第52話クレストからの許可
「そういう訳ですので、明日また今日と同じ時間に詳しい説明に来ます」
「わかった。準備して待っている」
アキラはクラリスとともにケイン達と別れアーデン商会本部、つまりはクラリスの父親であるクレストの元に来ていた。
そして大まかな事情を説明しクラリスを預けると、明日また来ると言ってその場を去った。
翌日。
「こんにちは。話は通っていますか?」
昨日と同じ門番のものに声をかけて取り次ぐアキラ。
「はい。どうぞお入りください」
昨日より丁寧な対応にアキラは疑問を持ったが、すぐに自分がこの紹介の血縁であるからだとわかった。
通された応接室にはすでにアキラ以外の全員が揃っていた。
だが、その部屋の中の空気は重く、家族であると言うのに誰も一言も話していなかった。
「ああ来たか。座ってくれ」
本日の主催であるクレストにそう言われてクラリスの横に座るアキラ。
「では詳しい話を聞かせてもらいたい」
そう言った途端にクレストの目が鋭く細められた。
普段はそういった姿をあまり見せていなかったのだろう。クラリスは自身の父親の様子に怯んでいる。
だが、アキラはそんな事はない。命がかかっていないのだから心配する必要なんてないと思っているし、クレストはクラリスのことを大事に思っているのだから最終的には折れるだろうと思っているから。
それ以外にも、最悪……本当に最悪の場合には自身の魔法でどうにかすればいいと考えている。
確かにそう簡単に他人の意識を捻じ曲げる事はしたくはないが、それで戸惑った結果身内が悲しい目にあうのであればアキラは迷いはしない。
アキラの中での優先順位の一番は女神を探すことだが、二番目は身内が笑っていられることなのだから。
そうして語られたクラリスの覚悟。今回の話の妥協点。
それらを聞いたクレストは目を閉じ沈黙している。
何も言うことのないクレストを見て、アキラの横に座っているクラリスは忙しなく周囲を見回している
。
そしてそれでも落ち着く事はできなかったのか、遂にはアキラの服の裾を掴んだ。
その様子は体の大きさこそ違えど、まさに兄と妹の様だった。
「……話は理解した」
閉じていた目を開け、ゆっくりと吐き出す様に言葉を紡ぐクレスト。
それを聞いてクラリスがビクリとした後目を開き驚きを露わにする。
「で、では、私は冒険者を続けてもよろしのですか?」
おずおずと、だがしっかりと確認の為に声を出したクラリスは、だがその後に向けられたクレストの視線に体を硬くする。
「本当に冒険者と商人の両立なんてできると思っているのか?」
「……出来る、とは言い切れません。ですが!私はやってみせます!どっちも捨てたくないんです!」
元々それ程前に出てくるのが得意ではなかったクラリスが、自身の覚悟を示す様に父親と睨み合っている。
「あの、ちょっといいですか?」
と、その緊迫した空気を断ち切るようにアキラが手をげながら声をかけた。
「とりあえずやらせて見たらいいんじゃないですか?このまま話していてもどうなるかなんてわからないんですから意味なんてないでしょう?」
「アキラ……!」
クラリスはアキラの助けにホッとした様に顔を向けるが、クレストは苦い顔になった。
「……アキラ。お前はクラリスが冒険者になるのに賛成しているのか?」
「いえ?反対ですよ」
「ですが、このまま反対したところで何になります?クラリスはここまで覚悟を持っているんです反対したところで家出されて終わりではないですか?」
実際今も半分そんな感じですし、とアキラが言うとクレストは更に眉を寄せて苦い顔になった
「……良いのではないか?アキラの言う通り実際にやらせて見なければ結果は分からん。それでダメだったのならその時にまた決めればよかろう」
「親父……」
「お祖父様……!」
突然のグラドの言葉にクレストは言葉を崩してしまい、クラリスは喜びの声を上げる。
「……わかった」
眉を寄せたままの顔で重々しく告げるクレスト。
クレストがそう言うとクラリスはパアッ! と顔を輝かせた。
「お父様!」
「だが条件がある。その条件を守れるのなら、私も認めよう」
クレストが提示した条件とは、冒険者として活動をするのであれば事前に教える事。各月ごとにクレストが出す商人としての課題を達成する事。冒険者としての仲間をクレストに会わせる事。だった。
クレストが出す商人としての課題がどの様なものかは分からないが、なんだかんだ言っても甘いな、とアキラは思っていた。
それは祖父のグラドも同じなのだろう。自身の息子を見て笑っている。
「わかったか?」
「はい!ありがとうございますお父様!」
クレストは苦い顔のままだったが、その部屋にはアキラが入ってきた時にあった重い雰囲気はすでに無くなっていた。
「それでお祖父様。昨日お渡しした魔術具の効果はいかがでしたか?」
クラリスが去った後の部屋に他の三人はまだ残っていた
アキラが店を始める為に必要な後ろ盾。その結果はグラドにかかっている。そのための話し合いがあるからだ。
昨日、アキラは宿で寝る前に魔術具の反応があったのに合わせてグラドに夢を見せる魔法をかけた。距離があったので普通ではまずかからないが、アキラは普通ではないのでその程度では問題にならなかった。
「うむ。効果は確認した。これであれば商売として成り立つであろうな。……これがいくつも用意できるのであれば、ではあるが」
ほとんど息子に仕事を譲っているとは言っても、未だに大商会のトップ。その眼光は先ほどのクレストよりも更に鋭いものだった。
「ご安心を。それは試しに作ってもらっただけです。量産が必要となれば……まあ一月もあれば数が揃うでしょう」
実際はアキラの魔法でやっているのだから魔法具などなくとも構わない。
アキラが一月といったのは、元々今回の店をやらせようと思ったサキュバスが戻ってくるまでの時間を考えた結果だ。おおよその方向と距離から、今どこにいるのかわかるが、何でそんなところに行っているのか分からないアキラは、とりあえず待ってみることにした。
最悪の場合、戻ってこなかったとしても本当にそういう魔術具を作って店をやればいい。
その場合はアキラが縛られる時間が多くなるし、肝心の情報を抜き出すということがしづらくなるので、出来れば戻ってきてほしいが、別にいなくとも構わなかった。
「そうか。……なら既に場所は確保してあるが、どうする?」
「もう確保できたのですか。流石は早いですね」
「今日確認に行っても構わないのですか?」
「ああ。アキラは今宿に泊まっているんだろう?なら早く拠点を移したほうがいいだろう。いくらいい宿に泊まっていたとしても、商人がずっと宿暮らしというのは今後に響く」
宿に泊まり続けるというのはこの街で拠点を手に入れるだけのコネがない、もしくは嫌われているから買えないでいると思われてしまう。だから出来るだけ早く拠点は確保しておいたほうがいいというのは正しい。
「ありがとうございます。──それで場所はどこでしょうか?」
「それなんだが……」
「私が案内しよう」
クレストが言い淀むと、横からグラドが話に入ってきた。
「お祖父様が、ですか?」
ほとんどは息子に仕事を譲っているとはいえ、未だグラドが商会長だ
そんな人物が小間使いのようなことをしてもいいのだろうかとアキラは心配になった。
「そうだ。お前の心配もわかるが問題はあるまいよ。仮に問題があったとしても、その程度がどうにかできないようならクレストに次期会長は務まらんだろうからの」
「それにたまには孫との散歩もしたいものなのだよ」
そう言われてしまえばアキラに否とは言えなかった。
「ありがとうな。アキラ」
アキラが受け取ることになる拠点へとアキラとグラドの二人が歩いていると、突然グラドがそんなことを言った。
「……クラリスのことですか?」
それ以外に感謝されることが思いつかないアキラはとりあえず聞いて見ることにした。
「それもある。だが、それ以外にも色々とだ」
グラドはそれほど感謝されることがあっただろうかとアキラは首をかしげる。
「お前は私達を疎んでいただろう?」
「へ?」
「いや、疎んでいたというよりは遠ざかろうとしていた、の方が正しいか?」
それは正しい。アキラは記憶を取り戻す前は近寄ろうとしなかったし、記憶を取り戻してからはどう接していいかわからないことも加わり距離を置こうとしていた。
それが今回この街に来て挨拶しないわけにはいかないからと訪ねただけだ。
クラリスの件でアキラがくる用事がなかったら、こうして祖父と孫が一緒に歩く事はなかっただろう。
「お前が人を信用していないのは知っている。その理由もわかっているつもりだ」
流石は大商会の商会長というべきか。アキラの内面をよく見ているようだ。
だが、アキラはその一言でピクリと眉を寄せて祖父の顔を盗み見る。
「今更言ったところでどうしようもないが、あの時の事を私は今でも後悔している。……アイリスには辛い思いをさせた。そのせいでお前にも……」
だが、グラドのいう理由とはアキラが思っていたものではなかった。どうやらアキラの母であるアイリスが関係しているらしい。
「お前は聡い子だ。既に知っているのだろう?」
何を、とは言わなかったが、グラドはそれでアキラに伝わると思っているようだ。
伝わらなかったらどうするのだろうと思ったが、そうであったらそれまでなのだろう。
「……父親のことですか?」
「そうだ」
だが、グラドの予想通りアキラはその質問の意図を理解していた。
父親。アキラは自分の父親を直接見た事はない。だがその顔は知っている。
以前気になって魔法で使用人の記憶を覗いたことがあったから。
そして、それ以来父親はアキラにとって敵となった。
以前言ったように、アキラの父親はかなり力を持った貴族でアイリスはそこに行儀見習いとして働いていた。
元々は祖父が付き合いで紹介されたところで、まだ繋がりの薄い地方だったので商会のさらなる拡大の為にとアイリスを送り込んだ。
そしてその結果が今だ。
その貴族のもとに向かったアイリスは最初の一年程はしっかりと働いていたのだが、二年目になるとそこの当主に無理矢理手籠めにされ、子を孕まされた。そしてそのことが当主の妻にバレ、追い出された。
以来アイリスは部屋に篭ったきり出てこない。挙句何度か自殺をしようとさえした。
「だが、お前のおかげで私は娘を失わずに済んだ」
記憶を取り戻す前、アキラは意識してやったことではないがその行動がアイリスの心を癒した。
ただ庭で遊んで、窓から見える母に手を振る。
少しでも母に近づこうと走って窓の下までやってきて転んでもまだ近く。
たったそれだけ。たったそれだけの行動ではあったが、アイリスにとってそれが何よりも輝いて見えた。
だからこそ彼女はもう一度立ち上がることができた。自分の大事なものを抱きしめたいと思えたから。
「──ありがとう」
アキラとしては『助けた』という自覚がないのにこうも感謝されるのはどうにもむず痒い。
だが、ここで否定したり拒んだりするのはいけないと、アキラは曖昧に笑うだけだった
「ここだ」
そうしてアキラが案内されたのはかなりの広い建物だった。
「ここが……」
その建物は、貴族街と一般市街を繋ぐ門の直ぐ側にあった。
「あの……本当にここですか?」
「ああそうだ。不満か?」
「いえ、そういうわけではありません。……ですが、よくこんな場所確保できましたね」
アキラが頼んだのは昨日。時間にして半日程度だ。それなのによくもこれほどいい立地の場所を抑えることができたものだとアキラは素直に称賛する。
この街についたばかりのアキラでは──いや、故郷の街であったとしてもたった半日ではこれほどのものは用意できなかった。流石は、というべきなのだろう。
「なに、感謝の印だ。それと祖父から孫への贈り物だと思ってくれ」
アキラはクレストに頼んだつもりだったのだが、どうやらグラドが頑張ったらしい。
贈り物というには些か規模がおかしな気がしたアキラだが、もう一度建物に目を移した後、「まあいいか」と気にしないことにしてありがたく使わせてもらうことにした。
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