第9話 復讐の意思 その7
鳥の鳴き声が聞こえる。もう朝になっていたらしい。時間が経っていないように感じるのは熟睡できている証拠で健康的で良い事だとは思うけど、休んでいる実感が沸かない。
その日は前日と同じくエルナとボブと共にビリーの所へ行き、新しく仕事を貰った。と言っても、家の建築をゴブリンから守る、というものだ。現場に着くとほとんどは完成しており護衛する必要は無いと思ったが、完成間近を狙われゴブリン達に乗っ取られた例もあるらしい。
……だが奴らが襲ってくる気配は無く、結局三日間で家は完成し、簡単にお金を貰えてしまった。
*
「今日で皆とはお別れって事になるから……頑張ってね!」
あっさり最終日は訪れ、ボブやビーンはそれを嘆いていた。ここ三日間はゴブリンやフィシュナ達にも襲われず、かなり平和だった気がする。
「さっ、ビリーのところ行くよ~?」
「は~い……だけどもっとエルナさんと一緒にいたかった気もするんですけど……残念です……」
「ボブ一人なら、ここに残ってもいいんじゃないかな? 私は歓迎するよ?」
「えっ……!? いいんですかっ!? で、でも皆の事も心配だし……。じゃ、じゃあ今日の夜までに決めておきます……!」
二人のいちゃつきをまた眺め、いつものようにビリーのいる建物まで着く。するとそこでボブの体が急に跳ねた。
「あっやっべ~ボビーに朝ごはん食べさせるの忘れてた……すぐに戻るから、先行っといてくださーい!」
そう言うとボブは振り向き全速力で走って行った。転びそうでヒヤヒヤしてしまう。
「おっちょこちょいだね~」
少し呆れ気味のため息が出るが、これはこれでボブらしい気もする。大人しく待とうか。
*
「最近色々と問題起きすぎてたからな……でもまさかビリーの食事すら忘れるとは」
どこにも消費する事の無い独り言を空へ放ち、ボビーの元へ向かう。きっとあいつ腹減ってんだろうな。我慢できずエルナさんの庭の花とか食べるなよ……?
そんな不安を抱きつつ、走った事で疲れたためゆっくり歩きながら辺りを見回す。
「ほんと、これ以上のスラム街は見たことないな……ん?」
ボロボロになった建物を見渡していると、歩いている一般人の中に『創造』の灰色であるフィシュナが混じっていた。俺を狙っているのかと思い身構えるが、幸い彼女は俺の右斜め前にいる。ギリギリ視界には入っていないはずだ。
「そこのお嬢ちゃん? そのなりを見るに貴族だな~、贅沢な暮らししやがって!」
すると三人のチンピラ集団の一人が近づいて地面を蹴り、フィシュナの腰辺りにまで砂がかかる。
「あのヤロー……例え敵であろうと女の服を汚すなんて最低な奴だ……!」
止めようと歩き出すが、チンピラ達が無理やりフィシュナを路地裏へ連れて行く。「やめてください」という声は確かに聞こえたはずだが、周りにいる人間は気にもとめていなかった。
「やっぱりエルナさんみたいな人は少ないのか……はぁ」
呆れてため息をつき、路地裏をそっと覗く。するとそこには、血だらけで倒れているチンピラ達の姿があった。かろうじて生きてはいるようだが、このままだと失血死してしまいそうだ。
「む、むごい……っ! 女がこんな事をやったのか……! そうだ、早く追わねえと!」
まだ彼女の能力は完全には分かっていないが、ここで退いたらエルナさんに顔向けできねぇ。それにすぐ近くに人混みがある。騒ぎを起こせば仲間達も来てくれるだろう。
『誰かを尾行する時は相手の気持ちになって考える、それが一番大事だ』
数年前にペリロスが言っていた事を思い出す。あいつ、俺たちの前からいなくなったっていうのに、まだ記憶にこびりついてやがる。だけど今はお前の言葉を頼るぜ。
「足音を聞き、それを頼りに行動するか」
心の中で決心し、耳に意識を集中させる。足音は確かに聞こえるが、数秒後には音が小さくなっていた。恐らく曲がり角でもあるんだろう。
「さあ、もっと離れろ……!」
だが、そう思った時にはもう足音は聞こえなかった。一分、いやもっと短かったのかもしれないが、体感ではそれぐらい待った。だが彼女によって発生した音は何一つ聞こえない。
「思い切って近づいてみるか……」
足音がしなくなった場所へ向かうと、廃墟と化した木製の病院がそこにはあった。入口近くを見ると、フィシュナが何やら通信機を持って誰かと話していた。
「あれはロプトも持っていた、通信機ってやつか……?」
気づかれないように気配を消し、会話の内容を盗み聞きしようと耳を立てた。次の瞬間、誰も思ってもいないような、知ってはいけないような事実を聴いてしまった。
「……アラン……はい、……調です……れの行動もうま……性格悪いで……彼の……親……は……ではない……本当…………処……人と……じく……次……はい……」
やばい。彼女の言葉を聞いた俺は、それしか考えられず、思い切り音を立てそこから走り出してしまった。フィシュナに気づかれるというのに。
「ハアっ、ハアッ、ハッ!」
おかしい、いつもより体力が減っている気がする。潜伏するのに気合を入れすぎてしまったのだろうか。
と、背後から何かが飛んでくる音が聞こえた瞬間、俺の右太ももにガラス片が突き刺さった。
「があっ! ……俺を、生かして帰さないつもり……っ!?」
てっきり追ってきていたのはフィシュナだと思っていた。だが、そこにいたのは三年前に一度だけ会った男だった。
「お前、は……!?」
「ザーシス。私の名前はザーシスだ!」
風でなびく紫色の髪は、妖艶な雰囲気すら醸し出している。彼の顔は出来立ての公園のようにやけに整っているが、性格は沼地のようにドロドロだ。
「久しぶりだな……? 象使い。お前ほどの逸材をここで無くすのは惜しいが、仕方ない事なんだ」
「くっ……」
誰か助けにきてくれないか。そう願った直後、意外な人物が背後から歩いてきた。
「俺と同じ紫の力を持っているみたいだが……お前の『欲望』は、俺の『欲望』と比べてどのくらいだ?」
「カ、カイザ!」
驚いたが、カイザなら十分時間稼ぎをしてくれるだろう。今は頼るしかない。
「この力は癖になる……そして頂点を極めたいと思うようになるッ!! 私の『欲望』はそれだっ! 頂点こそが! 私の欲の中の欲!」
それを聞いたカイザはハンマーを地面に叩きつけ、左の人差し指をザーシスに向け言った。
「面白そうじゃねえか……『皇帝』を目指す俺の『欲望』とはどのぐらいの差があるか、見せてみろっ!」
次の瞬間二人はぶつかり合い、辺り一面に風が吹き荒れた。
ザーシスの武器は鉄のグローブ。素手で戦うメリーとは違い動きは遅いが、一撃の威力は彼女の倍以上と見て取れる。
「今のうちに……誰かに助けを求めるか……!」
カイザを信じ、さっきまでアラン達と一緒にいた場所に向かって、右足を引きずりながら歩こうとする。しかし刺さりどころが悪かったのか、転んでしまい立ち上がる事さえできなかった。
「アランに……伝えないといけないのに……!」
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