第21話女神の終わり

「さて話を戻しましょうか。ーー私は試練を受けることを選んだ貴方に期待したのです。もし貴方が最後まで試練を終わらせることができたのならば、そんな貴方を導くことができた私の存在は無意味なものでは無かったと、その生に価値があったと思えるのではないかと。そう思ったのです。今思えば何もないと、何も為すことができなかったと嘆いていた貴方に自己投影をしていたのでしょう。仕事の合間をぬって貴方の様子を見ていましたが、その度に一喜一憂していました」

「……。…なんだそんなに俺のことを思ってくれたのか?


女神は今までにないくらい真剣な表情で晶を見つめるが、晶はその視線に怯み茶化してしまう。


「はい。貴方には感謝しています。期待も失望も怒りも楽しみも、何も知ることのなかった私は貴方からその全てを教えてもらいました。私が変わったとしたらそれが理由でしょう」


晶には何も言えなかった。晶はただ途中で降りることができないから仕方ない、と半ばゲーム感覚でやっていた。女神のことなどかけらほども考えていなかった。それなのにこれほどまでに感謝されている事実を前に戸惑うことしかできなかった。

そんな晶を見て女神は相好を崩し話を変える。


「そう難しく考える必要はありませんよ。貴方は何かを成すことができた、というだけです」


「少々長く話し過ぎましたね」と女神は言って立ち上がると椅子とテーブルを消して再び『切断』を形にしていく。

いきなり椅子を消されたことでバランスを崩し尻餅をつく晶。その事に文句を言うよりも先に女神の剣が鼻先へと突きつけられる。


「さあ、闘いを再開しましょう」


晶はまだ聞きたいことはあった。いや、叶うのならばずっと話していたかった。だがそれは認められない。叶うことはない。でも彼女と戦っている時だけは彼女と同じ時間を、同じ思いを共有することが出来る気がした。だから晶はその手に剣を取る。少しでも長く彼女と『生きる』為に。


二人の間に合図などない。されど二人は同じタイミングで走り出し剣を重ねる。

剣を振り下ろす。弾かれ、剣が振り下ろされる。それを避け切れる最小限の動きでかわし、斬る。そしてまた弾かれる。

常人であれば一太刀で死んでいるであろう致命の一撃。そんな死地の中で二人は舞い続ける。


だがそれももうすぐ終わりを迎えようとしていた。

踊るように斬り合っていた二人だが女神の振り下ろしを弾くと、がくりと膝の力が抜けてしまい体勢を崩す晶。その大きすぎる隙を女神が見逃すことはない。剣を振りかぶり


(本当にこの人を倒してしまってもいいのでしょうか)


そんな思いが女神の頭をよぎるがその悩みも一瞬のことで、女神は掲げた剣を振り下ろす。


「ーーうぐっ…」


苦しげな声が聞こえた。女神の剣は体勢を崩した晶の体を斬り裂いた。だがその声の主は晶ではない。見ると女神の腹部に一本の剣が突き刺さっている。そしてその剣を突き刺している晶。しかしどう言うことか。晶は先程女神に斬られていたではないか。だと言うのに晶には傷などなく、また治した様子もない。


「ーーここで、幻…ですか…」


永遠に続くと思われた斬り合いの中で、女神も全くの消耗がなかったわけではない。徐々にだがその力は削れていた。そうなると足りなくなた部分をどこからか持ってこなくてはならないわけだが、女神はそれを抗魔法に使っていた分から持ってきていた。その事に気づいた晶は卑怯あることを自覚しつつも女神にバレないように魔法を組み上げていき、体勢を崩したように幻を見せ隙をついたのだった。


「悪いなこんな卑怯な手を使って。でも俺は勝たなくちゃいけないんだ」


晶は苦い顔をし顔を歪めながら自分に言い聞かせるように言って女神の腹部に突き立てた剣を引き抜き女神から離れていく。その際「うっ」と女神の声が聞こえ更に顔を歪める。


「…ふふ。かまい、ません。もとより、これはただのしれん、なのですから」


苦しげに傷を抑えながら大丈夫だと女神は言う。そして「それに」と女神が言うと腹部の傷が治っていく。


「この程度では何の問題もありませんから。ーーさあ、もう一度始めましょう」


その様子を見ていた晶はホッとして、まだ戦うのかと疑問に思った。


「なあ、まだ戦うのか?他の神様たちもそろそろ許しちゃくれないかね」

「…ああ。確かそう言う名目でしたね。申し訳ありません。あれは嘘です」

「はい?え?嘘って神に刃向かったから殺されそうってやつが?」


何言ってんだこいつ?というような目を晶に向けた女神は忘れていたことを思い出したように告げる。それを聞いた晶は何言ってんだこいつ?というような目で女神を見つめる。


「そうです。…本来は最後の試練を終えれば無事生まれ変わることができたはずでした。ですが私が感情を知った副作用、と申しましょうか。あなたと剣を交えたいと思ってしまいましてこのような事になりました」


キリリッと真面目くさった顔で秘密を暴露する女神。すでに試練は終わっていて、女神との戦いはただの女神の我儘でしかなかったことを知り、「はあああぁぁ」と盛大に溜息を吐く晶。彼自身途中からは女神との戦いが面白くなって他の神のことなど忘れていたのだが。それにもし仮に女神が嘘をつかなかったら晶はそのまま戦うことなく転生していっただろう。


「つまり、なんだ。お前がただ戦いたかっただけってことでいいのか?」

「はい。その通りです」


そうハッキリと答える女神を見て晶はまたも盛大に溜息を吐くが、チラリと女神のことを見ると一つの質問をした。


「……楽しかったか?」


その言葉が意外だったのか女神は驚愕をあらわにする。そして晶の質問にすぐに答えることはなく目を閉じ何かを思い出すようにした後、閉じていた目を開く。


「はい。とても楽しかったです」


今までに晶のみたどの笑顔とも違う、まさに満面の笑みを浮かべ女神は笑う。


「そうか、ならよかった。ーーどうした?」


突如浮かべていた笑みを消し険しい表情になった女神を見て晶は疑問の声をかける。


「……いえ、どうやらもう時間がきてしまったようなのです」

「時間?そんなものがあったのか?」

「はい。ですのでもう終わりとしなくてはならないのですが、最後に一つだけわがままを聞いていただけませんか?」

「ーーああ、わかった。何をすればいい?」

「簡単なことです。最後にもう一度だけあなたと剣を交えたいというだけです」


女神が言うにはお互いが今出せる最強の一撃をぶつけ合いたいと言うことだ。

晶としてもこのまま女神に勝つことができずに終わるのは嫌なので了承した。



「準備はいいですか?」

「ああ、俺はいいけど、お前はそれでいいのか?」


女神の剣からは今まで感じていたような怖さを感じない。何も手を加えていないただの剣だと言われても信じられるだろう。


「ええ。貴方は何の心配もなくかかってきてください。私は今の私にできる最大の技を使いますので」


それならば、とどこか違和感を感じながらも時間がないと言っていた女神の言葉を思い出し意識を集中させる。


(ーーごめんなさい)


「それではいきます」


持っていた剣とは別の剣を取り出し上空に放り投げ、持っていた剣を晶に向けて構える。

上空絵と飛んで行った剣は最高到達点まで行くとその高度を下げていった。風邪を切る音をさせながら落ちてきた剣が地面にぶつかった瞬間、両者は走り出す。

両者の剣が振り下ろされる。さすがは女神その動きに一切の無駄はなく触れるもの全てを断ち切りそうな一撃。対して晶は女神に比べると未だ荒々しい感じは拭えないがそれを補って余りある力強さに包まれている。そして、振り下ろされた二つの剣がぶつかると


「え?」


何の手応えもなく女神の剣が折れた。

何で、どうして。そう考える間も無く晶の剣は止まることなく進んでいく。どれ程激しい攻撃をしようと傷ひとつつけることができなかった女神。だが今、そんな女神の身体を晶の剣が切り裂いていく。そして晶の剣は最後まで振り抜かれる。

剣を振り切った後呆然とした晶の耳に、グシャッという音が聞こえ持っていた剣も捨て、慌ててその音の発生源に駆け寄る。

真っ白な部屋に真っ赤な血だまりを作る女神。その範囲は徐々に広がりこの部屋の白を侵略するかのごとく鮮やかな赤で染めていく。

広がる赤に自分も染まることを気にすることなく晶は女神の側に駆け寄った。

横倒しになっている女神の傷を見ると身体の半分以上を切られている。だがそんなことは確認する前から晶にはわかっていた。女神の傷は他でもない晶自身が作ったものなのだから。


「おい!なんで防がなかったんだ!なんでお前は死にかけてんだよ!神様なんだろ!」


晶に腹部を刺された時、一瞬で治したの女神だったが今はその傷を治すことなく地面に横たわっていた。

意識がないわけではない。現に今も指を動かし何か行なっている。晶は初めその行動が傷を治すものだと思っていたがどうも違うらしい。女神の傷は一向に治る様子を見せず、今もなお床に広がる赤を増やし続けている。


「なあ !さっきから何やってんだよ!今俺が治すからもう動くなよ!」


治癒の魔法をかけながら晶は女神に語りかけるが肝心の魔法はいくら使用してもその傷が治ることはない。晶は焦りから女神の傷しか見ていなかったが、女神の身体には既に晶と最初にあった頃の力は残っていなかった。

神の体は通常の生命とは違う。そもそも神とは一定以上のエネルギーを己の意思で自由に操ることができる者を指す。故に物質的な肉体はただの力の入れ物でしかない。多少の問題はあるが身体を失おうとそれだけで死んでしまうわけではない。だが今の女神のように保持しているエネルギーがなくなって仕舞えばそれまでだ。いくら身体を直そうと意味がない。

女神とて己の現状を十分に理解しているはずだ。それでも女神の手は迷いはなく止まらない。


「おい!もう動くなって「わたしは、あなたにかんしゃ、しているのです」


なおも動く女神を無理やり止めようと晶が手を伸ばした時、晶の言葉を遮って女神が話し始める。


「もとより、わたしはもうすぐ、きえるはずでした。ですので、きに、しないでください」


女神は自分が消えることを知っていた。全ては最初から覚悟のことだったとそう語る。


「いま、あなたのうまれかわりの、せっていをおこないました。しれんを、のりこえたのです。らいせはあんぜんなくにの、おうぞくとして、うまれることが、できるでしょう。どうか、しあわせになって「いらねえ!」


「そんなもんいらねえよ!身分なんていらない!安全な場所じゃなくてもいい!俺は言ったじゃないかっ。お前が欲しいって!お前さえいれば他にはなにもいらないんだっ。約束はどうなったんだよっ!」

「…もうしわけ、ありません。やくそくは、まもれそうに、ありません」


女神は知らない。晶が自身に向ける感情の強さを。


ーーーーーーーーーーー

何もなかった。両親はおらず子供の頃にいた場所は決して居心地のいいものではなかった。友も家族もいなかった。

何も成せなかった。大人になってもそれは変わらず中学卒業後仕事をして、問題を起こすこともなくやってきたが、誰かに誇れるようなことはなにも無かった。

そして空っぽのまま死にたどり着いた先には他人から見た自分のような人形のように空っぽの人々。そこにいるのが嫌になって逃げた果てに彼女に出会った。一目惚れだった。今まで誰かを好きになったことがない自分が?そんな馬鹿な。と初めは不安からくるものだとながしていた。

試練の間に募らせた女神への不満も再び女神にあった時、恥ずかしがるような彼女の姿を見て途端に彼女へのマイナスの感情が反転した。

それから彼女と闘い同じ時間を過ごしてその想いは強くなり、彼女の話を聞いてからはより一層強くなった。

他人にはわからないだろう。殺し合いながら相手を好きになるやつの気持ちは。本当に他人の気持ちを理解できるのは同じ体験をした事があるやるだけだ。文句があるのなら極限の孤独を体験してから言えと言いたい。

以前耳にした事があるストックホルム症候群かもしれないが、でもそんなものは知った事ではない。

初めて誰かを好きになったんだ。好きな人一人救えないのなら力なんて手に入れた意味がない。助けてみせる。

絶対にこんなところで終わりになんかしない。


ーーーーーーーーーーー

「あなたは、なにをして、いるのですか。そんなことを、すればどうなるか、わか「うるさいっ!このまま終わらせるつもりなんかないからなっ!」


晶が転生するための作業は全て終わったのか、今まで動いていた女神の手は止まっていた。だが代わりに晶の手が片時も止まることなく動き続けている。

女神が生きるのにエネルギーが足りないというのなら自分のものを分ければいい。もともと自分の中にあるエネルギーの一部は女神のものなのだから。

そう考えた晶は自身と同化しながらも完全には馴染みきっていない部分を女神に移そうとしていた。

だが、馴染みきっていないとはいえ既にそのエネルギーは自身と同化している。未だ神の力を使うことに慣れていない晶がそんなことをすれば良くて力の減少。最悪魂の崩壊を招くことになるだろう。

晶にもそれはわかっている。作業を進めていくたびに己の内側が軋むような感覚が晶を襲っていた。しかし晶が止まることはない。


「まちなさい!このままではほんとうにしんでしまいますよ!」


晶の作業のおかげで幾分かまともに動くことができるようになった女神がその声を荒げて晶を制止する。


(どうする?このままじゃこいつの崩壊は食い止められない。俺の全魔力を与えたとしてもほんの少し先延ばしになるだけでそう長くは生きられない。それにそんなことをすれば俺も死んで結局は共倒れだ。それじゃあ意味がない)


しかし晶は女神の制止を聞かずに最善を尽くすべく必死になって考える。


「そんなことをしてしねば|うまれかわること(・・・・・・・・)すらできなくなってしまうのです!だから!」


女神がそこまでいうとどうすればいいのか思案していた晶は、バッと女神の方を振り向く。

そんな晶の様子を見てこれならば思いとどまってくれる。と喜びながらs言葉を重ねる。


「今のあなたは私にちからを送るために私とつながっているじょうたいです。なのでそのまま死んでしまえば私が消えるのにあわせてあなたの魂もいっしょにきえてしまうでしょう。ですのでそんなことはやめなさい。私はのうじゅうぶんに満足したのですから」


そう女神が告げるが晶はもう聞いていない。再び自身の思考渦へと戻っていった。


(魔力を送って回復させるために俺の魂と女神の核を繋げたが、このままでは女神が消えると俺も消える?……なら、その繋がりをもっと強くしたらどうなる?例えば俺たちの存在を混ぜてその境を曖昧にする。そうしたら俺が生まれ変わる時にんじゃないか?)


そこまで考えて晶は再び地面に倒れ伏している女神の姿を見た。女神は晶を止めようと今もなお必死に言葉を尽くしているが晶はその全てを聞き流している。

晶は女神の状態を確かめて己の考えたことを実行できるかを思案した後、ニヤリと笑って今まで行なっていた魔法を止る。

晶が笑ったことに嫌な予感がした女神だったが、魔法を解除した姿を見て安堵する。が、直後自身の考えが間違っていたことを理解することになった。

晶が新たに魔法を発動したのだ。その効果は自身と女神の不完全な融合。女神が本来の状態であればそんなことできはしないが今は死にかけている上、晶と女神の間には繋がりがある。なので女神はろくに抵抗もできないまま晶の魔法を受けてしまう。


「悪いな。お前は望まないかもしれないけど、それでも俺はお前に生きて欲しいんだ」


女神が文句を言うより早く晶が語りかける。


「これで俺たちはお前が消えるより早く人間に生まれ変わることができる。そうなったら今度こそお前を手に入れてみせる」


そう言い切るや否や晶は忙しなく動かしていた手を止め、女神と向かい合うように体を動かした。どうやら魔法は完成し発動されたようだ。

それを苦々しく思いながら、一言言ってやらなければ気が済まないとばかりに口を開く。


「ーーそんなことが、本当にできるとお思いですか?」

「できるさ。なにせ俺は神を倒した男だぞ」


間髪入れずに返されるその言葉に女神は何も言えなくなった。言いたいことはあるはずなのに、そのどれもが口から出てこない。女神は口を開いては閉じ、また開くと言うことを何度も繰り返している。その姿を見た晶はクッと笑っている。



「俺の方が早いみたいだな。先に生まれ変わって待ってるぞ」


無言のまま2人が向かい合っていると晶の体が手足の先から崩れて光の粒になっていった。

その範囲は徐々に体の中心へと広がっていき、最後にはそこに何もなかったかのように晶の存在は消えてしまった。


「……勝手な…人ですね」


消えた晶のいた場所を見て一人、ポツリと呟く。

思い出されるのは消えるその瞬間まで笑っていた青年の笑顔。

動くようになった体を起こし、自身の掌を見つめる。何を思ったのか。女神がその手を握りしめると彼女の体も晶と同じように光へと変わっていく。

晶のいた場所を再び見つめた後、目を瞑り


「また、お会いしましょう。ーー今度こそ……きっと」


そして彼女もまた、笑いながら消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る