第101話記憶の消去
「コールダー伯爵。あなたが言ったように、封印ではなく記憶を完全にける方法は……あります。それをやればもう思い出すことはないでしょう」
「ほ、本当か!?」
コルドラは、アキラが先ほどまで言い渋っていたのに突然言い出したことに疑問を抱いたが、それでも娘を助けられるのなら、とそんな疑問を無視することにした。
「……はい。コーデリアの記憶を封印ではなく、完全に消去すればいい」
封印などするから今回のように不慮の出来事で思い出してしまうのだ。
だったら、最初から問題となっている記憶を完全に消去して、思い出そうとしても思い出せないようにしてしまえばいい。それがアキラの答えだった。
「待ってください」
だがそこでアーシェから制止の声がかかった。
アーシェは外道魔法を禁じている教会の者だ。こんな目の前で堂々と話をされれば、止めないわけにはいかないのだろう。
そう考えたアキラは、アーシェを眠らせるために魔法を構築していく。
だが、その魔法は使われることはなかった。
「あなたが外道魔法の使い手というのはわかりました。それを無闇に使って誰かを傷つける者ではないことも、わかっているつもりです」
アキラの考えていたように、アーシェはすでにこれまでの話からアキラが外道魔法を使うと言うことはわかっていた。
教会のものとしては他者の心の内を暴いたり死者を操ることのできる外道魔法は認めたくはない。
だが、状況が状況だ。それに、アキラが魔法を使って誰かを傷つけることはしないと、アーシェは短い付き合いだが確信を持っていた。
しかし……
「ですがっ! ……ですが、なぜあなたは今になってその提案をしたのですか? 記憶を消す。それができればもう思い出すことはないでしょう。ですが、それができるのであれば、もっと前に……それこそコーデリアを最初に助けた時に使えば良かったのではありませんか? あなたの様子からして、その当時は使えなかった、というわけでもなさそうですし」
本来はいけないことだが、百歩譲って教会の教えに反することは良いとしよう。
元々教えと言うのは人が幸せに暮らしていくためのものだ。外道魔法が禁じられているのは、その使い方を誤れば人々の幸せを壊してしまうから。
だから使い方を間違えないのであれば、正しい思いのもとに使うのであれば問題ないとアーシェは考えていた。
現に国から認められた外道魔法の使い手は裁判などで被告の心を読んだり、交渉の場で参加者が嘘をついていないかを確認したりするのに使われている。
故に、アキラが外道魔法を使うのは大々的に許可はできないが、アーシェ個人としては構わないと考えていた。
だが、今のアキラは何かを隠している。
コーデリアを救うためのものだと言うのは理解している。
人に害をなす者ではないのだろうと言うのも理解している。
「あなたは、いったい何を隠しているのです?」
だが、隠していることがあるという事実も確かにあるのだ。
それも、なんだか胸騒ぎのような嫌な感覚のする隠し事。
故に、その隠し事の内容がわからない限り、アーシェは認めることができなかった。
「……この方法は、対象の記憶をしっかりと覗かなければならないんです。封印であれば条件を指定してそれを隠すことができますが、それは大まかな指定しかできません。あの時、拐われていた間の記憶全てがなかったのはそれが理由です。大さっぱにしか封印できなかったから拐われる直前の記憶までもがなくなっていた」
嘘偽りなど許さないと真剣な表情で自身のことを見つめてくるアーシェ。
そんな彼女の視線に対抗して眉を寄せながら見つめ返したアキラだが、あきらめる様子のないアーシェに、ここで変に時間を使っても意味がないと判断してため息を吐き出してからアーシェの問いに答えることにした。
「ですが記憶を完全に消すとなると、しっかりとその記憶を術者本人が認識する必要があります。でないと、万が一にでも失敗すれば記憶の全損や人格の破壊などが起こってしまいますから」
アキラがコーデリアを助ける時はろくに準備もできていなかったし、周りに部外者がいた。
それに加え、アキラ自身コーデリアと深く関わりがないのでとりあえず対処しておけば良いだろうと言うくらいにしか思っていなかった。
しかし、そんなアーシェの問いに対する言葉だが、向けられていたのはアーシェではなくコーデリアの父親であるコルドラだった。
「だからこそ、以前はやりませんでした。当時は深く関わるつもりもなく、お嬢様の記憶を全て覗くつもりも、リスクを冒す必要もありませんでした。それに、こう言ってはなんですが、とりあえず処理しておけばいいだろう。それくらいの気持ちでしたから」
その言葉が自分に向けられていることに気づいたコルドラは、アキラの言葉を聞くと目を瞑って唇を噛み締め、熟考ののちに目を開いてアキラを見つめた。
「……娘の記憶を、消してくれ」
「よろしいのですか? 娘の記憶をすべて赤の他人が覗き見ることになります。封印も、できないわけではないんですよ?」
「だがその場合はいつまた同じことがあるのか不安が残るのだろう? ならば、確実な安全をとる。それに、赤の他人ではないさ」
娘の記憶を全て見られると言うことは、娘の裸を見られる事以上に問題だ。
彼女個人の大切な思い出も、恥ずかしい秘密も、家の事情も、全てが煤抜けになってしまうのだから。
貴族としても、個人としても、致命的とも言える問題だ。
しかもそれを娘の許可なく勝手にやろうと言うのだから、娘に嫌われても仕方がない。コルドラはそう考えていた。
「だから、頼む。どうか頼む。娘を、今一度助けてくれ。私に出せるものならなんでも出そう。できることならなんでもしよう。だから、どうか娘を助けてくれ」
だがそれでも。自分が嫌われるなんて、そんなこと程度で娘を助けることができるのなら何も迷うことはない。
それが父親としてのコルドラの想いだった。
それに……もしかしたら他人ではなくなるかもしれないから。
そんなことを娘の想い人に期待して、コルドラはどこか無理したように笑った。
「一つだけ、願いを聞いてください。それを聞いていただければ、俺はコーデリアを助けるために力を使いましょう」
コルドラの言葉を聞いたアキラはそう言うと、アーシェへと視線を送り、またコルドラに視線を戻してから口を開いた。
「コーデリアを助ける代わりに、出頭してください。外道魔法を使った俺の身代わりとし——」
「それで娘が助かるのなら」
当主が外道魔法を使って法に背いたとなれば、家ごと罪に問われとり潰しとなるだろう。
家の繁栄を目指すはずの貴族としては失格なその答え。
コーデリアを助けるにしても、アーシェの動き次第で自分と自分の家族は危険になる。
アキラの今世における大切なものは、『家族』だ。
そんな大切な家族を、危険を犯してまで助ける必要があるのか。
加えて、これからやる方法はアキラ自身あまりやりたくないことだった。
だから問うた。
「すみません……今の話は忘れてください」
だが、そんなアキラの問いは、最後まで言い切る前に答えられてしまい、アキラは目を見張ったがすぐに、ふっと笑って頭を下げた。
家族を大切にするその気持ちを好ましいと感じ、アキラはコーデリアを助けるために〝自分を犠牲にする〟決意をした。
「私にも何か手伝えることはありませんか?」
ならば早速動こうと足に力を込めたところで、アーシェから声がかけられた。
「……アーシェ。自分が何を言ってるかわかってんのか? 見逃すだけとは訳が違うぞ?」
「わかっています。ですが、それでもコーデリアがそんなことになってしまったのは私のせいです。あの時違和感を感じていたのに、にも関わらず私は誰に相談することも詳しく調べることもなく無理やり解除しました。その結果がこれだというのなら、私はその責任を負わなければなりません」
裏切らないとは思うが、それでもアーシェは教会の人間だ。確認の意味を込めて嘘かどうか判断する魔法を使いながらアキラはアーシェに問いかけたのだが、アキラのことをまっすぐに見つめて言われたその言葉に嘘はなかった。
「だけど、教会の者にばれれば俺だけじゃなくてお前の立場も危ういぞ。それがたとえ聖女だったとしてもだ」
「そんなものより!」
だがそれでも、ともう一度念を押すように問うてみたのだが、アーシェはこれまでにない乱暴な動作で立ち上がりながら声を荒げた。
「……私は自分の立場も価値もわかっています。ここで色々やったことが判明すれば、私はもう二度と自由に出歩くことなどできないでしょう。ただのお人形として一生を終えることになるかもしれません。……ですが、そんなことになったとしても、私にとってはコーデリアが笑っていられることの方が大事なのです」
——だって、友達だから
そんな大事な友達を自分が原因で傷つけてしまった。
悲しいし、悔しい。
だが、それを助けることができないどころか自分の存在が邪魔になっている。
そんな悔しげな想いの詰められ呟かれた言葉を聞いて、アキラは軽くため息を吐くと頭を左右に振ってからアーシェへと視線を送って頷いた。
「なら、頼む。手伝ってくれ」
「はい。この程度で償いになるとは思いませんし、これで終わらせるつもりもありません。ですがそれでも、やるべきことは完璧にこなします」
「そうか……伯爵。俺たちはこれからすぐにコーデリアの治療にあたりますが、何かきたら対応をお願いします」
「わかっている。……君には負担をかけるが、娘を頼んだ」
「はい。全力であたらせていただきます」
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