第154話アトリアとアーシェ

「実際のところ、本当に神降しをできるようになるのですか?」

「んー、まあ無理ではないんじゃないか? 理論だけでいったら不可能ではないだろ」


 話し合いの場が解散となった後、アキラとアトリアは部屋に戻って話をしていたのだが、アトリアの質問にアキラはどこかぼやけた答えを返した。


「理論は不可能ではない、ですか」

「ああ。理論は、だな。あの大神官にも言ったが、発動することが出来るだけの術者がいないだろうな」

「その術者の技量というのは、どの程度のものでしょう?」

「どれくらいって言葉にするのは難しいんだが、まあ俺くらい?」

「……実質不可能ではありませんか」


 アキラと同じくらいの実力となれば、それは神としての座に至るだけの力を備えろと言うことになる。そんなこと、出来るわけがない。

 それを理解したアトリアはアキラに対してため息を吐き出す。


 しかし、それと同時に僅かに安堵もしていた。

 実際にアキラの教えた魔法他使われるようになったのだとしたら、神の降臨を自由に行えるようになってしまい、ともすればその先——術者が正規の手順をすり抜けて神の座に至る可能性すらある。そんなことになれば、今の世界の状態は崩れてしまうことになる。いくら女神としての立場を失ったとしても、アトリアはそれを容認することはできなかった。


「最も、俺がやるとしたらもっと別の方法だけど」

「別の方法?」


 だがアキラの続けた言葉を聞いて、他にも方法があるのかとアトリアは眉を寄せた。


「ああ。魂の流れを辿って、ってのはまあ間違いではないんだけど、その他大勢の流れを辿るんじゃなくて、俺自身の繋がりを辿る感じだな」

「あなた自身の……ああなるほど。言われてみればそちらの方が楽ですね」


 しかし、アキラの説明を聞いたアトリアは険しくしていた眉を緩め、なるほどと頷いた。

 確かにそうだ。アキラの魂の何割かは女神であったころのアトリアと混ざっている。そのため、剣の女神の領域だけであれば簡単に干渉することができる。

 そこからさらに別の神の領域へと手を伸ばすことも不可能ではないだろう。


「そうだな。何せ、俺の魂の大元は俺自身のものだが、半分は剣の神のものだ。神様の場所まで繋ぎを作るんだったらそれを利用しない手はないだろ?」

「そもそも貴方自身が魂を司る神ですからね。あの場所への接続権限で言えば、余計な回り道をするよりも遥かに速やかに成せることでしょう」


 それに加え、アキラ自身が神としての立場を得たのだから、自由に行き来することはできなくても干渉する程度のことならば問題なく行うことができるだろう。


「そんなわけで、俺は間違いなくできる」


 だが、それはアキラにだけ許された方法だ。

 他のものにはできるはずもない、ある意味で反則のようなものだ。


「他の奴らも聖女とか聖人、後は神器なんかを仲介してやればできる、と思う。多分」

「はっきりしないのですね」

「いや、だってそもそもそんなことができるほどの技量がこの世界の人間にあるか知らないし」

「次元の壁を越えるのですから、それなりの力量は必要でしょうね」

「魔力だって足りるかどうか。まあそこは魔力を保存できるなんかしらのアイテムを使えばどうにかできる問題だけど、それでもやっぱり技量力量の問題は出てくる」


 結論としては、やはり理論としては正しいが実際に使うことはできないだろう、と言うものだ。

 再度はっきりとその答えを聞いたことでアトリアは安堵するが、アキラとしても好きに神様呼び出されたら大変なことになるだろうなー、と考えていたので、そのへんは気をつけていた。

 それに、アキラとしても神を呼ばれるとまずいのだ。何せ、実際に喚ばれて剣の女神の発言やその状態などを確認されてしまえば、アキラの言葉が嘘だったとばれてしまうのだから。

 もちろん新たな神云々という話は嘘ではないが、今回話した内容の全てが本当というわけでもない。

 加えて、剣の女神と新たな神が地上で人間として生きていると知られた場合、他の神からどんな反応されるのかがわからない。

 故に、そんな不安要素を心配するくらいなら、最初から排除しておいた方がいい。

 そんな自己保身も考えた結果、出来もしない魔法を教えたのだ。あとリアが心配などしなくても、最初から神降しなんてできるはずもなかった。


「ま、理論で言えばできるんだから、疑われることもないだろ」


 そう結論づけると、アキラはそれまでの疲れを吐き出すかのように息を吐いた。


「——ところで、聖女といえばアーシェだが、あいつはこれからどうするんだろうな?」

「どう、とは?」

「いやほら、剣の女神はしばらくお休みだってことになっただろ? でも聖女の役割って神託を受けることだし、また剣の女神が戻るまで……まあ大体百年くらいはやることないだろ」


 アキラとアトリアは無茶をしたことによって魂に損傷ができてしまい、その結果この世界に生まれ変わることになった。

 だが、それは神として完全に死んだわけではなく、この世界で真っ当に生きていけば次第に回復する程度のものであった。

 それ故に今の人生を終えて死んだあとは神としての格に問題はなく、アキラはそれを理解しているためにちゃんと神様としてやっていこうと思っているし、それはアトリアとて同じことだ。


 だが、死んだ後にはしっかりと神様をやるとは言っても、死ぬまではその座は空白であることに変わりはない。アキラたちは寿命が他の人間よりも長く、死ぬまでどれほど短く見積もっても百年はある。


「……そう、ですね。聖女の役割とはそれだけではないのですが、わかりやすいところはそうですね」

「他に何かあるのか?」

「力を振るってもらうことで神がこの世界から離れないようにしているのです。神から与えられた力を聖女、聖者が振るい、その力が世界に拡散されていくことで世界と神の繋がりを作る。いわば楔のようなものです。でなければ、神託を下すだけで人間に力を渡したりはしません」

「なるほどな……神様もいろいろ事情があるのか」

「そんな簡単に片付けられるとなんと言っていいのか微妙ですが、その通りです」




 そんな話をしてからおよそ二週間、アキラたちはこの国に留まることになった。それはエルザンドらがしっかりと約束を果たしているのか確認するためでもあるが、外道魔法が悪ではないのだと宣伝するのに外道魔法の使い手が必要だったからだ。


 だが、とうとうやるべきことも終わり、アキラたちも自国へと帰ることができるようになった。2日後にはこの国を出発する予定だ。


「あ——」


 思ったよりも簡単だったな、とアキラがこの国での出来事を思い出しながら教会の廊下を歩いていると、前から見知った者が近づいてきていることに気がついた。


「ん? ああ、アーシェか」


 ここ最近、アキラはアーシェと会う機会はあってもまともに話すことはできていなかった。だが、そうは言っても二人は別に恋仲というわけでもないので何か問題があるわけでもなく、過ごすことができていた。


 だが、改めて見てみるとアーシェの様子がどうもおかしいことに気がついたアキラ。

 以前は聖女然と背筋を伸ばしてにこやかに笑っていたアーシェだが、今はその表情に影がある。にこやかな笑みなど消え、まるで抜け殻のような空っぽで、ぼーっとした表情を浮かべている。


「はい。……あの」


 しかし、それがなぜなのか理由に思い至る前にアーシェに話しかけられたことによって、一旦思考を中断することにした。


「ん?」

「もう、帰られるのですよね?」

「ああ。まあこっちに予定があってきたわけじゃないしな。これでも二週間はここにいたんだから、まあそれなりにいた方だろ」


 アキラとしてはこの国には用があって来たと言うだけで、実際のところはできることならば自国から出るつもりなどなかった。

 なのでその用さえ済んでしまえばいつまでもここにいるつもりはなく、すでに外道魔法改め魂魄魔法の正当性を証明することができたのだから、さっさと帰りたい、というのが内心だった。


「そう、でしたね?」

「……お前はどうするんだ?」


 どうにもおかしな様子のアーシェに、アキラは訝しげな表情を見せるがそのまま話を進めていくことにした。


「私ですか? 私は、しばらくはこっちに残ることになりますが、そのあとはあなた方のところへと赴くことになります」

「俺たちのところに?」

「はい。元々あの地で生活していたこともあるのですが、その……」


 そこでアーシェはわずかに視線を逸らしてから答えづらそうに言い淀み、ちらりとアキラへと視線を向け直した。

 それでアキラはアーシェが何を考え、何を言い淀んだのかを理解し、納得したように頷きながらその答えを口にした。


「ああ、監視役か」

「……はい。申し訳ありません」


 アキラとしてはただ呟いただけの言葉だったが、その言葉を聞いたアーシェはさらに申し訳なさそうに眉を下げて謝罪の言葉を口にする。


「それはいいよ。見てればいい、的なことを言ったのは俺だしな」


 アキラは外道魔法が悪ではない、自分はそんなことに使わない。心配ならば見ていればいい、というようなことを教会側に宣言していた。

 だからこそ、今更人が送られてくることになったからと言ってそのことに文句を言ったりするつもりはない。


 だが、実際に監視を命じられたアーシェが納得するのか、罪悪感を抱かずに済むのかは別の話。事実、アーシェはその任務を命じられた後、断ろうとしていた。

 だが、アーシェが断ったとしても別のものを送ると言われたので、それならば自分がやったほうが、と受けることにしたのだ。


 そんな裏側のことなど知る由もないアキラではあるが、そのままでいてもアーシェの調子は変わらないだろうな、と考えアキラは話を変えることにした。


「それはそれとして、なんだってさっきまでぼうっとしてたんだ?」

「あ、えっと……その……」


 アキラに問いをかけられたアーシェだが、その様子は先ほどまでの申し訳なさとは打って変わって焦ったような、困惑したようなものへと変わった。


 どうしてそんなことになってんだ、と不思議に思ったアキラだが、それを尋ねることなくアーシェの言葉を待つことにした。


「アトリア様と、少し話させていただけませんか?」


 そして、少しの間だけ迷った様子を見せたアーシェだが、一度だけ深呼吸をすると意を決したようにアキラを見据えてそう答えた。


「アトリアと? まあ別に……というか俺に今更許可を取るような必要はないだろ?」

「そうかもしれませんが……」


 アキラとしてはアトリアと誰かが会う際にアキラに許可を求めなければならないなんて決まりはないんだから、好きにすればいいと思っている。

 だが、こうしてアーシェが許可を求めているということは、それほどのことだということなんだろう。


「そんなわけで連れてきた」


 そう考えたアキラは、事情はわからないがとりあえずそうしたほうが話が早いだろう、とアーシェをアトリアのところへと連れてくることにした。


「話、ですか。構いませんが、どうしましたか。そんなに改まって」


 アーシェからの『話』とやらに心あたりがないようで、アトリアは訝しげな雰囲気を出しながらアーシェに問いかけた。


 だが、アーシェはアトリアの問いかけに答えることはなく、アキラの時よりも長い時間を使って迷った様子を見せた。その様子は、先程のアキラに対する沈黙よりももっと真剣なものだった。


「……剣の女神様」


 そして、ついにアーシェは口を開いたかと思ったら、出てきたのはそんな言葉だった。


「……女神がどうかしましたか?」


 黙っていたかと思ったら顔を見つめられ、そのまま口にされた名前を聞き、アトリアは一瞬自分のことを呼ばれたのかと勘違いし、返事をするのに一瞬だけ遅れてしまった。


 だが……


「アトリア様。あなたは、剣の女神様ではありませんか?」


 名前を呼ばれたというのはアトリアの勘違いではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る