第7話兎の次
四度目の死から目を覚ました晶は叫ぶわけでもなくただ体を起こした。
「……躊躇うなってことかよ」
そう、殺すことを躊躇ってはならない。
ここは既に平和で生命の危機から遠かった日本ではないのだから。
晶の現在いるこの場では、というよりこれから向かう世界では生命の危機などすぐそばにある。可哀想だなんて言って迷いを見せればすぐに死んでしまう。故に、他者を殺す必要があるなら迷ってはいけない。迷った分だけ自身や他の誰かが危険になるのだから。
ポコンッ♪
座ったまま自身の手の平を見つめていた晶は、最早お馴染みとなった敵の出現の音を聞くなり即座に立ち上がり警戒態勢をとる。
ウサギは警戒態勢をとる晶の前に進み、晶の頭に向かって跳んだ。
しかし、晶とてウサギへの対応の仕方は既に把握している。
跳んできたウサギを避け反転。晶は再びウサギを捕まえる事に成功した。
だが、問題はここからだ。前回はウサギを捕らえているその両の手に力を込めることはできなかったが、はたして今回は…
「――悪いな。お前を、殺す」
まるで、そうしなければならないと自分に言い聞かせるかのように小さく呟き、晶は自身の手に力を込め
「……案外、達成感とか喜びとか無いもんなんだな」
晶はその場に座り込むと今しがた命を奪った両の手を見つめる。はたして何を思ったのか、両手を握りしめるとゆっくりと立ち上がった。
ポコンッ♪
まるで晶が心の整理をつけたのを見計らったかのように次の敵の出現を知らせる音が鳴る。
シルエットだけを見れば人間の子供に見えそうな見た目をしているが、それを人間と間違えることはないだろう。
ところどころが硬質化しくすんでいる苔色の皮膚。額から小さな角を生やし赤い眼をしており、人間が狂ったらこんな表情をするのだろうという状態で固定された醜悪な顔。
そんな生物が刃毀れした剣を持って現れた。
「ふぅ。次はゴブリン、か?」
晶は己の知識から目の前の敵に対しそう判断する。
判断の基準とした知識とは、ゲームやラノベから得たものだがそれほど間違ってはいない、もしくは意外と役に立つのではないかと晶は考えている。なにせ晶自身が現在不思議なことを体験しているのだから他にも似たような経験をしている者がいて、それを売り物にしていてもおかしくはないからだ。
「…つーか向こうだけ武器ありってズルくないか?」
刃毀れしているとはいえ敵は剣を持っているのに対し晶は何も持っていない。素手で挑むしかないが、つい先程まで他者の命を奪う事を迷ってた者がいきなり凶器を持った相手と殺し合いをしろというのはなかなかに難しい。
――◼️◼️◼️◼️◼️
「うおっばああぁぁぁ」
結果、奇声をあげながら剣を振り回し獲物を追う者と、同じく奇声をあげながら無様に逃げ回る者が生まれた。
(くそっ、逃げ回ってるだけじゃどうしようもねぇ。どっちが先に動けなくなるか根競べなんかしたら負ける自信があんぞ!)
それは晶に限らず現代日本の若者の大半がそうだろう。学生時代は多少の運動はするだろうが、社会に出てからまともに身体を鍛える者がどれほどいるものか。そして現在は凶器を持った化け物に襲われている。そんな状況では精神に負荷がかかり早々に体力が尽きてしまうだろう。
(どうする?石を拾って投げたところで大して意味があるとは思えない。罠にはめればなんとかなるだろうが、そもそも罠を作る余裕なんかない。そうすっと後は…)
晶はチラリと自身を追いかけてくる怪物に目を向ける。
(…近づいて剣を奪うしかないか。でも出来るか?まともに喧嘩したこともないんだぞ?)
考え事をしているうちにだいぶ距離を詰められたようで、このまま走っていてもいずれは追いつかれて殺されるだろうことは明白だ。
そんな事は晶にもわかっているのだろう。晶は走りながら上着の脱ぎ自身の左腕に巻きつけていく。だがそんなことをすれば当然ながら走る速度は落ちていく。
腕に上着を巻きつけた後再び後ろを向くが、晶の視界に映るのは自身に振り下ろされる剣。
「ぅおわっ!」
命からがら。間一髪といったところで体を前方へと投げ出すことで剣を避けることができた晶だが、そこで足が止まってしまった。
「チッ、クソがっ!きやがれ!」
態勢を立て直し切れず膝立ちの晶に向かって再びゴブリンが剣を振り上げながら走っていく。
そして、両者の距離はなくなりゴブリンの剣が振り下ろされる。
「っぐううぅ!――ぅううらあああぁ!」
――が、晶は上着を巻きつけた腕を盾にしてゴブリンの剣を受け止める。今まで逃げ回っていた獲物がまともに受け止めるとは思っていなかったのかゴブリンの動きが止まってしまう。
その隙を見逃すはずがなく、晶は剣を受け止めていない右手を使いゴブリンの顔に全力の拳を叩き込む。
――◼️◼️◼️◼️◼️
無防備に拳を喰らったゴブリンは派手に吹き飛んでいく。ゴブリンの手から剣が離れ晶の近くに落ちるが、晶はまるで飛びかかるかのように剣を手に取る。
そのまま、倒れているゴブリンのもとへ駆け寄ると、起き上がろうとしていたゴブリンの頭を蹴って再び地面に横たわらせる。
晶は手に持っていた剣を逆手で持って構えると
「ウオオォォォ!」
――◼️◼️◼️◼️◼️
振り下ろされた剣がゴブリンの腹に突き立つと、ゴブリンは手足を振り回し暴れだす。――が次第にその力も弱くなっていき、遂には動かなくなった。
ゴブリンが死んだことを確認すると、晶は抜けないようにと抑えていた剣から手を離しよろめきながら後ろに下がり力が抜けるように座り込んだ。
「――ふぅぅ。なんとか、なったか…」
晶は深くため息を吐くとゴブリンの次第を見つめる。
(人間に似た見た目をしてたから、何か思うことがあるかと思ったんだが…)
普通、人間社会で生きてきたのなら生物を殺す事はもとより、同族である人間を殺す事に嫌悪感を抱くだろう。人間ではなく人間に似た生物だったとしても何かを思うだろうはずだ。だが晶にはそんな感情は一切起こらず、ただ己が殺したゴブリンを眺めていた。
ポコンッ♪
晶の後方から敵の出現の音が鳴る。
晶は素早く立ち上がりゴブリンの腹に刺さったままの剣を引き抜く。剣を抜くときに感じた、ぐにゅっとした感触に顔をしかめるが、それに構わず背後にいた敵を確認するために反転する。
「――またお前かよ」
晶の次なる敵として現れたのは、ゴブリンだった。苔色の肌をし額に小さな角を生やし赤い眼をした醜悪な顔の怪物がそこに立っていた。
「今倒したばっかりだろうが!」
新たに現れたゴブリンは見た目こそ先程と変わらないが、その手に持っているものが違う。先ほどのが『剣』で今回のは『杖』。そして、ファンタジー世界においての杖の使い方といえば…
――●●●●●●
ゴブリンは杖を構えながらよくわからない言葉を発し、それに伴い晶は目の前のゴブリンからなんとも言い難い圧力を感じていた。
――●●●
「くそっ!これが魔法か!?使われる前に止めないと!」
目の前の敵から発せられる圧力に危機感を抱いた晶は多少の無茶は自覚しつつも魔法の発動を止めるべく剣を構えゴブリンに向かって走っていく。
しかし、そう判断するには少し遅かった。
最初にゴブリンが現れた瞬間に駆け出していれば、或いは持ち慣れぬ剣を捨てて全力で走っていれば間に合ったかもしれない。晶が剣を振りかぶりあと少しで届くところで、ゴブリンの持つ杖から視界を埋め尽くす程の炎が噴き出した。
「うわああああ!あつっ、あつい!あつい!」
晶の体は炎に包まれる。
炎を消すために意識してかそれとも無意識なのか、晶は地面を転がり回る。――が、一向に火は消えない。それどころかゴブリンの持つ杖からなおも炎が噴き出し続け、晶を包む炎の勢いは強くなる一方だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……」
悲鳴を上げ続けて転がり回るっていた晶だったが次第に動きも声も弱々しくなっていき、炎が消えた時には黒い塊なって何度目かの死を迎えた。
「ああああああっ!」
今まで同様怪我の一つもなく復活したのだが、目が醒めるなり晶は叫び始めた。
「あついあついあついっ!ぅああああ!」
いまだに炎に包まれていると錯覚しているようで、叫びながら地面を転がり続ける
「あああっ!…あ?……熱くない?」
しばらく転がってやっと気付いたようで転がるのをやめてゆっくりと体を起こす。
「――死んで復活したのか」
自分の体を調べてもう燃えていない事を確認すると状況を理解すると、安堵感から大きく息を吐いた。
「ふうぅ。あれが魔法かぁ。発動するまで時間があったし次は大丈夫だ。ちゃんとやぶ」
そして晶はなにが起こったのか理解できないうちに再び死んだ。
「っなんだ!なにがっ!」
気付いたら地面に横たわっていた晶は目が醒めるとすぐさま跳ね起き周囲を見回す。
「――そうか、そういえば試練中だったな」
前回は炎で焼け死んだ時の恐怖と混乱で周りをよく見ていなかった事を思い出した晶は、自分が気づかないうちに近づかれて殺されたのだろうとあたりをつける。実際その通りであったが、晶の予想と違う事もあった。
ポコンッ♪
「っし!今度こそ倒して……や、る?」
白い毛玉がいた。
それは晶が思っていたような二足歩行の怪物ではなく、白い体毛に包まれ頭部に角を生やした全体的に丸いフォルムをした生き物だ。
そう、それはまさしく晶が何度も戦ったウサギだった。
「なんでだぁぁぁぁぁ!何でお前が出てくんだよ!死んだはずだろ!」
晶と戦ったウサギは確かに死んだ。でなければ次の相手であるゴブリンが出てくるはずがないのだから。
この状況を表すいい言葉がある。『振り出しに戻る』だ。
「くそっ!女神様!これどうなったんだっ!倒したやつが復活してんぞ!なあ聞いてないのかよ!」
一度倒したはずの敵が再び現れた事に混乱した晶は「何かあれば呼んでください」と言い残した女神を呼ぶべく空に向かって大声で叫ぶが、何の変化もない。
当然だ。女神を呼ぶにはちゃんと呼ぶ方法がある。だがそんな事を知らない晶はただ叫んで語りかけることしかできなかった。
何かあったら呼べと言ったのに肝心の呼ぶ方法を伝えなかった理由はただ単に女神が伝え忘れただけだった。そこに悪意や思惑などはなく、女神のうっかりでしかなかった。あの凛々しい姿に如何にもできる女という雰囲気からは想像がつかないミス、はたから見ればそのギャップに萌える者もいるだろう。……実際に被害のある晶からすればたまった者ではないだろうが。
「なんだよあの女神っ!呼べって言っといてなんの反応もなしかよ!ふざげぶぅ」
目の前に敵がいた事を忘れて騒ぎまくっていた晶は格好の獲物でしかなく、またもやウサギの突進の餌食となった。
「………」
目を覚ました晶は地面に横になったまま空を眺め、徐ろに体を起こし立ち上がると
「ぅああああああああぁぁぁぁ!」
思い切り叫んだ。
「よっし!何回だってやってやらあ!見てろよ女神!試練をクリアしたら覚悟しどぉ」
自身の叫び声の所為で敵の出現の音が聞こえなかったらしい。
晶の頭には白く大きな毛玉が突き刺さっており、ふたたび『振り出しに戻る』こととなった。
「何回だってやってやらあ!見てろよ女神!試練をクリアしたら覚悟しとけっ!」
先程のことはなかった事にしたいらしい晶は目が醒めるなり立ち上がり天に向かって叫ぶ。
ポコンッ♪
敵の出現を報せる音が鳴り、もう先程のようなのバカはしないとすぐさま戦う準備をしウサギに向き合い試練に挑んだ。
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