第156話帰還の馬車の中で

「——結局、アーシェとはあのあと特に話すこともなくこっちに戻ってきちゃったな」


 現在は王城へと帰る道中の馬車の中。アーシェと話をしたあと、アキラとアトリアの二人は剣の教会本部を離れ自国へと戻って来ていた。

 確かにそれは予定していた事ではあったし、何かこれといった問題が残っているわけでもない。

 だが、最後に行った話が話だけに、アキラはその後のアーシェのことが心配になっていた。


「そうですが、何か問題がありますか?」


 だが、そんなアキラとは対照的に、アキラよりもアーシェとの付き合いが長いはずのアトリアはまるでアーシェのことなど気にかけていないかのように言ってのけた。

 そのことに違和感を持ちながら、アキラはアトリアに言葉を返す。


「いや何かっていうか……結構悩んでたっぽかったから、対処しなくていいのかなってさ」


 人の悩みというものは、どれほど些細に思えても本人からしてみれば重大なことであり、それが原因で心を病んでしまったりすることもあるし、果てはそのことが原因で自殺してしまうことだってあり得る。

 アーシェの場合はそんなことはしないだろうとアキラは思っているが、それでも彼女は宗教組織の一員であり、かなり高位の立場にいただけあって神様の真実など語られてしまえば万が一というものがあるのではないかと想像してしまう。


「対処といっても、特にやることもなければできることもないでしょう。あれは自身が必要とされているのかいないのか、その聖女としての存在意義について悩んでいただけでした。神にとっての聖女という存在がどういうものかと教えてあげれば十分でしょう。あとは神の考えと人の考え、それから自分の状況にどう折り合いをつけていくのかは本人次第です」

「まあ、そうだろうけど……」


 アトリアの言葉を聞いてもまだ尚不安そうにしているアキラ。


「心配せずとも、彼女であればなんの心配もありません。何せ、『私が選んだ者』なのですから。ただ適性があるというだけで選んだりなどしません」


 アトリアはいつものように淡々とそう言ったが、その様子はどこか自慢するかのようにも見える。


「それよりも、あなたはこれからどうされるつもりですか? すでに外道魔法は禁忌ではない、と通達がされ、罪に問われることは無くなりました。人々の意識は変わらないでしょうけれど、法律上はなんの問題もありません。たとえ王女と結婚しようとも、です」


 アーシェのことは問題ないんだから意識を切り替えろと言われたアキラ。

 言われてすぐに切り替えられるようなことでもないが、一度軽く息を吐きだしてからアトリアの言葉n意識を向けた。


 アキラの行動によって外道魔法は『外道魔法』ではなく『魂魄魔法』とされることになった。

 それはあくまでも教会の規則の上であって、今まで人々の間に根付いてしまった認識、意識はそう簡単には変わることはないものではある。

 だが、それでも規則の上では問題ないとされるようになったのだから、アキラが外道魔法を使うからといってそのことで文句を言うことは誰にもできなくなった。


 ならば次はどう行動すべきか。どう行動すればアトリアとの婚姻を行うための最善となるのかをアキラは考えていく。


 今までそれなりに動いてきたが、あとはもっとも大きな問題が残っている。


「残る問題は爵位だけ、か」


 だけ、と言ったが、それが一番大変であり、言葉にしたほど簡単なことではないというのが現実だ。


「それもどうにかしようと思えばできるのでしょう?」


 しかし、それでもアトリアはなんの心配もしていないかのようにアキラへと問いかけた。


「時間はかかるかもしれないけどな。そもそも本来爵位ってそんな簡単に貰えるもんじゃないし」


 アキラならどうにかできるものだと信じている、というよりも知っているアトリアの言葉にアキラはそう答えたが、その言葉はアトリアと同じようにできて当たり前だとでも思っているかのような、常識を語るかのような自信があった。

 実際、アキラがその気になればどうとでもできるのだ。彼の持っている力は、使い方次第で国の抱えている問題を解決することができるし、富を築くこともできるのだから。


 できることは当たり前で、問題としては時間が掛かるか否か、それだけだった。


「今ならば教会にゴネればどうにかなるのではありませんか?」

「なるだろうけど、貸しにもなるだろ。ならなかったとしても、軽いお願いくらいはしてきそうだから、できれば頼りたくはないんだよな」


 教会を頼って国に話を持ちかけさせれば、アキラの功績を讃えさせ、爵位を上げることもできるだろう。

 だが、その場合は教会に貸しを作ってしまうことになるため、できることならば選びたくはない手段だった。


「まあ、そうでしょうね。外道魔法の使用方の教育を頼まれるのが可能性が高いでしょうか?」

「だろうな。でもなんにしても厄介、とまではいかないだろうが、面倒なことに変わりはない」


 そんなわけで、アキラは教会を頼ることはせず、普通にどうにかしようと考えるのだった。


 しかし、アキラが時間をかければ爵位など容易に手に入るものでしかないのだが、言ってんだろ今の状況はあまり時間があるとはいえないものだった。

 三年……残り二年程度の時間で爵位を押し上げるほどの何かを成さねばならず、成果を出してから実際に陞爵されるまでには時間がかかる。今日何かしらの成果を出したからといって、明日には爵位が上がってる、などということはあり得ない。

 それを考えると、一年以内には何かしらの成果を出さなければならないのだが、たった一年で何をしようかと考えると答えは限られてしまう。


「でも一応期日があるわけで、いそがないとまずいってのもある。……すぐにでも爵位を手に入れる方法がないわけでもないけどな」


 それでもいくつかの案は思いついたのだが、そのどれもが確実に爵位を上げることができるほどの成果か、と言われると微妙だった。

 今回、アキラに関しては普段よりも厳しめに判断されるだろうし、アキラ達の婚姻をよく思わないもの達からの邪魔も入ることになるだろう。

 だからこそ、誰からも文句を言われないような状況を作らなくてはならなかった。


 そして、頭の中に浮かべた案の中で、一番早く確実で誰からも文句を言われない方法があった。

 その方法を選んだのならば、誰もアキラとアトリアの婚姻に文句などつけることはできなくなる。まさに理想的な方法だ。——本人の心を無視すれば、ではあったが。


「あら、そうなのですか?」

「ああ。……あんまり気乗りしない方法だけど、親から当主の座を引き継げばいい」


 そう。アキラは今は庶民として生きているとはいえ、体の半分は高位貴族の血が流れている。それを利用すれば、アキラはなんの問題もなくアトリアとの婚姻を認められることになる。

 何せ、今問題になっているのはアキラの身分が王女を迎えるのに相応しくないから、というものであるのだから、身分さえどうにかしてしまえば問題などなくなるのだ。


「当主……まさかアレの息子として生きると? 私はなんでも構いませんが、それはあなたにとって……」

「ああそうだ。できることならやりたくない。だが、手っ取り早いのも事実だし、誰も文句を言えなくなるのも事実だ。……事実だから悩んでるんだ」


 しかし、そのためにはアキラが侯爵家の一員として名を連ねなければならない。

 だがそれは、母親を傷つけ、捨てた男の同類として扱われることになる。それさえ認めることができるのなら、アキラが侯爵家の一員となる、というのは完璧な方法だろう。


「……あなたがそうすると決めたのなら私は何も言いませんが、ですが決めるのであればよく考えたほうがいいですよ」


 そんな方法を考えたアキラに対してアトリアはわずかに表情を歪ませてアキラを見つめたが、これは本人の心の問題であり、自分が何かを言うことでもないと判断してそれ以上何かを言うのを止めた。


「わかってる。……わかってるさ」


 アキラはそんなアトリアの言葉に小さく言葉を返し、馬車の中は無言となった。




「ただいま」

「おかえりなさいませ!」


 王城にたどり着いた馬車から降りてアトリアと別れたアキラだったが、現在暮らしている住居であり自身の店でもある建物へと帰ってくると、配下であるサキュバスのレーレを含めた数名がアキラのことを出迎えた。


「ああ、レーレ。こっちの調子はどうだ?」

「基本的には問題ありません。教会の方々が少々監視をしていたり文句を言ってきたりはしましたが、『問題』と呼べるほどではありませんでした」

「監視? あいつらそんなことやってるのか……」


 協会としてはアキラが話をつけた通り外道魔法だからという理由で裁くことはなくなったが、それでも外道魔法は完全に信用することができないということで、『魂魄魔法』の話が決まった後であってもアキラの店を監視していた。


 そのことにアキラは小さく息を吐き出して呆れた様子を見せたが、それ以上は特になんの反応も見せることはなかった。


「どうされますか? こちらで処理しますか?」

「いや、放置でいい。というより、今手を出したらせっかく外道魔法改め魂魄魔法が認められたのに、また悪者に逆戻りだ」


 どうにかしようと思えば精神をいじって教会に帰らせることはできるだろうが、そんなことをすればせっかくどうにかした魂魄魔法の評価が再び下がってしまう、外道魔法はやはり悪だったのだということになってしまう。


「何も悪いことをしていないなら堂々としていればいいんだ。お前達だって、自分は悪くないんだって胸を張っていきたいだろ?」


 アキラがそう言って笑いかけてやれば、その場にいたサキュバス含め、『夢』及び『精神』に干渉する性質を持つ魔物たちは感極まったかのようにその動きを止めてアキラを見つめ、誰が言い出すでもなく自然とその場に跪いた。


「——主様。いえ、我らが神よ。夢魔を代表して改めて感謝申し上げます」


 そして、これまでアキラの補佐を行なって商会をきた者の筆頭であり、一番最初にアキラと出会い、その眷属となったレーレが普段とは言葉も態度も改めて言葉を紡ぐ。


 突然のその態度と言葉に、アキラは目を見開いてパチパチと数度程瞬きをし、驚きを見せた後に不思議そうに問いかけた。


「……どうしたってんだ、そんなにかしこまって。らしくないだろ」


 しかし、そんなアキラの言葉を受けてもレーレは態度を変えることなく、跪いたまま言葉を紡ぐ。


「ですが、この気持ちは改めて言葉にしておかなければならないと思ったのです。私たちはご存知の通り今まで精神に関わる神がいなかったことで迫害されてきました。それでもなんとか生きていくために努力をしてまいりましたが、それでも魔物からは虐げられ、人からは敵とみなされ、どうにか隠れ潜み命を繋いできました。それが、堂々と外を歩いて普通に暮らすことができるようになったのです。これを感謝せずにいられるでしょうか? この気持ちは私だけではなく、今まで神から見捨てられていたと考えてた全てのものからの気持ちです」


 今までは精神に関する魔法は外道魔法として扱われており、それを操る魔物も下劣な存在として扱われていた。

 同じ魔物であるはずなのに人からは他よりも一段下に見られ、他の魔物たちからも自分たちを庇護する神がいない魔物として見下されていた。


 だがそこに、アキラという魂を司る神が現れたのだ。

 自分たちは見捨てられたわけではななかったのだと希望を見出すことができた。


 そして、今回アキラが外道魔法の認識を改めさせたことで自分たちのような存在に対する扱いも変わることとなり、それが嬉しかった。嬉しいと思わないものなど誰もいなかった。


 その感謝を改めて示さずにはいられなかったのだ。

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