言いましたが、真正面から突っ込むとは言っていません。さすがに、分が悪いですからね……」


 その言葉通り、俺の足元には小さな水たまりができていた。ついさっき、仰け反った時に仕掛けたのだろう。


「まずい……!」


 水たまりから離れようとするも、そこから現れた腕と手の形をした水に右足を掴まれ、バランスを崩し倒れ込んでしまった。


「うおっ!」


 体制を立て直そうとする俺を生かすまいとするランダルが見えた。


「アベルさん、命だけは助けてあけます……っ!」


 薙刀の激しい一振りから放たれた鋭い水が迫り、俺は一瞬だけ諦めてしまった。


「アベルっ!」


 だがその声が聞こえたと同時に水は炎によってかき消され、心底安心した。


「助かった、ありがとなボルガ……」


 恐らくつい先程飛び起きたであろうボルガは俺を心配したのかすぐに駆け寄り、俺の前に仁王立ちする。


「やっぱりビーン達も無理やり起こした方が良かったか……」


 彼は苦い表情をしながらも警戒を怠らず、近くで力なく倒れているミーナをチラりと見てから言った。


「ランダル、お前はまだミーナの事を信じているのか!? こいつは、こいつらは大勢の人を殺めてきたんだぞ!」

「それでも! それでもミーナは……私の家族なの……! それにゴブリンを下等生物扱いするこの国に、丁度嫌気がさしていたんですよ!」

「……そうか、なら俺は力ずくでも止めるぞ? ミーナには……グリーを欺いた罪がある」


 瞬時にボルガはグリーの遺したカプセルを手に取り、それをランダルに向けた。数秒の無言の時間が過ぎた後、ランダルが動く。

 彼女が薙刀を空にかざすと、そこから放出される水が雨のようになり俺達を包んだ。


「ここからは私も本気です。ボルガさん、あなたを殺す勢いで、いきますよ……!」


 すると雨のような水から、ついさっきアベルを攻撃した水と同じようなものがボルガに向かって次々と放たれた。

 だがボルガもグリズリーカプセルをバイザーに挿し、自身を炎で包み込んだ。水はボルガの身体へと到達する前に蒸発する。


「なっ!? 私の最強の戦術が……通じないなんて!」


 唖然とするランダルへとボルガは走り込む。剣と薙刀が衝突し、一つの金属音が響いた。


「熱い……皮膚が、溶ける……!」


 ボルガの高熱に耐えられなかったのか、ランダルは後ろへ飛び退いた。


「お前の決意はその程度なのか?」


 余裕ぶるボルガの挑発にランダルは歯ぎしりをする。


「……戦略的、撤退なんですよ」


 余裕を見せるボルガを恐れたのか、ランダルは一歩下がる。すると踏んだレンガが変形し、小さい石となった事で彼女は転んでしまった。


「いっ……! まさか!」

「そうだ」


 宿から現れたハイエン。彼がレンガを石へと変形させていた。


「ランダル、俺を裏切ったのか?」


 ハイエンは顔色一つ変えず問いかけ、その場に座り込んだ。


「……私は、あのシャイニーという女を殺すんです!」

「そんな事は聞いていない。俺を裏切ったのか否か、それが聞きたいんだよ」


 頭を掻きむしりながら不機嫌そうにしたハイエンは、そのままミーナを指差した。


「……あいつは大勢の一般人を危険に晒した。例え昔の仲間だったとしても、それを許すわけにはいかないだろ? それに……あいつをもし殺さなくてはいけなくなったとき、それができるのはお前だけだランダル」

「で、でも……私は……」


 すると痺れを切らし、ハイエンは立ち上がった。


「確かにこの国は腐っている。だが、他に国を変えられる方法はいくらでもあるだろう。その場の雰囲気と、他人の意見に流されるな! 身を……滅ぼすぞ?」


 ハイエンの言葉に心変わりしたのか、ランダルは黙り込んだ。安堵した俺は立ち上がり、宿屋の方へと近づく。


「ランダル……ハイエンの言う通りだ。戻ってこい、今ならまだ間に合う」


 優しい口調で諭そうとすると、ランダルは見つめてきた。


「……本当なんですか? 私を、捕らえたりしないんですか?」

「ああ、信じてくれ。ちゃんとシャイニーにも事情を説明してやる」


 改心した様子のランダル。だが、彼女の背後からはミーナが迫っていた。


「ランダル! 後ろだ!」


 珍しく大声を上げたハイエン。すると彼の言葉に応えたように、ランダルは振り向かずにミーナの毒針を薙刀で受け止めた。


「……クソっ!」

「……ボルガさん」


 急に名前を呼ばれてボルガは驚く。


「あなたはミーナに、私と同じような『復讐』の想いを持っています。でも、私と違ってあなたは大義の下の『復讐』です。それに、親友の仇もとりたいでしょう? 一緒に……ミーナを討ちましょう」


 直後にランダルはミーナをはじき飛ばし、ボルガの元へと駆け寄った。


「それと、一人じゃあ不安です」

「……わかった。やっとグリーの仇を討てるんだな」


 二人同時に武器を構え、水と炎が飛び散った。


「行くぞ」

「はい……!」

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