第117話準決勝の相手
翌朝、アキラは普段よりも早い時間に起きてからもう一度眠りにつくこともなく、だが何をするわけでもなくただ空を見上げていた。
それは今日の準決勝のせいで緊張しているという意味ではない。
いや、ある意味ではそうなのだろう。準決勝そのものに緊張しているのではなく、その内容——対戦相手に対しての緊張ではあるが。
だが緊張して目が覚めてしまったという事実は変わることはなく、時間になるまでただ剣を振り続けるのだった。
そうして無駄に早く目が覚めてしまったアキラは時間になるまで気を落ち着かせるために剣を振っていたのだが、剣を振っていると時間になりウダル達が起きてきたことで、少なくとも表面上はいつも通りの様子で朝食をとり、それが終わると一人で試合会場へと向かっていった。
普段ならばウダルたちも誘うのだろうが、今日はそれをしなかったのはやはり内心では完全にいつも通りでいるということができていないからだろう。
「よう。調子はどうだ?」
「どうもこうも、いつも通りだよ。っつーかさっき別れたばっかりだろ」
だがそんなアキラの様子を心配し、ウダルはわずかに時間をおいてからエリナとともにアキラの選手控室へとやってきていた。
ウダルがわざわざそんなことを言った理由を察したのか、アキラは苦笑しながらひらひらと手を振るが、そんなアキラに向かってウダルは真剣な顔をして口を開いた。
「殺すんだったら、バレないようにやれよ」
気に入らなくて殺すのなら事故に見せかけろよ、と忠告したウダルだが、まさか試合前にそんなことを言われるとは思っていなかったのかアキラは軽く目を見開いて驚いた。
だが、ウダルの表情は変わらずに真剣で、アキラのことを思っての言葉なんだということをアキラも理解した。
「試合前に物騒なことを言うなよ。殺さないさ……多分な」
「そこで断言しないあたり、あなたも十分物騒よね」
ウダルの言葉に軽く肩を竦めて冗談めかして答えたアキラだが、そんなアキラの言葉にエリナがツッコミを入れた。
だが、とうのアキラ本人は特に否定することもなく話を進める。
「まあ、実際会って見るまでわからないしな。どんな顔なのかも、どんな性格なのかも」
調べたことすらなかった。調べようと思ったことがないわけではない。
だが、調べようと思った当時は女神の生まれ変わりを探す方に注力していたし、余分を調べて情報が集まるのが遅れるのを嫌ったために調べなかった。
しかし、そんなのは言ってしまえば後付けの理由だった。
調べれば母を傷つけた相手と関わりができてしまいそうな気がして、それは母を苦しめる結果になるかもしれないと思うとどうしても手が出せなかった。
「とりあえず、どんな相手だったとしても負けはしないから、賭けるんだったら俺に賭けとけ」
それは場を和ませるためであり自分の心を落ち着かせるための言葉だったが、同時に自信と覚悟の表れでもある。
相手がどんな人物で、どんな感情を抱いたとしても、自分が負けることはない。アキラはそう確信していた。
「あっ、それならもう賭けたわよ」
「早いな……」
「安全を考えて冒険者をやるならお金がかかるのよ」
エリナはそう言いながらアキラにかけた証明として券を見せるが、束といっても過言ではないその量を見てウダルとアキラは苦笑いするのだった。
「アキラ選手。試合の時間です」
「はい。わかりました」
そんなふうに三人で話しているとついに時間となり、アキラは椅子から立ち上がって歩き出した。
「気を付けろよ」
そんなアキラの背後からウダルの声がかけられたが、アキラはそれに手をあげて応えるだけで振り返ることなく進んでいった。
「それではこれより、闘技大会準決勝第二試合を始めますが……その前に、皆様あちらをご覧ください!」
舞台の上にはアキラと対戦相手と司会の三人しかいない。お互いの選手の紹介を軽く終えたら後は戦闘となるはずなのだが、そのセリフの後半が今までとは違った。
「本日はお忙しい中政務の間を縫って国王陛下、ならびに皇太子殿下がお越しになられました!」
司会に示された方を見上げるとそこには五十は過ぎているであろう男性と、のその男性を若くしたような三十そこそこの男性が立ってこちらに手のひらを向けていた。
「選手の二名は、ご覧になられている御二方に恥じぬ闘いを!」
舞台の上で向かい合っている二人のうち相手の選手は国王と皇子に対して胸に手を当てて礼をしているが、アキラはじっと見上げているだけだった。
だが、見上げているといっても、その目は国王と王子〝なんか〟を見ていない。
アキラが見ていたのはその後ろ。二人のさらに奥に一瞬だけ見えた人物に対してのみアキラの意識は向けられていた。
(一瞬だけ見えた奥にいたあの女性が王女か? ……いや、王女自体は何人もいるみたいだしあれが目的のやつだとは限らないか。でも……銀色か)
アキラの探している女神の生まれ変わりだが、女神本人は銀色の髪をしていた。
もちろん生まれ変わったのだから同じ髪の色をしているとは限らない。だが、銀色という神は珍しく、それだけでどうしても思い出してしまい、いやがおうにも期待してしまう。
「やあ。僕はダグラス・ダイン。家は伯爵家だけど、ここではそんなことは関係ないから全力で戦おうね」
だがそんな思考は対戦相手の男——ダグラスから声をかけられたことでアキラは意識を目の前の男へと戻した。
しかしながら、この反応からするとどうやらダグラスはアキラが異母兄弟だとは知らないようだ。
だがそもそもからして、ダグラスの父でありアキラの父でもある当主自身もアキラのことなど知らないかもしれないのだから、決しておかしな話でもない。
「はい。よろしくお願いします」
そんなことを考えながら、握手を返したものの、アキラはダグラスの様子に違和感を感じていた。
それは魔法による思考の読み取りではなく、前世によって培われた他者から傷つけられにようにする技術。
(違和感、と言うよりも、もっとはっきりしたものだな。こいつのこれは本性じゃなく、ただの皮だけのもの。となると、中身はそれ相応に貴族〝らしい〟ものか)
手を握るダグラスの姿は見た目だけならば好青年に見える。貴族だと言うのに自分から握手を求めたのも〝らしい〟行動だ。
だがいくら表面上は笑っていても、その瞳の奥は笑っていないし、握手として差し出された手も、アキラが握った瞬間に僅かに引かれた。これはできることならば握手などしたくないという意識の表れだろう。
それ以外にもわざわざ自分の家を宣言していた。その後に全力で戦おうなどといっていたが、そもそも全力で戦って欲しいのであれば、家名や爵位などいう必要はないのだ。
だがそれでも言ったということは、無意識か意識的かは知らないが自慢したい——もっと言えば見下したい気持ちがあるのだろう。
そういった諸々の言動から、アキラはダグラスが見た目通りの好青年ではないのだと認識した。
「それでは——始め!」
握手を終えた二人は距離をとってそれぞれ武器を構えて向かい合った、
そして司会の女性が開始の合図を告げると、それと同時にアキラに向かって炎が飛んでいった。
「魔法か」
「よく避けたじゃないか。ああそうさ。魔法だよ。見るのは初めてじゃないみたいだね」
今の炎は魔法によるものだ。それはエリナの使ったようなマッチの火とは違い、人を焼き殺すだけの力を秘めた魔法だった。
「君は魔法を使うことはできないだろうけど、この大会は武器も道具も、魔法だって使用可能ななんでもありの戦いだ。僕が使ったところで、違反じゃないよ」
それはまるで魔法を使うことができる自分を自慢しているかのようだ。
貴族は魔法を使うことができると言うのは平民であれ誰でも知っていることだ。
一応平民でも使うことができるものはいるが、一般的に今のように人に危機感を持たせるような魔法は使えない。
つまり魔法が使えると言うことは逆説的に貴族であることの証明だと言えた。
厳密に言えば違うのだが、世間ではそう言う認識だった。
「それに、ほら」
ダグラスはそう言いながら更に自慢げに腕を前に突き出して、手首につけていた腕輪を見せびらかすかのようにアキラに向けた。
「知ってるかい? これは最近作られた『聖域』って言う魔法具なんだけど、外部からの攻撃を弾き、中にいるものを癒す結界を張るんだ」
だが、それを見たアキラは内心呆れるしかない。
知っているも何も、それを作ったのはアキラなのだから。むしろダグラスなんかよりよほど〝知っている〟と言える。
「君に勝ち目はないよ。僕だって君みたいな子供を攻撃するのは嫌なんだ。だから、ここまで言えばわかるだろ? 君は賢いみたいだしさ」
だがそんなことを知らないダグラスは自慢げな口調のままアキラに負けを迫る。
しかし……
「……その剣は、まだ戦うつもりかな?」
「ここへは戦いに来てるんです。たとえ負けるんだとしても、つまらないことは言わないでくださいよ」
「……そうか。仕方がないな」
アキラが自分の誘いに乗らずに剣を構えたことで不快になったのだろう。ダグラスは同じように剣を構えて自身に強化の魔法をかけるとアキラに向かって走り出した。
その速度は明らかに常人のだすことのできる速さではなく、ダグラスはあっという間にアキラへと接近し剣を振り下ろした。
だが、そんな勢いに任せた力だけ剣など、アキラにとってはなんの意味もない。スッと足を引くだけで簡単に避けることができてしまった。
「くっ……このっ!」
自分の攻撃を避けられたことでイラついたのか、剣を振り上げるが、それも避けられる。
その後何度も連続で剣を振り回すダグラスだが、一撃たりとてアキラに当たるどころか擦る様子もない。
剣がダメならば魔法で、と炎の玉を放ったり炎の柱で突き上げたりするが、それらも全てやけど一つ負わせることができずに避けられた。
アキラからしてみれば当然だ。
女神の試練という地獄ではかすれば死ぬような状況で戦ってきた。いくら当時とはアキラの状態が変わっていたとしても、ダグラスのようなお粗末な魔法では発動前にコースを読み取ることくらい簡単にできたのだから当たるはずがなかった。
「っ! 王族が見てるんだ。君みたいな子供を相手に手間取るわけにはいかないんだよ。わかったのならサッサと負けてくれないか?」
だが、体ごと押し付けることでアキラに防御することを強いて強引に鍔迫り合いの状態に持って言ったダグラスは、アキラだけに聞こえるよう小さく囁いた。
「君だってわかるだろ? ここで君が勝ったところで誰も喜ばない。むしろ僕に恥をかかせることになるんだから、貴族の恨みを買うことになる。それは君も嫌だろう?」
それは『お前が負けなければ酷い目に遭うぞ』という脅しだ。
「ここでは対等のはずでは? 身分を持ち出しての降伏を促すなんて、マナー違反だと思いますけど」
「ハッ、そんなのは建前さ。僕は大貴族であるダイン伯爵家の者だぞ? そんな僕が、君みたいなガキと対等?」
ダグラスの言葉に対してアキラは無駄だと思いながらも問いかけてみるが、返ってきた言葉は、まあある意味ではアキラの予想通りのものだった。
「優しく話しかけてあげたから勘違いしたみたいだけど──あまり調子に乗るなよ、ゴミ」
「ゴミ、ね……。そう。なるほど。わかっちゃいたけど、やっぱりそういう性格か」
ここまで見下すような性格をしていると、仮面とは言え試合開始前に自分から握手をするとは思い難いが、おそらくはあれは国王が来たことで、実行したアピールなのだろう。
「もう良いかな……」
「なんだい、ようやく終わりにしてくれるのかな?」
アキラの呟きを聞いて、ようやく負けることを認めたとでも思ったのだろう。ダグラスの声はそれまでよりも明るくなり、口元には笑みが浮かび始めた。
だが……
「ああ。こんな馬鹿みたいな見世物、終わりにしてやるよ」
アキラがそう言った瞬間、鍔迫り合いだった状況が終わりを告げた。
「ぐうっ!? なん、だ、この力はっ!」
普通なら体格差の違う上に魔法を使うことのできるダグラスが有利だろう。実際、観客たちは国王も王子も含めてほぼ全員がアキラがこのまま押されて負けだろうと考えていた。
しかし、そんな予想を裏切るようにしてアキラはダグラスの体を押し返し、突き飛ばした。
たたらを踏みながらもなんとか尻餅をつくことは避けられたダグラスだが、アキラとの間に距離ができてしまった。
「終わりにして欲しいみたいだから、全力で吹っ飛ばしてやる」
そうして開いた距離は、アキラがダグラスに向かって走り出したことで再び詰められることとなった。
「なっ! はやっ……ガッ!」
一度離され再び詰められた距離は、だがもう一度離されることとなった。
接近し、ダグラスの懐に潜り込んだアキラは持っていた剣を使うことなく拳を握りしめ、ダグラスへと向かって全力で振り抜いた。
「お前にはあいつの剣を使うのももったいないよ」
そこにはなんらかの武術の型のように、舞台の上で一人、拳を振り切ったままの体勢で呟くアキラの姿があった。
「なっ、なんと言うことでしょう! 追い込まれたあの状況から見事逆転! 体格さをものともすることなくダグラス選手を吹き飛ばしてしまいました!」
アキラの攻撃によって壁まで吹き飛んでいき衝突したが、吹き飛ばされたダグラス本人は何が起きたのかわからないだろう。
アキラが特別に渡したアイリス用の完全版であればともかくとして、市販用にいくらか性能を落としてある聖域には欠点がある。それは使用者の任意でしか発動しないことだ。
つまり、不意をついて発動する間もなく倒せば持っていても意味がないと言う事である。
「場外! 十、九、八──」
場外に出てしまったことで司会の女性がカウントを始めるが、ダグラスが起き上がる様子がない。
いくら強化の魔法はかかっていたとはいえ、トラックに衝突した以上の衝撃が加わればそう簡単に起き上がれるはずもない。
「三、二、一……それまで!」
そして司会の女性が告げていたカウントは終わり、アキラの勝利が決まった。
「終了! 終了です! なんと勝ったのはアキラ選手! その外見からは考えられないほどに卓越した剣技によって、魔法を使うダグラス選手に勝ってしまいました!」
観客たちからすれば途中で押されたように見えたアキラが逆転したことで歓声が上がった。
いくら卓越した剣技があったとしても、魔法が使えるはずの貴族が負けるとは思っていなかったのだろう。
ダグラスの魔法は、アキラからしてみたらともかくとしても、貴族たちからしてみればそれほど悪いものではなかった。
故にダグラスが負けたことに貴族たちは驚き、国王すらも感心したようにアキラのことを見ていた。
だがそんな中で、王子は自身の後ろにいるはずの妹へと振り返り、兄の視線を受けた王女はにこり——にやりと笑った。
「あとは決勝で勝って、それで……」
だが、アキラはそんな二人のやり取りがわからないので観客たちの反応を全てをどうでもいいと歩き出し、もうすでにたった今戦ったばかりの相手のことなど忘れたとでも言うかのように呟きながら、アキラはその場を離れていった。
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