第37話コルドラの感謝
「ごほんっ!……あー、伯爵はこれからどうするのでしょうか?」
今まで前世をあわせてもここまで真摯に感謝された事などないためアキラはどうすればいいのかわからなくなり、何も言うことができないまま沈黙していた。
そんなアキラの心のうちを知ってか、沈黙を破ってオリバーがコルドラに話しかける。
「すぐにでも娘を領に連れて行き休ませたいと思ってはいるが、その前に貴方に聞きたいことがあります」
「アキラで構いません、コルドラ様。それともっと普通に接していただけるとありがたく思います」
いくら感謝の印といえど貴族であるコルドラから平民である自身に対するこの態度はまずいと感じたようで元に戻すように願い出る。
「──では、そうしよう。それでアキラ殿に質問があるのだが。……娘はこのまま領に戻っても平気なのかね」
「はい。普通に生活する分には何の問題もありません。──ですが忘れないで欲しいのは『記憶を消した』わけではなく『記憶を封印した』ということです。私にできる限りの封印をしましたし、その封印も隠蔽しましたがそれでもそれなりの術者にはなんらかの魔法がかけられていることは分かるかもしれません」
「それは仕方がないだろう。寧ろ魔法の隠蔽までしてくれてありがたいくらいだ。少なくとも私には分からなかったから大丈夫だろう」
「これでも魔法の腕には多少に自信があったのだがね」と肩を竦めながら呟く。
「だが、大丈夫だとわかった以上明日にでもここを断つつもりだ。君達にこれ以上迷惑をかけられないのでな」
その言葉を聞きオリバーとアキラはホッとした。オリバーは厄介ごとがなくなることに。アキラはコーデリアの思いを知りながら無視して対応しなくても良いことに。
その後コーデリアや周囲に対する細かいすり合わせを行なったアキラ達。
久しぶりの親子の再開なのだから話すこともあるだろう、とその場は解散となりアキラは冒険者組合を後にし、家に帰っていった。
「アキラ様!」
早朝、まだ日が登りきっていない時間。普段であれば家で剣を振り訓練をしているアキラだがこの日は違った。
コルドラと話し合った翌日、コーデリアが領地に戻るというというので一応挨拶はしてこうと冒険者組合の前に来ていた。
組合の前に普段見るようなものとは違いなかなかに豪華な馬車が停まっていた。それが彼女達の乗る馬車なのだろうとあたりをつけたが、まだだいぶ早い時間なので馬車の中には居らず部屋で寝ているだろうと思い冒険者組合の建物の中に入っていく。
(先にオリバーに会いに行ったほうがいいよな。コーデリアがいつ出発するかわからないからそれまで時間を潰す場所が必要だし)
馬車の整備をしていたコールダー家の使用人に軽く会釈をし通り過ぎようとする。
だがそう考えていたアキラの足が止まらざるをえない声が聞こえた。
コーデリアだ。どうやら彼女はアキラの考えとは違い既に馬車の中に居たようだった。
「コーデリア様。随分とお早いですね。まさかもう馬車に乗って居たとは思いませんでした」
「あら、もしかして私が寝坊すると思ったのですか?私だってこの時間に起きることくらいできますわ」
「それは失礼をいたしました」
少し頰を膨らませながら言うコーデリアにアキラは真面目な表情で返す。
コーデリアの言葉が冗談の類であることはわかったがあまり彼女と親交を深める気のないアキラはあえて会話を壊していた。
「あっ、いえ、そんな謝られるほどのことではありません!本当はなんとか起きる事ができただけですから!いつもは違うんです!」
謝るアキラを慌てて止めるが慌てていたせいで言わなくてもいいことまで言っているコーデリアはそのことに気づき少し顔を赤らめてうつむきがちになる。
「……その、実はお父様から今日帰ると聞きまして、アキラ様に挨拶をしたいと思ったのですがお父様に止められてしまって……」
「仕方がありませんよ。伯爵もコーデリア様のことが心配なのでしょう」
体調のこともそうだろうがコルドラは娘とアキラと会わせたくなかったのだ。
いくら命の恩人とはいえそれなりに高位である貴族のコーデリアと平民が結婚することは難しい。それでも難しいだけで絶対にできないと言うわけではない。幸いにも、世間から疎まれている『外道魔法』とはいえアキラは魔法を使う事ができるので、アキラが望みさえすればコルドラは娘と結婚させることも良しとしていた。
だが、昨日の態度を見る限りアキラはコーデリアと結婚する気はなく、あくまでもコーデリアの一方的な恋心であることは明白だった。
なのでアキラに会うことで別れるのが辛くなるのではないかという親心ではあったのだがそれは無駄になってしまったようだ。
「……それは分かっています。ですが、それでもせめて最後に少しでもいいのでアキラ様とお話をしたかったのです。だから、ここで待っていれば会えるかなと思って……」
コーデリアが馬車の中に居たのは門が開いてからすぐに出発できるようにするためではなかったらしい。いや、そう言う理由もあるにはあるのだろう。だが理由の大部分はコーデリアがアキラに会うためであった。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。ですが申し訳ありません。私はこれからあなたのお父様と支部長に挨拶に行かなくてはなりませんので」
「……でしたら私もお父様の元に向かいます」
「へ?」
コーデリアの答えに間の抜けた声を漏らしたアキラ。
彼女からの好意に気づいていたが応える気のないアキラは遠回しではあるが彼女の気持ちを断った。そしてコーデリアも貴族であるのでその程度の言い回しは理解している筈だった。それは彼女が悲しげな顔をしたことからも明らかではあった。
にも関わらず彼女はアキラとともにいると宣言した。そこに込められた意味は『諦めない』であった。
あまり一緒に居たくないアキラと出来るだけ一緒に居たいコーデリアのにらみ合いが始まった。
いや、にらみ合いというには些か迫力に欠ける。片方は無表情相手を見つめ、もう片方はそんな視線に怯え震えている。時として激しい怒りの視線を向けられるより何の感情もない透明な視線の方が辛い時がある。特に恋心を抱いている相手からのそれは嫌われている方がマシだと思えるほどだ。
だがアキラの視線に震えながらもコーデリアは視線をそらすことなくアキラを見つめている。
「……。…わかりました。お父君の元まで参りましょうか」
「はい!」
コーデリアの思いに根負けしたアキラは「はぁ」とため息吐き彼女と共にコルドラたちに会いに行くことを決めた。
(まあそこまで距離があるわけでもないし着いたら伯爵にどうにかして貰えばいいかな)
そう考えてコーデリアの同行を許可したが、アキラは後悔することになる。この世はそうそう思い通りにはならないということだ。
「おはようございます、コールダー様。オリバー支部長殿」
「おはようございますアキラ殿」
「ああ、おはよう。──だがなんだその喋り方は?」
「おかしいでしょうか?いち組合員が支部長に挨拶するのですからおかしなことはないと思いますが?」
「お前今までそんな話し方したことなかっただろうが。いつもの話し方に戻せよ」
アキラは自身の後ろについてきているコーデリアに対して一線を引く意味でもあらたまった言葉を使っていたので、ここで素の自分を見せると何か言われるんじゃないかと思っている。なのでコーデリアの前では素の自分を見せるつもりはなかった。
だが、オリバーの言う通りにいつも通りに話してもいいんじゃないかとも思っている。オリバーやコルドラには砕けた対応をしているのにコーデリアには畏まった対応をしているとなればアキラには彼女の好意を受け入れる気がないとわかる──思い知るだろうから。
そう思い至ると「ふう」と溜息を吐いたのちアキラは先程までと違って砕けた態度で話し始める。
「わかったよ。といっても挨拶に来ただけで話すことはそんなにな──いや、あったな」
アキラはコルドラの方に顔を向けると視線で自身の後ろについてきているコーデリアを示す。
それだけでおおよその事を察したコルドラは貴族然とした顔でコーデリアに話しかける。
「コーデリア。私たちは話があるので下がりなさい」
「……はい、お父様。……申し訳ありませんでした」
それだけでコーデリアは悲しそうな顔をするが、当主である父親に逆らうつもりはないようで素直に下がっていく。
だが、コーデリアがドアを開け廊下に出ようとした瞬間コルドラから更に声がかかる。
「出発までまだ時間があるだろうから私たちの話が終わった後にアキラ殿をそちらに向かわせよう」
「ちょっ──」
「はい!ありがとうございます!」
直前までの様子とは一転してコーデリアは羽が生えたかのように軽やかに部屋を出て行き馬車へと戻っていった。
どう言うことか、アキラはとコルドラに視線で語りかけるが答えは返ってこない。
だがそのまま放置するつもりもないアキラはオリバーの横にドカリと腰を下ろしてコルドラを見据える。
「どう言う事かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「申し訳ない。君の考えも知っているし、本当ならこんな事をするべきではないとわかってはいるのだが……。あの子を助けることができなかったこと思うと、せめてこのくらいはと思ってしまったのだ」
「その結果、大事な娘の恩人から反感を買うとわかっていてもですか?」
「そうだ」
コーデリアはアキラによって|救われた(・・・・)がそれはなにか起こる前に|助けられた(・・・・・)わけではない。
彼女には既に怪我も後遺症も記憶もないとはいえ、攫われ犯されたと言う事実は変わらない。
コルドラには護衛を増やすなど事前にそれを防ぐことができたはずだった。だが実際には対策を怠り、娘が攫われてしまった。貴族達の耳は早い。それが醜聞であればあるほどに。現在、コーデリアの通う学校が長期休暇が開けたばかりで怪我をしてしまったので休養していると隠してはいるが、いくら隠していてもどこかしらにはバレている筈だ。攫われる前と何にも変わらないとは言っても今後彼女は苦労することになるだろう。
そのことを深く後悔しているコルドラはせめてコーデリアには幸せになってほしいと心の底から願っていた。たとえそれで目の前の恩人から恨まれることになろうとも。
「──そちらの思惑がなんであれ、俺は自由に動きますよ」
「ああ、それは構わない。止めるつもりもない。──あとはあの子次第だ」
自身のことを見つめるコルドラの瞳の中に自分の母親──アイリスと同じものを見たアキラはそれを無下にすることができず、渋々ではあるがコーデリアと会うことを了承した。
「それでお前は本当に挨拶に来ただけなのか?」
何か他に用があったのではないか、と問いかけるがアキラはそれを否定する。
「ああ。一応助けた者の責任として最後まで見届けないとだろ」
「意外と律儀なんだな。本当に冒険者かよ」
「俺の本業は商人だけどな」
そうだったな、と笑うオリバー。
冒険者は依頼中に助けた者がいたとしても街に送り届けたりはするがそれ以上はしない。しても機会があったら話をする程度でアキラのようにわざわざ早起きしてまで見送りに来たりするものはいない。
「ああ、でも伯爵の顔を見て思い出した。──これをどうぞ」
アキラはそう言って魔法のポーチから机の上に一本のビンを出す。中には淀んだ緑色の液体が入っている。
「……これは?」
「万が一の時の薬です。コーデリア様の記憶の封印が解けることはないでしょうけど、もしもの時にはそれを飲ませてください。一ヶ月ぐらいは眠り続けますが暴れることもうなされることもないでしょう」
その間にどうにかしてください、と言ってアキラは座っているソファーに寄りかかる。
「しかし、こんな色の魔法薬なんか見たことないぞ?効果も聞いたことがないな」
「それはそうだろ。俺が作ったものだからな」
「はあ?お前錬金術まで使えるのかよ」
「いや、使えないよ。それは知り合いに定着剤を作ってもらって俺は魔法を込めただけだ」
この世界の魔法薬の作り方は定着剤と呼ばれる薬を作りそれにさまざまな魔法を込めると言うものだ。
魔法ごとに相性のいい素材と言うものが存在する。相性の良いものであれば効果は高いし相性が悪ければ結果は逆になる。なので込める魔法の最高効率を出せる薬を作ることが錬金術師の腕の見せ所であり、そんな新薬を作ることは魔法薬作りに携わるものの目標でもあった。
「新薬を作り出すことができる奴がいるなんて聞いたことがないが、その知り合いとやらもこの街にいるのか?」
「もちろん。じゃないとこんなすぐに作ってもらえないだろ」
「まあ、そうなんだが……」
「アキラ殿。先程貴方を不快にさせたにもかかわらずこのようなものまでいただき、誠に感謝します。この恩はいずれ必ずお返しいたします」
アキラから渡された薬を手にコルドラは真剣な表情で感謝を示し深く頭を下げる。
「構いませんよ。先ほども言った通り助けた者の責任ですから。──ああ、ですがそこまで言うのなら娘さんをどうにかしてもらえませんか?」
コルドラはつい先ほどまでの真剣な顔から一転、ニコリと笑うと首を横に振った。
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