女王になりたいので、その求婚お断りします!

山本 風碧

本編

序章 第三王子アリスティティス十三歳の手記より


 エマはエマの父さまが大好きで、「父さまがおひさまなら他はウジ虫よ」と平然と言う。そして「でもアリスはもうちょっとマシね。青虫くらい?」と付け加えてくれる。

 あまりに嬉しそうに言うので、それを喜ばなければならないのではないかと僕はよく錯覚してしまう。


「僕、青虫らしいよ」と落ち込むと、父さまは「そういうのって、なんだか懐かしいなあ」と笑いながら僕によくわからない助言をくれる。


 父さまの助言はすごくわかりやすい時とそうでない時にわかれているけれど、数学や天文学、医学や薬学など、あらゆる学問に関してはわかりやすいのに、エマのことを聞くときは、とてもぼんやりしていてわかりにくかった。

 僕が詳しく教えてというと、父さまは「もちろん」と笑って教えてくれるけれど、母さまが「子供になんてこと教えるの!」と父さまを叱りつけるから途中で話が終わってしまう。

 だけど「続きはもうちょっとアリスが大きくなったらね?」と父さまは全く気にしていないようだ。


 僕は父さまの助言を元にエマに接するのだけれど――内容を理解していないから当然なのかもしれないけれど――大抵はうまくいかない。

 この間、わがままなエマに手を焼いて相談したら

「女の子の扱いがうまくなりたいなら、飴と鞭を使い分けないといけないよ」

 と言われた。

 その通りにエマのところに飴と鞭を持って行ったら、飴は奪われて鞭で打たれ、僕は途方に暮れた。

 母さまは僕のミミズ腫れに悲鳴を上げ、エマの父さまに文句を言いに行ったけれど「エマは悪くない。お前が悪い」とまったく相手にされなくて、代わりにエマの母さまがたくさんの菓子を持って謝りに来た。


 僕は、父さまの助言はきっと間違っているのだと思った。

 でも僕が「父さまは間違っているの?」って聞くと、母さまは「そんなことあるわけないわよ。あなたのお父様は世界一頭がいいのですからね」と怒るから、僕は混乱してしまう。


 そんな感じで本当に僕の周りの世界は混沌としているけれど、一番混沌としているのはそのエマ――四歳年下の僕の幼馴染、エマナスティ王女だ。

 国一番の美女である彼女の母さまから受け継いだ可憐な外見をもつというのに、その行動はまるで似合わないものばかり。

 焼いたあかがねのような髪を炎みたいに逆立てて剣を振るうエマは、まるで鬼神のよう。

 いくら稽古をしてもまだまだ! とねだる彼女に、師がとうとう音を上げ、国で一番の剣の使い手であるエマの父さまがエマを指南しているほどだった。

 そして、彼女の好奇心はいつでもはちきれそうで、噛み付くように様々な質問をしては教師を困らせている。

 だれも彼女の好奇心を満たすことができず、結局僕が空いた時間で彼女の先生をしている。

 僕はまだ子供だから大人よりもエマと目線が近い。彼女が不思議に思っていることで、僕ならわかることが多いからだ。


 エマは、小さな体に太陽みたいな力を無理やり詰め込んでいるようだと僕は思う。たまに喧嘩もするけれど、僕は彼女といるのがとても楽しかった。

 だって彼女の見ている世界は、僕が見る世界と違った色をしているから。

 彼女はたくさんの質問をするけれど、その一つ一つが僕の当たり前を尽く打ち砕いていく。

 その中でも特に「女の子が王さまになれないのはどうして」というのが強烈だった。

 言われてみればたしかに何でなんだろう? と思う。エマの父さまは立派な王さまだし、きっとエマは同じくらい立派な女王さまになれると思う。

 だって僕は知っている。王城の皆はエマのことを「小さな女王さま」って呼ぶのだ。僕がそう呼ぶとおばあさまにものすごく怒られるからしないけれどね。

 僕のおばあさまは昔から事あるごとに『エマを落としなさい』と言ってくる。それはエマをお嫁さんにしなさいっていう意味らしい。というのも、おばあさまは僕に王様になってほしいと思っているから、女王様って呼ばれるエマのことが邪魔みたいだ。

 けれど、僕にはエマをなんて無理だと思う。だって彼女は彼女の父さまみたいな強い男が好きなのに、僕はもう剣でも弓でもエマに敵わないのだ。

 僕が彼女よりも優れているとすれば、年齢と背丈と勉強だけ。とてもじゃないけれど、相手にしてもらえないと思うのだ。


 父さまに「おばあさまにエマを落とせって言われた」と相談したら、「応援したいけれど、色んな意味で茨の道だよ」と答えにならないことを言われて苦笑いをされた。


 だから母さまに相談したら、母さまは「余計なことを!」と叫んでおばあさまのところに飛んでいった。


 そして、父さまいわく『意見の相違による、嫁姑戦争』が起こったらしい。

 母さまが怒ると、確実に眉間の皺が増える。母さまにはいつまでも綺麗で居てほしいと思うし、できることなら――それは僕限定だけど――優しいおばあさまと仲良くしてほしいと願っている。だからもう二度と母さま相手に余計なことは聞けないと思っていた。


 こういうときに一番相談しやすいのはきっとエマの母さま――王妃さまなのだろうけれど、エマやエマの母さまと仲良くすると、周りの侍従が「危険ですから!」と必死で邪魔をしてくるのだ。

 侍従たちは僕がエマを傷つけて、エマの父さまを怒らせることを心配しているらしいけれど、僕は別にエマをいじめようなんてこれっぽっちも思っていない。

 だって僕はエマが大好きなんだ。大事にしたいし、仲良くしたいに決まってる。

 それでも侍従たちは「それがまずいんです!」と涙を流して引き止めるのだ。僕にはどうしても意味がわからない。

 やっぱり世界は混沌としている。エマの周りでは、特に。


〈アウストラリス王国 第三王子アリスティティス十三歳の手記より抜粋〉

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