第63話笑顔の別れ
それから一週間。アキラはルークを鍛え続けた。
「セヤアア!」
「まだ甘い! 剣だけに頼るな!」
魔物と戦う以外に対人戦なども鍛えているが、その成長はかなり早い。
アキラがかけた魔法のおかげではあるが、ルークの動きは格段に良くなっていた。というよりも、もはや別物であった。
もちろんこの一週間ただ訓練に付き合っていただけではない。本来の目的であるはずの女神探し──勇者探しは続けている。だが、闇雲に森の中に入ったところで見つかる確率はかなり低い。アキラには魂を感知することで生物の位置を把握するという技があるが、それだってその調べることのできる範囲は無限に広がっているというわけではない。
なのでアキラは定期的に自身のできる最大範囲での探知を続けていたが、今日に至るまで一度も村の人間以外の人間の反応を感知していなかった。
「脚でも良いし、道具でも良い。とにかく勝つために使えるものは全部つかえ!」
「タアアア!」
アキラの言葉に応えるかのように剣を振り下ろし斬りかかる。と見せかけて脚で蹴りを放つ。
だが、その奇襲のような蹴りは、アキラに届くことはなかった。
「フッ!」
アキラはその放たれた蹴りを掴み、ルークの軸足を払うことで対処する。
「グウッ!」
そうなって仕舞えば、あとは地面に叩きつけられるだけとなり、ルークは呻き声を上げることになった。
結局、ルークは今までアキラに一撃も当てることはできていないが、それでも並の子供よりも圧倒的に強くなっている。もっといってしまえば、大人であっても今のルークは厳しい相手となっていた。
「ハァハァ……」
「まだまだだけど、俺と会った時よりは良くなったよ。後は視野を広くするだけだな。まあこれはある程度実力がついて戦いに慣れてからだけどな」
そう言って倒れたままのルークの側により、腰を下ろすアキラ。
ガサガサ
そのまましばらく無言の時間が流れたが、突如近くにあった茂みから音が聞こえた。
それの正体をアキラは分かっていたが、ルークには分からなかったようで即座に体を起こすと茂みの方を振り返って叫んだ。
「っ! ミーちゃん!?」
だが、ルークは誰かの名前らしきものを叫ぶが、違う。茂みの中から出てきたのはゼルベンだった。
「ゼルベンさん。どうも」
「……うむ。良くやっているようだな」
予め近づいてきていたのが分かっていたアキラはゼルベンにそう挨拶するが、ゼルベンは浮かない表情をしている。
それが恐らくは先ほどのルークの言葉が原因であろうととはなんとなくであったが、アキラは察することが出来ていた。
「……ミーちゃんってのは?」
聞かざるべきかと迷ったが、結局アキラは聞くことにした。
「……うちにいた猫だよ。一ヶ月くらい前に居なくなっちゃったんだ」
(猫か。でも居なくなったって言っても、この村は壁で囲われてる。逃げるにしても、村中を探せば見つかると思うんだが……)
村は外敵を防ぐため壁で囲われている。門から外に出てしまったのなら見つからないだろうが、その場合は門番が教えてくれるだろうと、アキラは思った。
「探さなかったのか?」
「ううん。探した。……でも、見つからなかったんだ」
それはおかしい。ならば門番も知らないうちに外に出てしまったのではないかと思ってアキラはゼルベンを見るが、彼はなにかを知っているように悲しげに首を振る。
「前に居なくなった時は一ヶ月してから戻ってきたんだ。なのに今回はもう一ヶ月経ったのに戻ってこないんだ。……ねえ、ミーちゃんはどこに行ったのかな? なんで帰ってこないのかな? お腹は空いてないかな? 寒くないかな? 怪我とかしたりしてないかな?」
アキラ達がなにも話さないでいると、ルークはいなくなったという猫の事を心配し始めた。
「……もしかして、僕のことが嫌いになっちゃったの? 前にミーちゃんがゲエゲエするようになっちゃって僕の服の上に食べたのを吐いちゃったんだ。それでもまだ食べようとしたから、僕怒ったの。もう食べなくて良いのって。そのときに叩いちゃったから嫌われちゃったのかな? 怒ったから帰ってこないのかな?」
それを聞くアキラとゼルベンは何も言えない。その猫が、どうなったのかを察してしまっているから。
「また帰ってくるよね? 僕ちゃんと謝りたいんだ。あの時はごめんねって。それで謝って、また一緒に遊んであげたいの。だって、ミーちゃんは家族だから。……でも、まだ帰ってこないんだ」
そうして呟くルークの姿は、無関係であるはずのアキラから見ていても痛々しいものだった。
「ルーク。お前もわかっているのだろう。あの子はもう歳だった。──死んだのだよ」
そんなルークを諭すようにゼルベンが語りかけるが、ルークは納得できなかった。……いや、納得など、したくはなかった。
「嘘だ! そんなの嘘! おじいちゃんの嘘つき! そんなの嘘だ! いやだ! だって……だって、僕はまだミーちゃんに謝ってないんだよ? 叩いてごめんねって言って、それから、また……。だって、じゃないと……」
悲痛な嘆き。この世界では大切な誰かが死ぬというのはよくある事だ。ありふれていると言ってもいい。
「やだよ……」
だが、親を亡くしたばかりのルークは、更に家族が死んだ事を認めたくなかった。認めてしまえば、いつか自分は一人になってしまうような気がしたから。
そしてその思いは間違いではない。ゼルベンだって、もういつ死んでもおかしくない歳なのだから。
その場に静寂が訪れ、誰も、何も話さない。
だが、アキラは何を思ったのか、目を閉じて魔力を放出し始めた。
そして──
「──この声が聞こえたら、君は来てくれるだろうか」
「アキラ? なにを……」
アキラは、今まで隠していたはずの魔法を使い始めた。
一度使えば、当然ながらアキラが魔法を使えるということはバレてしまう。それでは今まで隠してきた意味がなくなる。
だが、アキラはそれでも構わないと思った。
「──この想いが届いたら、君は来てくれるだろうか」
アキラの体から溢れる不思議な光。魔法を見たことがないゼルベンとルークはそんなアキラの姿を茫然とながめているだけだ。
「──もう一度、たった一度だけで良いから君に会いたい。君の笑顔を見せてくれ。それが私の唯一の願い」
魔法が完成したのか、アキラはルークの方を向く。しかし、その魔法はなんの効果も現さない。
だが、そんな事は気にせずに、アキラはルークに語りかけた。
「ルーク。ミーちゃんにもう一度会いたいのなら、ここに向かって名前を呼べ」
「……そうすれば、戻ってきてくれるの?」
そんなルークの言葉に、アキラは返事をすることも頷くこともせずに、ただルークを見ている。
そのアキラの態度に違和感を感じたルークだが、それでも、と、また会えるなら、と両手を握りしめながら口を開いた。
「ミーちゃん。会いたいよ。戻ってきてよ。……また一緒に遊んでよ。お願いだから……ミーちゃん」
「──<一時の再会>」
ルークの呼びかけに応えるようにアキラの作った魔法陣が輝くと、アキラは魔法を完成させた。
「ミーちゃん!」
すると、今まで魔法陣が描かれていた場所には、一匹の猫の姿があった。
「おかえり! 帰ってきてくれたんだね! やっぱり死んでなんてなかったんだ!」
その姿を認めると、ルークは飛びかかるようにして抱きついた。
「え? どうして?」
だが、ルークはその猫に触ることができずに地面にぶつかってしまった。
「それは幻だ。今使ったのは思い残したことがあってまだこの世界に留まってる魂を一時的に呼び出してるだけで、その子に体は既に死んでる」
「え……? でもここに居るよ? 触れないけど、ここに、居るんだよ」
アキラが魔法について説明するがルークはそんなアキラの言葉を否定する。震える声で紡がれるその言葉は、そうであって欲しいというルークの願いだった。
「ミーちゃん! 僕ね、君に謝らないといけないことがあるんだ。あの時はごめんね。服なんて洗えば良いのに、叩いちゃって。痛かったでしょ? あれのせいでいなくなっちゃたんでしょ? ごめんなさい。もう怒ってないから。ちゃんと謝るから。だから……だから、戻ってきてよ。また、一緒に遊ぼうよ。……お願いだから。……ねえ」
居なくなって欲しくない。戻ってきて欲しい。ルークはそう願い、涙を流しながら縋る。
だが──
『みぃやああぁぁぁ』
アキラの魔法によって一時的に呼び出されただけであるミーちゃんは、一声だけ鳴くと徐々にその姿を薄れさせていく。
「……やだ。……やだよ。ねえ! まって! やだよ。いかないでよ! ごめんね! ごめんね! 謝るから! だから、また一緒に暮らそうよ! いかないで! いか、ないでよ……」
また会えたのにもう一度別れることになる。そんなのは嫌だと取り乱すルークだが、結果は変わらない。時間が経つごとにその姿は薄くなっていく。
「……ルーク。今の魔法はな、呼び出しされたやつに心残りがなくなると、勝手に消えるんだ。つまり、あの子には、もう思い残すことはなくなったからいなくなったんだ」
「でも……でも……」
「あの子は最後にお前に会いたかったから今までこの世界に残っていたんだ。だからお前に会えて満足したんだ。最後は笑ってやれ。泣いてるよりもそっちの方がよっぽど良い」
そうアキラに言われて、ルークは今の自分に出来る精一杯の笑顔を浮かべる。その姿に満足したのか、ミーちゃんは最後にもう一度鳴くと、その姿を消した。
「……ねえ、あの子は、幸せだったのかな? 僕の家にいて、楽しかったのかな?」
「ああ。じゃないとお前に会うために死んでもこの世界に残っていたりなんてしない」
本来死んだら即座に輪廻の輪に送られる。だが、何かしらの心残りがある場合はその限りではない。
心残りのある死者は、輪廻の輪に加わらず、魂だけの存在としてこの世界にとどまる。
それでも最大で一年しか自我を残していることはできない。それ以上はアンデッドとして変質してしまうから。
「……そっか……。じゃあ笑っていないと、だよね……」
「ああ」
呼び出していた光が完全に消え、何もなくなったその場所を茫然と眺めているルーク。
「……でも。でもさ……やっぱり無理だよ……」
魔法の発動した場所──ついさっきまで自身の愛猫のいた場所を眺めてしばらくしてから、ルークは不意に口を開いた。
「終わったら、その時は笑うから。ちゃんと笑うから。……だから、今だけは……」
ルークはまだ完全にないていないものの、その瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ち、ついには──
「うわああああああん!」
大事な家族との別れを惜しむ少年の嘆きが響き渡った。
____________
ああ、よかった。さいごに会うことができて。
知ってるよ。あなたが私を嫌っていなかったことなんて。
怒ってなんてないよ。だから泣かないで。私はあなたに会えて幸せだったんだから。
みちで倒れてたわたしを助けてくれて、おいしいごはんをくれて、いっしょにあそんでいっしょに寝てくれた。
とっても楽しかった。あなたが笑ってるだけでわたしは幸せだったの。
あなたはさいごに笑ってくれた。それだけでわたしにはじゅうぶん。
でも、こうしてさいごに会えてじゅうぶんだったはずなのに、どうしてかな。まだなっとくできないわたしがいるの。
ああ、そうだ。わたしはあなたともっと一緒に居たかったんだ。
だってわたしは、あなたが大好きだったから。
だから、次があったらその時は、またいっしょにいてくれるといいな。
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