第51話 茜に染まる
美春にいろいろ教えてもらったかいもあってか、その後の追試はなんとかクリアと言う形で終わった。
回避できるはずのものを回避できなかったぶん、精神的負荷がかかっているのが現状だ。
とはいえ、やはり終わったことによる開放感。それを味わわずにはいられなかった。
酒、飲まずにはいられないッ!!
※未成年の飲酒はやめましょう
と言った感じで、さあ今日から旧部室棟にお邪魔できるかと思っていたが、帰りのSHR後に職員室から呼び出しがかかった。
どうやら、特監生全員呼び出しみたいだが...俺ぇ、また何かやっちゃいました?
放送の後、のんびり歩いて職員室内のちはや城に行くと、俺以外のメンバーが全員そろっていた。どうやら俺がビリみたいだ。
「おそいぞ須波」
「寄り道してないんすけどね。それより、みんな呼び出すってことは、重大な話すか?」
「まあそうせっせかするな。...ほれ、こいつ」
ちはやちゃんの隣にあたかも補佐官のように立っていた陽太からなにやら色々紙が入ってるような封筒を手渡された。中はまだ開いていない。
他の人を見てみると、俺同様に封筒を配られてたみたいだ。
「これは?」
「ちはやちゃん、お願い」
「ああ。...ま、簡単に言うと、工事は終わったから即日から利用できるぞということだ」
「ほぅ...。それで、この封筒は?」
「ちょっと特監生の仕組みが変わってだな。それにまつわる資料がその中に入ってる。ちょうどいいから、今開けてみろ」
「はぁ...」
促されるままに俺たちは封筒を開ける。そのまま中から紙を取り出す。
「んなになに...? ...えっ」
書かれていた内容をさらっとたて読みして、思わず二度見した。
「はぁ!?」
驚くのも無理も無い。書いてあった内容はいたって簡単だった。
『旧部室棟を工事、寮へと改良した後、特監生の生活拠点を移動することへの承認書』
つまり、あの建物は特監生専用の寮へとビフォーアフターしたのだった。
「いやぁ、前々からそういう話してたんだろ? 女子とか特に。向洋から聞いてたけど、この間止まったとき、結構楽しんでたそうじゃないか。そういう話には昔からなってたんだけどな、ちょうどいい時期で舞い込んできたわけだ。人数も増えたしな」
「いやっ、でも!」
「上からOKが出てんだ。責任も上が取ってくれるだろ」
「無責任だな!」
「まあ声を荒げんな。どうせ否定意見なんて出ないし、出たところでもう変えは聞かないんだから」
ちはやちゃんは取り乱す俺に動じることなく答える。一回一回の答えがカンペでも読んでいるかのように適格だった。
「てか、てかさ! みんなはどうなの!?」
俺一人で戦うことが出来ないとなった以上、必要なのは周りの賛同だ。俺は陽太を除くこの場にいる生徒に賛同を求める。
「そもそも僕、寮生ですし、それに、寮費も安くなるそうなんで拒む理由が無いんですけど...」
「あっ、そうか...」
戸坂にはいよいよ拒む理由がなさそうだ。
しかし引き下がれまいと、今度は秋乃のほうを向く。
「私はこっちのほうがいいですよ。伸び伸びと過ごせますし。もうここまでくれば社会の目なんてどうでもいいですね」
「いいのか? それに、親の同位がいるんだぞ?」
「私の親は別に厳しくないですし、それどころか私の意見なら犯罪に触れない限りは聞いてくれる、あまちゃんな両親なんですよ?」
「だめだこりゃ...」
そして何よりもまずいのが、秋乃が特監生として馴染んでいること。これは重大な問題ですよ。
仕方が無いので最後の砦。神様仏様我らが古市様の意見を聞くほか無い。
「古市は! 古市はどうなんだ!?」
「私、かぁ...」
古市は少し困ったように紙をもう一度眺めて、申し訳なさそうに笑った。
「うーん、私も賛成かな。それに、私の親は放任主義だし、私のしたいようにさせてくれる、多分」
「...そうか。まともなのは僕だけか!?」
ヒステリック気味に叫んで、俺は全てを諦めた。
どのみちこのメンバー、逃げることは出来なさそうだし。
ちはやちゃんはふぅと息を吐いて首を鳴らした。
「まあまあ、落ち着け小僧。私も住むことになってるんだから」
「...はぁ、分かりました。それで、利用は明日からですか?」
今日は金曜日。明日には荷物搬送の余裕があるので明日から住むことは出来るだろうけど。
「来週の月曜にはもう機能できるようにして欲しいと上から言われてる。それに会うように準備をして欲しい。部屋のほうは後で見てくれればいい」
「分かりました。...あれ、でも」
ここで俺はあることに気づいた。
自分の生活用品を運ぶのはいい。けれど、それじゃ各部屋にばらつきが出たりしないだろうか。
それに、家電など、どうなっているのか気になる。そんなお金がこの施設にあるのか?
そんな俺の疑問を口に出したのは戸坂だった。
「自分、寮生で、家からも長い休み以外帰ってくるなと言われてるんですけど...部屋に何がおいてあるか教えてもらえますか?」
おっと、ナイスだ戸坂。
その発言を聞いて、ずいっと前に出てきたのは陽太だった。
うわぁ...ドヤ顔してる。絶対何かあったなこいつ。
「ふっふん、聞いて驚くな」
「おどろかねえよ。さっさと言え」
「連れないなぁ...。まあいい。それで? 部屋に何があるかって?」
「はい」
「安心しな、各部屋にベッドとテレビと空調と、それと学習机か。ちゃんと揃えてあるぜ」
「...まじ?」
流石に驚かずにはいられなかった。
そんな豪華な寮があっていいのか...? 一般寮どうなのか知らないけど。
「まじまじ。んでもって俺の自作だ。ずっと工房に篭ってたのはそれ」
「確かにテレビがいくつもおいてあったな...」
ということは、あの頃から寮計画はすでに進行中だったというわけか。つくづく末恐ろしい話だ。
「残念ながら洗濯機、冷蔵庫、ここら辺は共用。ま、そこはおいおい話し合いで決めるとしましょうか。とりあえずは以上。不満は?」
「ないだろここまでありゃ...」
どこまでもその才能に驚かされる。こいつは絶対、将来なにかやらかす気しかしない。それがいい意味でか、悪い意味でかはさておき。
これ以上はなすことがなくなったのか、ちはやちゃんはパンと手を鳴らして立ち上がった。
「はい、これで私の話は終わり。後は建物に行くなり帰るなりお好きに。ま、見てたほうがいいんじゃない?」
いかにも他人事のように言葉を吐き捨てて、ちはやちゃんは職員室の奥のほうへと消えていった。...というか、自分も住むことになる場所のことの割には、楽観的過ぎるでしょ。
「...じゃ、どうします?」
静寂が生まれる間もなく、秋乃が質問を投げかける。
俺たちの答えは、場所を移動しようというもの、一つだけだった。
---
そこはもう、完全に別の建物だった。
外見はほとんどと言っていいほど変わってなかった。壁の補強も無いあたり、本気で改修したのか気になるラインだ。
でも、中に入ってみると大きく変わっていた。
まず、俺達がいつも集合していた部屋は壁が広げられ、さもダイニングキッチンのような姿になっていた。
シャワーの存在していた部屋は一戸建てについているような風呂みたいに変わっており、更衣室には洗濯機が置かれていた。一般家庭の洗面所をイメージするとわかりやすいだろう。
2階に存在していた6つの部屋は、それぞれ均一な個人部屋になっていた。この部屋がこれから自分たちの過ごす場所になるんだと想像すると、期待せずに入られなかった。
一通り建物紹介を陽太からされた後、俺たちはダイニングと化した部屋に集合していた。これまでコタツ机だったのがテーブルと椅子に変わっているのが違和感でしかない。
慣れない椅子の感触に俺は若干困惑を抱きながら席に着いた。
各々が座ったあたりで会議が始まる。
「というわけで、これが新しい建物。どうだった?」
「いやいや、ここまで改造されてるなんて知らないですよ! あんな短い時間でどうやってやったんですか!?」
「元々計画はされてたし、俺もそれに準じて動いてたからな。下水工事とかは流石に業者に任せたけど、家具の大本は俺の自作。どう? 使えそうっしょ?」
「あれなら、全然持つと思う」
「だろ?」
自分の頑張りが認められたのが嬉しかったのか、陽太は鼻を掻く。
「...まあ、ここが生活拠点になったのはいいとして...。でも、生活様式は大きく変わるよな。家事担当? なるものを決めないと」
「それはありますね...。食事、洗濯、掃除、その他色々...。当番表が必要ですね」
「確かにそうだ...。...ん? まて戸坂」
「はい?」
「当番表って言ったよな?」
「ええ。あのくるくる入れ替えるやつですけど...」
食事、料理、交代制、メンバー...。
こいつらを連想したとき、背中にぞくっと冷や汗が流れた。
...この中に一人、地雷がいる...!
いや、一人じゃない...かも...。
「...戸坂、とりあえず食事の話は、月曜まで置いとこう」
「え? でも」
「戸坂...」
俺の制する目が効いたのか、戸坂はそれ以上何も言わなかった。
命の危機なんだ。分かってくれ...。
話が途切れたところで、陽太が咳払いをして話を戻した。
「まあ、誰がどうするかは知らんけど、とりあえず食費は共用だそうだ。毎月学校側から食費がここに支給される。それを上手くやりくりして一ヶ月過ごせということだ」
「外食とかは認められないのかな?」
「許可が出ればいいと思う。...けど、個人の小遣いは認められてるから、おそらくそれを使えと言われるな」
「ならよかった」
古市が何の心配をしていたか分かってしまったが黙っておく。
そのまま話も終わったので何よりだ。
「部屋割りのほうも、男女が離れるように設定しようか。男は獣。いつ女に手を出すか知らんからね。そんな危険な連中と隣りあわせとかまずいでしょ」
「おい、心外だな。俺の扱いそんなのでいいのか?」
「そうかそうか、悠君はそれ以前にヘタレでしたか」
「お前後で絶対泣かせるからな」
舐め腐った態度を取る陽太だったが、言ってることはごもっともだ。
変に建物を改造したぶん、部屋の配置もおかしなことになっている。
1階に3部屋、2階に3部屋、そういう風になってくれれば助かったのに。
しかし嘆いたところで現状は変わらないので、これからどうするかを考えることにする。
「...部屋、か。陽太、工房はどうするんだ?」
「ああ、あそこ? うーん、使うとは思うけど、この建物がもっと使われる以上、あまり下手には動けないからな。だから、工房自体を俺の部屋に取り入れるようにする」
「それってつまり?」
「俺の部屋を1階にすれば2階は2部屋あまる。それだけ離れときゃ十分でしょ」
「それでいいのか?」
「いいさ」
これも陽太なりの配慮かもしれない。それとも新手の距離のとり方かもしれない。
まあ、そんなこと、どうでもいいけれど。
「...それじゃ、当面の動きはみんな大丈夫かな?」
「まあ」
「問題ないですよ」
「うん」
「親に書類にはんこを押させて先生に出せばいいんですね?」
「ああ。土日みんながどうするかは知らないけど、一応俺はもうここに住むことにしたから、困ったらいつでもここに来ていいよ」
こういうとき、陽太のリーダシップは頼もしい。
俺もそれに従うことにしよう。
「じゃあ、解散?」
「...待って」
立ち上がろうとした陽太を古市が呼び止める。陽太は慌てて席に座った。
「はいはい、なんでしょうか?」
「ここの、名前」
「名前?」
「寮って言っても...一般寮混ざるから。名前を決めたいかなって」
あー、ということはあれだろうか。なんとか荘みたいな? 昔小説で読んだことあるけど。
でも、いざ名前を決める側になると時間がかかるものだ。興味が無い人は適当に決めたくなる。
陽太がノリノリで叫ぶ。
「かーも、がわっ、そーう!」
「お前どこ住んでんだよ...」
ローカルなネタを持ち出されても困る。ふざけないで進行してくれ。
俺はどうしようもなくため息をついて、窓から外を眺めた。
そこで目に入った光景に、俺は息を呑んだ。
そして、その言葉はしれっと口から出ていた。
「あかね...」
「ん?」
「あかねってのはどうだ? 茜」
「はぁ...。なるほど」
陽太はあごに手を当てて、考えるポーズに入った。他のメンバーもそれと似たような行動に入る。
けれど、返ってきた答えは揃ってイエスだった。
「いいですね。あかね。情熱的じゃないですか」
「...うん、いいんじゃないかな」
「じゃあ、あかね荘になるんですか?」
「そうなるな。...ま、悪くない」
満場一致で名前の案が通る。これで決定みたいだ。
そうして唐突に、ここでの、あかね荘での新しい生活が始まったのだった。
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