第64話外道魔法使いの喜び

「ルークはどうですか?」

「ああ、ぐっすり寝ておるよ」

「そうですか」


 泣き疲れたのか、あの後ルークはすっかり眠ってしまい、今はゼルベンが部屋に運んだところだった。


「……のう。さっきほどのアレは、魔法か?」


 コトリ、と居間に置いてあるテーブルにについたアキラの前にお茶を出してから、ゼルベンはアキラの対面に座りそう聞いた。


「ええ。俺は魔法使いですから」


 その質問が来ることはあらかじめ分かっていたのか、アキラは迷うことなく言い切る。


「そうか。あの魔法は普通ではないように思ったのだが、どうなのだ?」

「……ええ。外道魔法と呼ばれる、他者の魂に干渉する魔法です」

「魂に……。それが先ほどのやつか……」


 外道魔法によって出た被害というのは歴史上いくつもある。死者を操りアンデットの大群で人を襲ったり、洗脳して国を堕落させたりという話は、田舎であっても知っている程に有名だった。

 そんな魔法をアキラが使えるとなると、いい感情はないだろう。いや、『だろう』ではなく、確実に

 ない。むしろ嫌悪感さえあるはずだった。


 故に、アキラはこの場所から追い出されるだろうと思っていた。

 アキラ自身は悪用しようと思ってはいないが、そんなことは他人にはわからないのだから。

 騒ぎの原因を抱えるよりも、放り出してしまった方がいいに決まっている。


 そして、アキラはそれを受け入れていた。自分が魔法を使えば追い出されるであろう、と。

 だがアキラはそれでもいいと思っていた。出ていくときに、自身について話せないように多少の魔法はかけさせてもらうが、記憶を消したり、洗脳したりというのは考えていない。

 それが、魔法を使えることを知らなかったとはいえ、自身のことを歓迎してくれたことに対する感謝であり、誠意だと思ったから。


 だが、ゼルベンから発せられた言葉はアキラの予想とは違っていた。


「アキラよ。お主に聞きたいことがある」

「……なんでしょう?」


 聞きたいことがあるというゼルベンの言葉に、若干訝しげにしながら答えるアキラ。


「お前さんは死者を自由に呼び出すことができるのか?」

「……いいえ。自由にではありません。特に強い心残りがあり、なおかつ死んでから一年以内であればという条件があります。それだって確実に呼び出せるというわけではありません」

「一年……」


 アキラの言葉を聞いてゼルベンは何かを考えるようにして眉を寄せる。


「ならば……!」


 何か言いたいことがあったのか、ゼルベンは勢い良く椅子から立ち上がり身を乗り出した。


 だがゼルベンの言葉がそれ以上続くことはなく、彼は拳をぐっと握り、何かを堪えるようにきつく目を閉じた。


「……いや、いい。忘れてくれ……」


 ゼルベンはそう言うと、体から力を抜き、ゆっくりと再び椅子に座った。


 そして、それまでのどこか思い詰めたような表情を消すと、今度はいつものように笑った。

 だが、その笑顔は無理をしているものだと、付き合いの短いアキラでも分かるほどだった。


「……あの、一つこちらからもお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「む……ああ、なんだ?」

「外道魔法については知っていたのでしょう? ならばなんで俺のことを追い出したりしないんです? アンデッドを操ったり、人を操ったりする禁忌の力ですよ?」

「ふっ、本当にそんなことをするような者はわざわざ聞いた入りはせぬよ。それにお前さんは魔法が知られた場合は追い出されると分かっていてなお、孫のために魔法を使ってくれたのだろう? ありがとうよ」


 アキラの返事を聞く前にゼルベンは立ち上がり、家の外へと出て行った。



 __________


 アキラを置いて家を出たゼルベンは、一人村の中を歩いていた。

 その歩みはどこか目的地があるようで、ブレる事なくしっかりとしている。


 そうして彼が辿り着いたのは村の端。壁に囲われた村の中でもさらに柵に囲われた場所だった。

 そこにつけられていた簡易扉を開けて柵の中に入っていくゼルベン。


 柵の中は、幾つもの石が立ち並び、そのすべてに何か文字が彫られている。

 それらの文字はよく見ると人命で、まるで墓石のようだった。

 いや、ようだった、ではなく、事実置かれている石は墓石で、ここは墓地だった。


「……分かっている。今更会ったところで、何も言えることなどないと。言ったところで、そんなものは単なる自己満足でしかないのだと」


 誰に言うでもない、一人呟かれた言葉。後悔が詰め込まれたように重い言葉。だがそれはどこにも届く事なく虚しく空へと消えていく。


「……だが、もし、また会えるのであれば……」


 それでもゼルベンは気にする事なく先ほどまでよりも重くなった足取りで、だが一歩、また一歩とその足を止めることなく進んでいく。


「ワシは許してもらえるのだろうか……」


 そして一つの墓石の前で止まると、悲しげに顔を歪めてその墓石に向かって緩慢な動きで手を伸ばす。


「……いや、そのような事、あるはずがない。……あってはならないのだ」


 だが、伸ばしたその手は墓石にふれる事なく止まる。


 ゼルベンは、伸ばされた自身の手を見つめると、今度は伸ばした手の先にある墓石に視線を向け、何かに怯むようにザッと音を立てて後退りしてしまった。


 そして、伸ばされ、だが何も触れることのなかった手は、今度はゼルベンの顔を覆う。

 自身の顔を手で覆い隠すようにしながらゼルベンは口を開いた。


「あの子たちを殺したのは……ワシなのだから」


 誰にも届くことのないその言葉は、まるで、自身に言い聞かせているようだった。


 __________



「フッ! フッ! フッ!」


 翌朝。アキラが目を覚ますと、普段よりも早い時間であるにもかかわらず外から声が聞こえた。

 アキラが気になって外を見ると、家の裏ではルークが素振りをしている。


 それを見たアキラは、手早く着替えると部屋を出てルークの元へと向かった。


「ルーク。もう起きてるのか」


 ルークはアキラの声に気がつくと一瞬だけびくっとしたものの、すぐに振り返って元気よく挨拶をした。


「あっ! おはようございます!」

「ああ、おはよう」


 どうやら昨日のことは引きずっていないようで、ルークの笑顔には一片の曇りもない。


「ああ……あー、その……」

「昨日はありがとうございました!」


 ゼルベンはここにいてもいいと感をしていたが、それでもルークまでもがそう言うとは限らない。

 故に、アキラは自身のことをどう思っているかを聞こうと思ったのだが、いかに覚悟を決めていたとしても、実際に嫌われたいかというと話は別だ。それはいかにアキラといえど変わらない。


 アキラがなかなか聞けずにいると、ルークはそんなアキラに向かって頭をさげ礼を言った。


「……お前は怖くないのか? 外道魔法を使う魔法使いの話は知ってるだろ?」


 自身に頭を下げて礼を言ったルークの姿を見て、躊躇いながらもアキラは口を開いて問いかける。


「はい。でも、それはお話であって師匠の事じゃないですよね?」


 だが、アキラの質問に対して何を言っているんだとばかりにルークは首をかしげる。

 何かの打算があるわけでもなく、ただ純粋にそう思っての言葉に、アキラは呆気に取られてしまった。

 そして──


「……ハッ。……ハハッ。ああそうか。うん。やっぱり俺は間違ってなかったな」

「師匠?」


 ルークの言葉が、態度が、本当に自身のことを受け入れてくれるんだと理解したアキラは、自然と笑い出してしまった。


 昨日、ルークはアキラの魔法によって両親を亡くし、立ち直ろうとしていたところで愛猫が死んでしまった事で折れてしまいそうだった心救われていたが、アキラもまた、ルークに、そしてゼルベンに救われていた。


 いくら他人を信じようと思っても、身内と身内の関係者以外を本当に信じていいのかとどこかで疑っていたアキラの心は、まったくの無関係だったにもかかわらず受け入れてくれたルークたちによって確かに救われていたのだ。


 アキラがなぜ笑っているのかのかわからないルークは不思議そうにしているが、アキラはそんなことを気にしない。


「ああなんでもない。なんでもないが……ありがとうな」


 アキラに礼を言われてもなんのことだかわかっていないルークだが、アキラに答える気がないと分かると、まあいいか、と気にしないことにした。


「それで、今日も稽古をつけてくれるんですか?」

「ん? ああ、他にやることもないしな」


(そういえば、今日の確認はまだしてなかったな)


 アキラは日課として定期的に魔境と呼ばれる森の中に誰か人間がいないかを調べていたのだが、毎朝やっていたそれを今朝はやっていなかった。

 なので、若干期待していで森の中を探ってみたのだが……


「──っ!」


 森の中には数人の反応があった。

 ダメ元で行った探知に人間が引っかかり、思わずその方向を振り向いてしまったアキラ。


(反応があった!? 昨日まではなかったはず。って事は今日来たのか。これが勇者ならいいんだが……まあ調べてみよう)


 そうしてアキラは感知した人物たちの表層意識を読み取り、会話を盗聴することにした。

 アキラは基本的に魔法は使わないようにしているが、それでも優先順位というものがあった。そもそもここには女神の生まれ変わりの可能性がある勇者を探しにきたのだから。


 盗み聞くことに多少は悪いなと思いつつも、アキラは魔法を使う。


『あんまり魔物がいないわね』

『魔境と言ってもここはまだ入り口付近ですし、この辺でしたら冒険者も来ますからね』

『だね。まあうちらとしてはそんなに奥に行こうとはしないから、どうしても浅いところは獲物の取り合いになるんだよ』

『ではやはり奥に行くほど敵が多くなると思っていいのでしょうか?』

『そうじゃの。もっと言うのなら多く、そして強く、であろうがな』


 森に入ってきた集団は女三人、男二人の計五人だった。

 アキラが情報を掴み、森を監視し始めてから、今まで森の中に入ってきた者はいなかったので、彼らが勇者である可能性は十分にある。だが、それでも確証はないため、どこかで確証を得られれば、と思いながらアキラは盗聴を続けていく。


『そうなの。じゃあ気をつけないとね』

『ああ。今まで色々とやってきたが、魔境の探索は初めてだからな。気をぬかないようにしよう』

『ええ、わかってるわ。これも勇者としても役割だもの。しっかりとこなしてみせるわ』


 アキラが魔法によって確認した集団ではそんな会話が行われていた。


(当たりだな。本人が勇者って言ってんだから間違い無いだろう。流石にこんなところにまで来て勇者を騙る馬鹿がいるはずもないし)


「──行くか」

「? 師匠、どこか行くの?」


 アキラが呟きながら視線を森から戻すと、ルークが不思議そうにアキラのことを見ている。


「……ルーク。悪いがやることが出来て稽古をつけることが出来なくなった」

「え?」

「俺はここに来た目的を果たしに行く。訓練、頑張れよ」


 そう言ったアキラは視線をルークから逸らし、ゼルベンにも挨拶するために歩き出した。

 が、そんなアキラの前にルークが立ち塞がった。


「ま、待ってよ! なんでっ。どこに行くのっ!?」

「前にも言っただろ。俺はここに勇者を探しに来たって。今、森の中に勇者らしき奴らが来た。俺はそこに行く」

「で、でも、こんないきなりだなんてっ!」


 立ち直ったとはいえ、ルークはアキラに懐いていた。そんな人物が、いきなり、まともに別れをする事もできずに居なくなってしまうと言うのは嫌だと思ったルークはアキラに向かって声をあらげる。


「それは仕方がないだろ。気づいた時に動かなきゃいなくなるかもしれないんだから。……勇者にあったとしても、俺はここに戻ってくるんだ。その時はまた稽古をつけてやるよ」


 自分に懐いてくれたことが嬉しくて、でも勇者に会いに行くことをやめるつもりもなくて、アキラは微妙な顔になってしまったが、それでもルークの頭に手を置いて安心させるように告げた。


「……ほんとに?」

「ああ」

「分かった。約束だよ」


 アキラの目を見て、言葉を聞いて、納得することが出来たのか、ルークは若干俯きながらもそう言った。


(さて、じゃあ後はゼルベンさんに挨拶して……)


 アキラがそう考えていると、二人の背後からザッという音が聞こえ、アキラが振り向くと、そこには今まさに探しに行こうと思っていたゼルベンがいた。


「ああ、ゼルベンさん。今ちょうど探しに行こうかと思ってたんですよ」

「分かっておるよ。──行くのだろう?」

「ええ」

「ワシに止める権利などありはせんが、一つだけ言わせてもらいたい」


 ゼルベンはそこで一旦言葉を区切ると、じっとアキラのことを見つめてから口を開く。


「──ワシらは、どんな時でも、お前さんを受け入れるぞ」


 それはアキラが魔法を使える事に対して気にしないという意図の発言だが、同時に、危険な森に入ったとしてもしっかりと生きて帰ってくると信じているということでもあった。更に言うのなら、魔法の件に限らず、言葉通りどんな時であろうと、必ず味方でいると言う意味だった。


「──ありがとう、ございます。いつ頃かは分かりませんが、必ず戻ってきます」

「うむ。その時は歓迎しよう」


 そうしてアキラはルークとゼルベン。二人との挨拶を終えると森の中に入っていく。この森にやってきた勇者が、女神の生まれ変わりである事を願って。

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