第51話クラリスの仲間
「おしゃべりは終わりだ。お前の実力とやらを見せてもらうぞ」
酔ったザックが壁際にあった剣を持ち、アキラに向かって突きつけながら言う。だが、たしかにザックは酔っているが、その目は真剣そのものであった。それだけ彼が想いというのものが強いのだろう。
「ええ。ではこれで俺が勝ったら信じて貰えるんですよね?」
アキラも同じように壁際にあった剣を持ちザックに向き合う。
「勿論だ。そん時は土下座でもなんでもしてやるよ」
ザックはそう言いながらもアキラでは勝てないと思っているようで「勝てたら、だがな」と肩をすくめている。
「土下座はいりませんよ。ただ認めてくれればそれでいいです」
そんなザックに臆すことなくアキラは剣を構えた。
そしてそれに応えるようにザックもまた、剣を構える。
「一応俺が審判を務める。やるのは開始と終了の合図だけだが、俺が止めたらすぐに動きを止めろ。いいな」
訓練用の剣とは言っても当たりどころが悪ければ危険だ。そして今のザックは酔っている。もしかしたらがあるかもしれないと思ったケインは自分から審判を買って出た。
「ああ」
「わかりました」
二人が返事をすると、ケインは溜息を吐きながらも目を真剣なものに変えて二人を、特にアキラの事を見た。そして全員が見守る中でケインによって開始が宣言された。
「はじめ!」
「うおおおお!」
そうして始まった試合。ザックは雄叫びをあげながら若干ふらつく足取りでアキラに斬りかかるために走り出した。
それに対してアキラはというと、その場から動く事なく剣を構えたままだ。
臆したのかとクラリス以外の誰もが思ったが、それは違った。これはアキラのいつもの策だ。
ある程度ザックが近づいたところで、アキラは持っていた剣をゆっくりと、よっているザックでも認識できるようにして頭上へと放り投げた。
ついその剣を顔を見上げて追ってしまったザック。
そして小さな身長を生かしてその懐に入ったアキラ。
「あ…」
それは誰が言った事だったのか。
次の瞬間、ザックは走った勢いのままに投げられる事になった。
その時酔っているザックを慮ってアキラは丁寧に投げ、それはむしろ投げるというよりも転ばせるというものだった。
ドスン。カランカラン。
ザックが倒れる音とその手にあった模擬剣が落ちる音が響く。
「……っ!それまで!」
それからハッとしたようにケインが終了を宣言した。
「大丈夫ですか?」
アキラは終了の宣言を聴くと自分が投げたザックに向かって手を差し出す。一応見下ろす形にはなっているが、座り込んでいるザックとそれほど視線の高さが変わらないアキラでは意味があるのかわからないが。
それを見てザックはそれまでの怒りではなく別の怒りによって支配された。そしてアキラの手を振り払いながら立ち上がる。
「ふ、ふざけんな!今のは無しだ!今のは俺が油断してただけだ!」
その怒りの原因は『恥』である。年下。それもアキラのように成人していない子供のような見た目の者に容易く負けてしまう自分に対してのもの。
「俺がまともに戦えばお前なんて!…そうだ!俺は今酒を飲んでたからだ!それさえなければ──」
いくら酔っているとはいえ、ザックの相手をするのがアキラは既に面倒になってきていた。
どうしようかと思ってケインの方を見ようとした瞬間。
バシャッ!
怒りをあらわにしていたザックに何処からともなく水が浴びせられた。
パコンッ!
それに続いて何かがザックの頭に投げられて見事に命中し、ザックは再び座り込むことになった。
「これで落ち着いたかしら?」
どうやらスゥが水をかけたようだ。
だが、水なんてどこから?と思いアキラが周りを見回すと、訓練場の隅の方に水場があった。
訓練場をまともに利用したことがないアキラは知らなかったことだが、どの冒険者組合でも大抵はここと同じように水場が用意されている。それは怪我をした場合の手当てや訓練後の使用などの目的もあるが、それ以上に緊急時の避難場所が冒険者組合に設定されていたからだ。
スゥはその水場から水を持ってきてザックにかけたのだった。
「負けたのはあなたの責任でしょう?酔ってたから負けた?バカなこと言わないでよ。酔っていても平気だって言って挑んだ挙句負けたのは誰?年下に負けたからって駄々をこねるのは辞めなさい。みっともない」
「……。…ああ。そうだな……」
普通は酔って怒っている者にそれだけ言えば喧嘩に発展しそうなものだが、ザックもそれほどひどく酔っていたわけではなかったのだろう。そして頭では理解できていたのだろう。すぐに自身の非を認めた。
「悪かったな。お前の強さは本物だった」
(…へぇ。あんな騙し討ちみたいな方法で負けたとしても相手を認められるのか。…ちょっと問題有りかと思ったけど…。うん。これならまあ、クレストさんを説得できる、かな?)
先程までのザックの態度が続くようならアキラはクレストに報告するつもりでいた。元々クラリスの事と一緒に報告するつもりではあったが、クラリスの言葉を聞いてからは彼女のフォローをしてもいいかと思っていた。だがそれは先程のザックとそれを止めきれていない仲間の対応で考えざるを得なくなった。戦ってみればいいというのはクラリスの発言ではあったが、本来ならそれを止めてもいいはずだ。なにせアキラはクラリスの従兄弟とは言ってもケイン達とは初対面なのだから。
初対面の人間に、会ったその日に喧嘩を吹っかけるような者とそれを止めないチームメンバーなんて今後問題が起こらないとは考えにくい。
アキラとしてもそれなりに大切な|従兄弟(クラリス)の命がかかっているのだ。適当な者には任せたくはなかった。
しかし今の喧嘩になりそうなやりとりがあっても逆上する事なく素直に仲間の言うことを受け入れ謝ることのできるザックもは見直したし、そもそも止めに入ったスゥも頼りになると思えた。
「ありがとうございます。それよりも俺を認めてくれるんですか?あんな騙し討ちみたいな方法で」
「…思うところがないわけじゃねえ。でもあれだって立派な戦術だ。負けた奴がどうこう言うのはちげえだろ」
その言葉でアキラの中のザックの評価が更に上方修正された。
「…とりあえず、クラリスは今日はもう帰れ。明日俺が色々クレストさんに話しに行くから、説得ならその時に一緒にすれば良い」
(一人でやらせると悪い結果になりかねないからな)
それは自分も参加していれば最悪の事態にはならないだろうと思った結果だ。
せっかくクラリスが商人としての道も受け入れようとしているというのに、話し合い次第では自分の苦労が無駄になってしまう。それどころか、今度こそ本当に家を出て行ってしまうのではないかとアキラは考えていた。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。へんにこじれても困るからな」
そう言うと、アキラはその向きを変えメンバーたちに向き直った。
「一つ確認をしたいのですが、みなさんはクラリスとこれからも一緒に活動していきたいと思っていますか?クラリスは仲間なんだとはっきりと言うことはできますか?」
「ええ」
「うん」
「はい」
「ああ」
アキラの問いに全員が一瞬たりとも悩むことなく即答だった。
この時アキラはこっそりと魔法を使い全員の心の中を読んでいた。むやみに使わないと決めていた魔法だが、大事な|従兄弟(クラリス)のためには必要だと判断した結果だ。
だが、魔法を使った結果読み取れたのは金づるだとか便利だからと言う理由ではなく、純粋な仲間としての意識があった。
アキラはその結果に満足すると、魔法を終わらせた。
「明日は俺が説明に行くだけですけど、そのうちみなさんにも一度はクレストさん。…クラリスの父親に会ってもらいたいと思っています」
「「「え…」」」
「…クラリスの父親って、アーデン商会の?」
「ええ。次期会長。…業務としてはもう変わってるようですから実質的には会長ですね」
「…それは…なんて言えば良いんだろうな……」
アキラは首をかしげる
「冒険者としては強い後ろ盾があった方がいいんじゃないですか?」
そう。たしかに冒険者はある程度になると厄介ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。だからこそ、高位の冒険者の大半は誰かの下についていたり、自身が権力を持つようにしている。そうすれば何かあった時に対処してくれる、あるいは対処できるから。
そう言う点で見ればクラリスの父親、クレストはケインたちのような一般の冒険者としては十分すぎる後ろ盾だ。
「確かにあった方がいいではあるんだけど、俺たちには釣り合わないぐらい強力な後ろ盾だからね。強力すぎるって言ってもいい」
「でもあれば便利でしょう?」
「…まあね」
「ふう。結局のところ俺たちが尻込みしてるってだけなんだ。俺たちが今後階級を上げたとしても、アーデン商会のおかげ。うまく取り入ったから階級を上げられたって言われるのを恐れてるんだよ」
ザックなんかは不正をして階級を上げる冒険者を嫌悪しているようなので、そのように言われるのは耐え難いのだろう。他のメンバーも同じようなものなのだろう。皆一様に顔をしかめている。
「…でも、クラリスが覚悟を決めたように俺たちも覚悟を決めないといけないんだろうね」
ケインの言ったそれはクレストの後援を受けるということに他ならない。
そんなリーダーの言葉を聞いてメンバーは、特にザックは眉間に深いシワを作りケインに何か言いたそうにしている。
「いいんですか?」
「ああ。どうせ遅かれ早かれクラリスが仲間にいる以上はそうなるだろうからね。だからといって俺たちはクラリスを手放すつもりはない。彼女はもう俺たちの仲間なんだから」
その言葉でハッとしたように他のメンバーたちは顔を上げ各々覚悟を決めたような顔つきになった。
「…話を通す時は俺からもあまり干渉しないように言っておきます。…それでも噂くらいは立つと思いますけど」
クラリスがアキラと同じように商人兼冒険者として活動すればそれなりに目立つ。そうなれば、そう遠くないうちにクラリスの実家が大商会で、ケインたちのチームもそこに関わりがあると気づかれるだろう。冒険者には冒険者なりの情報網があるのだから。
そうなれば実際には援助を受けていなくとも対外的にはそう見られてしまう筈だと予想するアキラ。
「構わない。さっきも言ったが、クラリスは俺たちの仲間なんだ」
色々と言葉が足りていないケインのセリフだが、そこに込められた思いをアキラが理解するにはそれで十分だった。
「…クラリスの仲間があなたたちでよかったです」
アキラがそう言うと、まさかそんな風に言われるとは思っていなかったのか照れた様子をみせるクラリスのチームメンバー達。
アキラはそれを見て、本当に良かったなと心から安堵した。
アキラがこれ程までに誰かを心配するのは珍しい。アキラが心を砕く相手というのは本のごく僅かしかいない。自分が探し求めている女神、それから自身の母親のアイリスと友人のウダル。クラリス以外にはこの三人しかいなかった。ウダルと同じ友人のエリナは友人ではあるものの、ウダルと同じように過保護になったりはしない。それは彼女は理由があればいつでも裏切ると理解しているから。
アキラは自身が身内だと決めたものには甘いが、それ以外には基本的に無関心だった。付き合いの上で遊んだり離したりすることはあっても、その本質はただ面倒が起こらないようにしているだけ。
それはおそらく前世での経験から生まれた価値観なのだろう。
いじめがあっても誰も助けてはくれない。仲が良いと思っていたものでも、突然手の平を返すことがある。
だが、それだけではない。前世での経験も勿論理由ではあるが、今世の経験もそれに拍車をかけていた。
アキラは父親を知らない。アキラは母アイリスが貴族と関係を作るために行儀見習いとして奉公に出た時に|作らされた(・・・・・)子だ。アイリスはそのことで奉公先から実家へと戻り今の街でひっそりと部屋にこもり暮らしていた。
母親は部屋にこもり続け滅多に顔を見ない。それがアキラにとっての普通だった。紆余曲折を経て現在に至るが、それでも母をあんな状態に追いやった貴族、ひいては人間は信じたいと思えなかった。
人とは信用できない生き物だ。信じるに値しない。そもそも信じるという行為自体が間違っている。
アキラはそんな風に思ったのだろう。だからこそアキラは基本的に他者を信じない。
それでも少ないとはいえ誰かを信じられるようになっただけマシなのだろう。
アキラ自身そのことを自覚しているからこそ、『身内』であるクラリスにはなんだかんだと言いつつも世話を焼いている。
そしてこれからも『身内』には甘くあり続けるだろう。自身の大事な人達が泣かないように、と。
「これからもクラリスのことをお願いします」
「ああ。勿論だよ」
ケイン達がそう言って頷くと、視界の端でクラリスが恥ずかしそうにしているが、アキラはそれを見て満足そうに頷くのだった。
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