第81話神様の正体

「へ? え? 神様? ……え?」


 アキラのの突然の言葉に、アズリアはただ狼狽えることしかできなかった。

 そしてそれはアズリアだけではなく、他のメンバー全員が同じような状態となっている。


 否。一人だけ例外がいた。


「なにを言っているのですか、あなたは? 十一番目の神? 夢と魂を司る神? そんなものなど、存在しません。いるとしたらそれは邪教の類です」


 ソフィアだ。彼女は勇者を信仰しているが、それは『人々を救う神の使徒』だからであり、その大元である信仰の対象は他の宗教と同じく神に対するものだった。

 彼女は自身の信仰している神が侮辱されたと感じ、後衛であるにもかかわらず前へと出てアキラと対峙した。


「分かってないなあ、あんた」


 だがそんなソフィアの思いなど知ったことかと、アキラは首を振りため息混じりにそう告げた。


「そもそもの話、あんたらは神がなんなのか知ってるのか?」

「当然です。神々はこの世界を管理し我々を見守ってくださっている偉大なる存在。かの方々がおられるから我々『人』は幸福に暮らしていられるのです」


 なにを当たり前のことを、とでもいうかのようにソフィアは自信満々に言い切った。


 だがアキラは、ソフィアのその言葉を聞いても黙ったままなにもいうことはなかった。


 そして何か違和感を感じたのか、アキラは腕を組み、首を傾げて口を開いた。


「……それで?」

「それでもなにも、それが全てです」


 続きはないのか、とアキラが尋ねたが、ソフィアはそれ以上語ることなどないと言い、むしろなぜそのようなことを聞くのかと少し深い気になっている様子が見て取れた。


「ああそう。うん。まあそうだろうとは思ったよ。……けど、だから分かってないって言ってんだよ」


 アキラは一瞬唖然とした表情をした後、「はああぁ」と大きなため息を吐いてからそう言った。


 そんなアキラの様子にソフィアはムッ眉を寄せて表情を歪め、アキラに反論すべく口を開く。


「なにが分かっていないと──」

「なら聞くが、人は肉と血と骨、他にも色々混ざってできているけど、じゃあ神ってのはなにでできてるもんだ?」


 だがそんなソフィアの言葉はアキラによって遮られてしまった。


「それは……神を人の知識で語るなど不敬にも程があります」


 自身の言葉を遮られてしまいさらに険しい表情を作るソフィアだが、神に関することであるからかアキラの問いに言葉を返す。

 だが、それはろくに答えとは言えないようなものでしかなかった。


 アキラは再びため息を吐き出して次の質問をソフィアに投げかける。


「なら次だ。神はどこに住んでるんだ?」

「神々のおられる遠き地です」


 だがまたしても帰って来たのはろくな答えとは言えないようなぼんやりとしたものだった。


「だから、それがどこにあるのかって聞いてんの」

「それは誰にもわかりません。それに、仮に知っていたとしてもあなたのようなものに教えると思っているので──」

「はいはい、じゃあ次ね。神様ってのはどこからどう生まれたんだ?」


 まともな答えが返ってこないだろうな、と思いながらもアキラは次の質問をする。

 その際にソフィアの言葉を遮ることになったが、アキラはそんなことを気にしていない。

 代わりにソフィアは目元をピクピクと痙攣させ怒りを感じているようだ。


「……それは世界を作りし偉大なる創造神から──」

「ならその創造神はどこからどうやって生まれた?」

「……」


 そして、ソフィアはアキラの問いに答えたが、更なるアキラの言葉によって、ついに答えることができなくなってしまった。


 ソフィアの信じている宗教はこの世界を見守る神々と、そんな神々が遣わした勇者という存在を祀るための宗教であり、その聖典には過去の勇者がやって来たことや広めた教えなどは書かれていても、世界の成り立ちや神々がどこに住んでいるのかなどほとんど書いていなかった。

 それ故に、ソフィアはアキラの問いにまともに答えることができない。


 それでもこのまま神を否定し、神の名を騙られていてはいけないと思い、今までの経験や見聞きしたことから必死に答えを出そうと頭を巡らせるソフィア。

 だが、その答えが出る前にアキラが言葉を紡ぐ。


「なあ、神様と人に違いって、なんだ? 肉体はなにでできているかわからない? なら人と同じ物でできているかもしれないじゃないか。どこにいるのかわからない? なら人と同じように暮らしているかもしれないじゃないか。どうやって生まれたのかわからない? なら人と同じように生き物として生まれたかもしれないじゃないか」


 人と神の違いをアキラが問いかけるが、当然ながらその問いにソフィアが答えられるはずがない。そもそも、ソフィアでなくても今のアキラの問いに答えられるものなどいないだろう。神本人でもない限り。


「あんたはこれが全部間違ってるって、俺の言っていることは絶対に間違ってるって言えるのか? その根拠はなんだ? その根拠はどこにある? ほら、答えてみろよ」

「……そ、それは……」


 いつまで立っても答えないソフィアに向かって、アキラは追い詰めるように問いかける。

 だが、それでもソフィアは答えることができない。


「お前は神は人とは違うっていう割に、肝心の信仰対象である神様について、なにもわからないんだな」


 そんなソフィアに向かって、アキラは何度目になるかわからないため息を吐いき、心の底から呆れたと言わんばかりにそう言った。


 目の前にいる『敵』の言葉になに一つとして反論できていないことにソフィアは苛立ちを感じ、ギリッと歯を噛み締めて拳を握りしめる。

 その表情はとてもではないが聖職者とは思えず、まるで悪鬼の類でも見ているかのようだ。


 言われっぱなしではいられないとでも思ったのか、ろくに反論の言葉を用意することが出来ないままソフィアはアキラに食ってかかる。


「ですがっ! 確かに私は神々についてなにも分かっていないかもしれません! ですがそれでもあなたが神でないことは──」


 だが、その言葉は途中で止まってしまった。それはアキラが邪魔をしたわけではない。ソフィアが、自分の意思で止めてしまったのだ。


「どうした。ほら。俺がなんだって? 続きを言ってみろよ」


 そう言ったアキラの姿に歯先ほどまでと何ら変わりはない。


「あ、ああ──」

「なんという膨大な魔力……ありえぬ……」


 だが、その纏う雰囲気はもはや別物であった。

 威圧感さえも感じる程に濃密な魔力は敵意に満ちていたソフィアの心を折り、今まで黙っていたダスティンさえも思わず声に出してしまうほどだった。


 そしてソフィアはアキラから感じるあまりの圧力に、ドサリとその場で崩れ落ちてしまう。

 だがそれも当然と言える。いまだ不完全とは言え、アキラも神としての能力を有している。そのアキラが本気で発した魔力に、単なる『人』でしかないソフィアには耐えられるはずもないのだから。


「なにも知らないあんたらに教えてやろうか。あんた達の信じてる今の神様ってのは、簡単に言えば単なる装置だ」


 アキラは崩れ落ちたソフィアも、自分のことを呆然と見ている他の勇者一行も気にすることなく、アズリアに視線を向けると、そんなことを話し始めた。


「そう、ち……?」


 突然言われた訳がわからない言葉に、ソフィアは呆然と返す。

 そんなソフィアの言葉にアキラは頷いて言葉を続ける。だがその視線はソフィアではなくアズリアに向けられたままだった。


「そう。昔々のあるすごい奴が神様なんて呼ばれて、そいつが死んだ後も世界を守ってくれる存在を作った。そいつらは来る日も来る日も世界の管理を行い、自分たちのようにただ維持するだけではなく、いつか本当の意味で世界を守ってくれる存在を待っているんだよ」


 これはアキラが神になってから頭の中に流れ込んできた情報だ。


 アキラの言ったように、遥か昔、人々の平和を願っていた者がいて、その者はどうにかしてみんなに幸福でいて欲しいと願った。

 本来であればその者は神として生命の輪から外れて見守っていくつもりだったが、その者は目的を叶える途中で人として生きて人として死にたいと願った。

 個人としての幸せと、全体の幸せを秤にかけ、自分の幸せをとったのだ。

 だがそれでも当初の目的を完全に忘れる事ができず、自分の他に人々を幸せにしてくれる誰かを求めた。そしてその者はあるシステムを作った。

 人工の魂に役割を与え、壊れないように一定周期に自動で自身を新しく作り直し、『真なる神』となって人々を助けてくれる者が現れるまでの代理の守護者兼世界の管理者。それは正しく『|人造生命体(ホムンクルス)』と呼べる存在だった。


 遥か昔の誰かの願った自分勝手な独善の果てに生まれた存在。それが現在『神』と呼ばれているものの正体だ。


「その候補が『勇者』であり、俺みたいな奴だ」


 そしてその『神』の求めている、いや、過去の誰かが求めた人々を救ってくれる『真なる神』の候補がアズリアのような神の力のかけらを貸し出され適応した勇者であり、アキラのように神の試練を乗り越えた異世界から生まれ変わった者だった。


「……そ、その話が……その話が本当である保証はどこにもないではありませんか」

「まあ確かに。だから否定したいならすればいい。──できるのならな」


 ソフィアは言葉を重ねアキラの言葉を否定するが、目の前に立ちはだかるアキラから放たれる力は否定する事ができない。


「……ねえ」

「ん? なんだ?」

「ならあなたは元々は勇者だったの? 今、その神様の候補が勇者だって言ったわよね? あなたは神様になったんでしょ? だったら元々は勇者だったんじゃ……」

「言ったけど、俺は勇者じゃないし、勇者だったこともない」


 だが仲間たちがまともに動けないでいる中で、アズリアはアキラへと普段通りの態度で質問をする。

 その堂々とした姿に、今までアズリアのことを見下していた勇者一行の仲間たち。セリス、チャールズ、ダスティンは驚きに目を見張る。

 そしてそれはソフィアだって同じだった。彼女はアズリアのことを見下してはいなかったが、それでもこれほどの力を感じるなかでまともに動けるとは思っていなかった。


 そんな勇者一行を一瞥したアキラはアズリアに自分について説明する。


「俺は一度死んだんだ。死んで生まれ変わる時にこの世界の神に出会って、ふざけた試練を受けさせられた。一応受けると決めたのは俺自身なんだけど、不備がありすぎの……まあふざけたやつだったよ」


 女神から課せられた、脱出することも女神に連絡を取ることもできないという不備のあった試練を思い出し、アキラは肩を竦めながら苦笑する。


 確かに試練を受けると言ったの自分だが、それでもあの不備は酷かった問いまでも思うアキラ。


「で、その地獄みたいな試練を最後までクリアして神に認められたのが俺だ。さっきも言ったけど、俺の神としての能力は魂と夢……まあ精神に関することと思ってくれれば構わない」

「そ、それですっ! それはおかしいではありませんかっ!」


 アキラはもう必要ないかなと思って放出していた魔力を収めながらそう説明していたのだが、そのせいかソフィアが再び大声で食ってかかった。


「なにがおかしいって?」


 そんなソフィアに、アキラはため息を吐きながら問う。


「魂は『月の女神』様のお力のはずです! だからっ! それを語っているあなたは神ではありえませんっ!!」


 確かに『月』の力の象徴は夜と再生と死。その中で死は魂を表している。すでにその力を象徴とする神がいるというのに魂を司る神とはおかしいではないか。ソフィアはそう言っているのだ。


「どうなの?」

「魂って言っても色々あるんだけどな……まあいい。無駄だけど最後まで説明しようか。」


 ソフィアの否定ありきの言葉とは違って純粋な疑問として問いかけたアズリアの言葉に、アキラはため息を吐きながら答える。


「『月』が司る魂ってのは、基本的に死者を指している。対して、俺の言う魂ってのは生き物を──正確にはまだあの世に行っていない魂を指している」


 生き物というと『太陽』の両分に入るのだが、あれは生き物が生まれることに対して象徴であり、生まれたあとは厳密には『太陽の神』の管轄外だったりする。その辺りは神ならぬ身である人にはわかっていないが。


「う、うそです……。みとめません。私はぜったいに……」

「認めてくれなくて結構。どうせお前は、お前達は今の話を全部忘れるんだから」


 それでも頑なに認めようとしないソフィアだが、そんなソフィアにアキラは魔法をかけて眠らせた。そしてその後は残るメンバーたちにも同じように魔法をかけて眠らせていった。


「……私だけ残したわけは?」


 最後にその場に残ったのは、魔法をかけた本人であるアキラと、アズリアだけだった。


「元々お前は残すつもりだったさ」

「どうして?」

「お前は勇者だった。可能性はほぼないだろうけど、この話を聞いていつか役に立つときがくるかもしれない。だからだ」


 そう言いながらアキラはアズリアから視線をそらしてそっぽを向いた。


「まあ、さっきの自分勝手な押し付けの、その罪滅ぼしの一環として受け取ってくれ」


 勇者であればいつかはアキラのように『神』としての力を得るかもしれないし、神様関連の何かに巻き込まれるかもしれない。

 そうなった時に、何も情報のない状態ではまともな判断をすることもできない。


 アズリアは神として目覚める可能性は限りなく低い。伊達に今まで何千年も神となったものがいないわけではないのだ。だが、それでも可能性は無いわけではない。

 故にアキラはアズリアに伝えた。何かあった時に後悔しない選択ができるように、と願って。


「……ふふっ、そう。なら、うん。いいわ。許してあげる」


 アズリアはそんなふうに恥ずかしげにしているアキラを見てパチパチと目を瞬かせた後、昨日まで見たものとはどこか違う笑みを浮かべて笑った。


「仲直りの握手よ」


 そう言いながら手を伸ばしたアズリアに対して、アキラは恥ずかしさから眉を寄せて顔をしかめながらも差し出されたその手を握った。

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