第38話子供の終わり

「ではアキラ様!領に戻ったらお手紙をお送りします!」


 支部長室での話し合いが終わりコーデリアのもとに行き、彼女の出発の時間まで話をしていたアキラ。

 これ以上仲良くなるつもりはなかったが、おとなしい令嬢というイメージとは違いグイグイと押してくるコーデリアに断りきれず彼女からの手紙を受け取ることになった。


「半年後にはこの街から出るのでそれまでになりますよ」

「はい!」


 半年後、春になったらアキラは女神の生まれ変わりを探すために旅に出るつもりでいるし、その為に準備も進めている。半年後にはこの街に手紙を送られたとしてもアキラの元へと届く事はない。故にその事を告げたのだがコーデリアは半年の間は手紙を受け取ってもらえると喜んでいた。


 アキラはため息を吐いた後コーデリアの横に立っているコルドラに顔を向ける。


「それでは伯爵様、お気を付けてお帰りください」

「うむ。君には感謝している。いつか我が領によることがあったら歓迎しよう」


 既に街門は開いているのでコールダー親子が馬車に乗り込むと馬車はすぐに出発した。


「──やっといったな」


 伯爵の馬車が見えなくなるまで見送るとアキラがボソッと呟いた。


「なんだ、そんなに嫌だったのか?コーデリア様と結婚すれば貴族になることができたのに……。もったいない話だな」

「俺はそんなこと望んでないからな。今での貴族と同様の暮らしをしようと思えばできるし……。何より、俺には好きな人がいるからな」

「あん?そうなのか?お前が誰かと付き合ってるなんて聞いたことなかったな」

「まあ言いふらしてるわけじゃないし、この街にはいないから」


 そう言うと振り返り歩き出すアキラ。

 二人を見送るために時間を作ったとはいってもそれは時間を作っただけであって時間があったわけじゃない。多少なりとも無理をしたのだからそのツケを片付けるためにこれから働かなくてはならなかった。


「──にしても、お前本当にこの街をでてくのかよ」

「それは前から言ってる事だったはずだけど?」

「そりゃわかってんだけどよ。将来有望どころか既に活躍している冒険者が出ていくってのはあんまし歓迎したくねえんだよ。特にこの街ではな」


 交易拠点として栄えたこの街は様々な場所から様々な人が来る。大抵はこの街に来る際護衛を雇うが中にはこの街から護衛を雇い始めるものもいる。その場合その護衛を雇い入れる先はコネか冒険者組合に依頼を出す事だ。

 なんらかの理由による臨時の護衛であれば護衛として出ていった冒険者たちも戻ってくるのだが、護衛として街を出ていったきり戻ってこないものも少なくはない。それは他の街でも同じだがこの街は特にそれが多い。

 故に冒険者組合の支部長としては信頼できるものを手放したくはなかった。


「──まあ頑張れ|支部長殿(・・・・)」


 アキラの横で深くため息を吐くオリバー。だが力はあるとはいっても単なる冒険者でしかないアキラにはどうすることもできないしどうにかするつもりもなかった。




 時は流れ、春の誕生式が近づき一週間後に迫っていた。


「アキラ〜。どうしましょう〜。どっちがいいかしら?こっち?それともこっち?」


 現在アキラの家ではアイリスが両手に春の誕生式と同時に行われる成人式ための衣装を持ってアキラに迫っていた。

 成人式を過ぎればアキラも十五歳となり、この世界において大人であると認められる。

 そうなればアキラが行動する際の制限もなくなるので女神を探す旅に出ようとしているのだが、制限がなくなり大人として扱われるといっても母親であるアイリスからすればまだまだ子供。特にアキラは魔法の修練によって魔力が増えた影響で同年代の者たちに比べて幼く見えるので尚更だろう。

 それでも一度許可を出したからと言うのもあるがアキラの邪魔になる事を嫌うアイリスは旅に出るアキラを止めるつもりはなかった。

 しかしながら、やはりそれでもまだまだ一緒にいたいと言う思いは消す事はできず、せめて最後の祝い事は盛大にやりたいと思っているため、春の誕成人式に向けてアイリスは本人よりもやる気に満ちて準備をしていた。

 実際には既に衣装や道具、式の後の食事会の手配なども終わっているのだがより良いものを、とアイリスは一人奮闘していた。


「母さん。成人式の衣装はもう決めたはずだけど?」

「でも〜、やっぱりもっといいのがあるんじゃないかなって〜」

「ウダルと一緒に行動するつもりだから豪華すぎると目立つから嫌なんだけど。特にあの教会の司祭とは仲が良くないんだから」


 なんだよそのキラキラしてる服、と呆れながら呟くアキラ。

 アイリスの手にあるのは装飾品をふんだんに使っているもので、平民の参加する教会で行う成人式には誰一人としてそんな格好しないだろうと言うほどにキラキラと目立つようなものだった。

 いや、平民でなく貴族であってもこれほどのものを用意できる者はそう多くはないだろう。まさに大商会の力を見せつけられる光景だった。



「はあぁ〜」

「どうしたアキラ?何かあったか?」


 アイリスとの一件が終わった後、ウダルと約束していたのでエリナを連れて冒険者組合に向かう最中ため息を吐いたアキラを心配してウダルが話しかける。


「いや何か、ってわけじゃないんだけど、母さんがね……」

「アイリスさんが?」

「……ああ、もしかして成人式の事?」


 エリナの言葉に力なく頷くアキラ。

 それだけで何があったのかおおよその事を察したウダルとエリナの二人は顔を見合わせて肩をすくめていた。


 雑談をしながら冒険者組合に着くとアキラたちは建物の中に入り掲示板に張り出されている依頼の中から何かないかと探す。


「あっ!アキラさん!」


 掲示板の前に立っていると組合の奥の方、カウンターに座っている女性から声がかかった。

 アキラは一瞬嫌そうな顔をしたあと軽くため息を吐く。


「悪い、ちょっといってくる」


 おう、と片手を上げて返事をするウダルを背に自分を呼び出した女性の元に向かう。


「お待たせしました。それで要件は『いつもの』ですか?」

「はい。『いつもの』です。どうぞ」

「……ありがとうございます」


 アキラは受付の女性から『いつもの』手紙を受けとると、軽く会釈をしてその場を離れていく。


「ただいま。何かいい依頼はあったか?」

「ん?ああ、おかえり。いや特にはないな。いつもと同じだ」

「それで、そっちは?いつもみたいにお嬢様からの手紙?」


 アキラの持っている手紙をエリナが指差している。


「そうだよ。いつもと同じようにコーデリア様からの手紙だ」

「あのお嬢様もよくやるよな。週一ぐらいで来てないか?」

「まああの人にとっては恩人だしね。わからないでもないかな」

「いや、それにしても多くないか?実際には俺だけじゃなくてお前達も恩人になるんだし」


 お嬢様──コーデリアが去ってから毎日のように、とは言わないがそれでもウダルの言ったように一週間に一回ぐらいの頻度で手紙が送られてきていた。


「でも彼女を『助けた』って言い張れるのはアキラだけでしょ。私達がいなくてもアキラならどうとでもなっただろうし。寧ろ私達がいたことで制限かけてたでしょ?それがなかったらもっと早く終わってたんじゃないの?」

「そもそもお前達がいなかったらあそこに行くこともなかったけどな」


 自身の魔法について教えていたウダル以外がいる状態では魔法を制限しているアキラが全力でやればもっと早く終わっていたのは事実だが、仮に一緒にいたのがウダルだけだったとしても全力は出さなかっただろうし、アキラの言ったようにそもそもコーデリアが捕まっていた場所まで行くことはなかった。

 なのでアキラの中ではあの場にいた全員で助けたという認識だったのだが、コーデリアを助けた後に彼女にあっていたのはアキラだけなので彼女の感謝は全てアキラに向けられていた。


「まあいいや。それでこれからどうするんだ?」

「どうするか。成人式が一週間後にあるし怪我して出るのもかっこ悪いからそれほど危険じゃないのがいいと思うんだけど。……どう思う?」

「そうね。私は前回成人式が終わってるからなんでもいいけど、せっかくの式なんだし怪我はしてないほうがいいんじゃないかな」

「そうすると簡単な採取依頼か街の中の依頼になるな」

「だな。まあそこまで金に困ってるわけじゃないしたまにはゆっくりしてもいいんじゃないか?」


 チームの方針が決まったのでアキラ達はせっかくだし、ということで成人式の準備関連の仕事を受けることにした。



 成人式当日


 朝日が昇りきらずまだ薄暗い庭にアキラは一人剣を構え佇んでいた。


(今日の成人式が終わったらあいつを探しに今街を出て行く。どこに生まれ変わったかわからないけど、それでも記憶を取り戻しているなら不可能というわけじゃない

 実際、いくつか候補はあるんだから)


 アキラは女神の生まれ変わりをさがすに当たってまず商人としてのコネを作り情報網を広げていったが、その中には女神の生まれ変わりと思わしき者の情報がいくつかあった。


 いくつもの噂を仕入れていたが、そのどれもが卓越した剣の使い手であった。

 それは元とはいっても剣の女神なら剣の使い手として名を馳せているだろうという考えからであったが、それ以外に当てがないというのが実情であった。


「ふうぅ」

「ようアキラ。今日はまた一段と早いな」

「それはお前もだろ。ウダル」


 剣を構えているアキラの横からいつものようにウダルが声をかける。だが今日はいつもと違って随分と早いようだ。


「どうした?はしゃぎすぎて眠れなかったのか?」

「ちげーよ。そんなんじゃねえって。いいからやろうぜ」


 ウダルは持っていた剣をアキラに向かって構える。

 アキラもその言葉にのって剣を構えると、突如ウダルが斬りかかった。

 普通であれば不意を突かれてまともに食らっていたであろう一撃であったがアキラはその一撃を難なく捌くと今度はこちらの番、とウダルと切り結び始めた。




「……なあ。お前はもうすぐこの街を出てくんだよな」

「そうだな」


 いつものようにアキラに負け地面に倒れ伏していたウダルが起き上がりながら語りかける。

 構えていた剣を下ろしアキラは起き上がったウダルに向き合う。

 アキラの姿を捉えているウダルの瞳は不安げに揺れていた。


「──不安なのか?」

「ああ。このままじゃ、なにかが変わっちまうんじゃないかって……。実際、お前はこの街からいなくなる」

「──なにも、変わりはしないよ。そりゃ、多少は変わるさ。生活、仕事、周りからの対応。いろんなものに違いはあるだろうな。でも結局は何にも変わんないよ。家族は家族で、友達は友達で、お前はお前だ」

「……」

「まあ、それでも不安なら一つ約束をしよう」

「約束?」

「そう、約束。いつか俺が女神のやつを見つけたらお前と全力で勝負してやろう。その時は今までみたいに、いつも通りにまたお前をボコボコにしてやる。そうしてなにも変わったものなんてないって教えてやる」

「……は。ははっ。ふざけんな!そん時は俺だって今以上に強くなってる!その時は俺が女神様の前でお前をボコボコにしてやるよ!」


 いつのまにかウダルの不安に揺れていた瞳はいつもの輝きを取り戻していた。



 新人式の時と違って成人式はなんの問題も起こることなく終わった。

 式が始まる前にアイリスがキャーキャーと騒いでいてアキラは恥ずかしさから顔を赤らめていたがその程度だ。


「成人おめでとうアキラ!」

「ありがとう、母さん」


 成人式が終わり家に帰ると母アイリスが出迎えアキラに抱きついている。

 他にも使用人達やアキラの知り合い達がアキラのことを出迎えてくれていた。


「……おめでとう」

「おめでとうアキラ。これで君も成人か。……そうは見えないな。まだ新人式前でもギリギリ通用するんじゃないかな?」


 子供だからと邪険にすることなくアキラと取引を行い、それ以外でも何かと親切にしていたエルフのクルールメアーとドワーフのゲオルグも招待されていた。


「うるさいよ」

「ははっ、これは失礼した。だが身長のことを除いても15歳で成人とはまだ早いんじゃないだろうか」


 クルールメアーの言葉にゲオルグも頷いている。


「エルフやドワーフの長命種と比べないで欲しいんだけど」

「だが君はどちらかといえば私たちよりだろう」

「魔力はね。でも種族的には人間だよ」


 長命種ではない人間であっても保有する魔力が多ければ肉体の老化を抑えることができ、アキラのそれはすでにエルフと同じぐらいの年月を生きることができるほどであった。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 先程まで一緒にいたウダルがいつもと違い成人式用にあつらえた服で着飾りエリナとともにやってきて、かしこまった口調で話しかける。


「なに言ってんのお前?気持ちわる」

「なんだよ。せっかく主賓に挨拶に来てやったのに」

「主賓って言ったらお前もだろ?成人式の祝いなんだから気にするなよ。というか挨拶に来るなら手に持ってる皿を置いてからこいよ。──エリナも遠慮する必要はないよ」


 さらに大盛りの食べ物を乗せて持っているウダルとは違ってエリナは飲み物だけを持って何かを食べた様子はない。


「でもいいの?私は違うけど」

「エリナも半年ずれてるだけで同い年だろ。構わないよ。それに手配しちゃった以上使い切らないと無駄になっちゃうからね」

「ありがとう、アキラ」



 アキラはその後も何人かの知り合いに祝いの言葉をもらい成人の祝いは和やかに終わった。

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