第45話 再出発
「...ん」
最悪の目覚め...ではなかった。
足の痛みこそまだ残っているが、変に疲れたせいか寝付くのは早かったらしい。
普段から健康を心がけた生活を送っているおかげか、起こせといわれてた朝の7時前にはしっかり目を覚ましていた。ははっ、うれしくない。
「...さてと」
横たわっていた身体を起こし軽く身体を伸ばす。そのまま軽くストレッチをしたあたりでばっちりと目が覚めた。
そのまま自分の部屋を出て、同フロア内で別の部屋を使用している古市を先に起こしに行くことにする。
しかしまあ、昨日は本当にどたばたした一日だった。今までの人生振り返っても、こんなに忙しかった日はそうは無いと思う。
それはいい意味で、心が休まらない日々だった。まるで、失った何かを取り戻すような感覚だった。
けれど、だからこそだろうか。
自分と向き合えば、自分の大きさを知る。
俺は、もはや何ももっていなかった。昔抱いていた好奇心も、チャレンジする精神も、誰かを好きになる感情でさえ。
そして昨日の陽太の言葉。
ありがたかった。きっと自分ひとりではこうなることも無かったから。
だからこそ、決めたことがある。
やり直すんだ。なくしてしまったものを、もう一度取り戻すために。
「...おーい」
古市が使用しているドアの前でそこはかとなく声を出してみる。が、届かず。
いっそ中で大声でも出してやろうかと思ったが、昨日の今日でそれはできない。
しかたなくドアをノックして声をかけてみることにする。
まずはコンコンコンとノックを3回。
そのまま声をかけてみる。今度は先ほどより大きく。
「おーい、朝だぞー」
...
数秒するとなにやら部屋のほうから音が聞こえてきた。おそらく起きたのだろう。
ならばここにもう用は無いと、俺は足早に1階へと下りていった。
---
ドンっ! ガチャ!
「朝だあーさーだー! YO!!!」
「うるせえええ!!」
俺は猛烈な勢いでドアを開け、そのまま陽太の耳元で大声でおはようコールを叫んだ。さっきの古市を起こしたときとはえらい違いだ。
「んで、目は覚めた?」
「あんなの食らって目が覚めないわけ無いだろ! しばくぞ!」
「朝からテンションが高いようで何より」
いつもと逆の立場に思わず吹いてしまう。起こされた陽太のほうはなおも不機嫌そうだ。こいつ朝弱いんだろうか。
「...んで、古市は起こしたのか?」
「さっき行った。アクションは合ったからじきに起きると思うんだけど」
「そうか。戸坂は?」
「...へ?」
「戸坂だよ。あいつも一応残ってんだけど?」
「いや、聞いてないんだけど...」
しかもずっといたとして、昨日あれだけの騒動があって起きなかったわけだから...。どんだけ深い眠りについてんだろうか。
「まあ、起こせといわれてないならそのままにしといてやるか。どうせ今日もここに残るしな、俺は」
「家帰らないのか?」
「んにゃ、日曜だから流石に帰る。けどまあ、昼ぐらいまでは残るつもり」
それを陽太が自分で決めれる状態にあることがおかしいんだけどな...。
というかそもそもここの管理権を陽太は持っているわけだが、どこまで幅が利くんだろうか。割と気になるところだ。
「ここの開放権とかお前が持ってるんだよな。学校が閉まってても開けれるのか?」
「一応鍵は持ってるからね。平日はちはやちゃんに委任してるけど休日は俺の意思で開け閉めできる。基本は開けてるかな」
「ほーん」
まあ、それを聞いたところで何かあるわけでもないんだが。
といったところで腹がぐぅと力なく鳴った。そういえば昨日そんなに食べて無かった気がする。
「...まあ、朝だもんな。そら腹が減っても仕方がないや」
「分かってるなら言うな」
腹が減ってるのを同情されるってのは結構きついことなんですよ...。頼むから声に出して言わないで欲しい。
「んじゃ、コンビニでも行きますか。こっからだとそう遠くは無いだろ」
「んまあ、いいけどさ」
幸いちゃんと手元に財布はある。...幸い?
俺は首を二度ほど鳴らして立ち上がった。
「それじゃ、のんびり行くとしますかね」
---
朝の外は心地よい風が吹いていた。
七時くらいではあるが日曜日。道行く人は大体これから出社だろう人くらいだ。
となれば、歩道を二人並んで歩くくらいには余裕がある。
「それで? 休日こっち泊まるってのはどうだった?」
「うん...まあ、悪くは無かったけど。ただなぁ...毎週したいかって言われたらそうでもないかな」
「悠は自分の布団じゃないと寝れないタイプだったっけ?」
「度が過ぎるわけじゃないけど確かにそうだな。けどまぁ、昨日は疲れたから問題は無かったけど」
「ましてやあんなことに」
「事故です」
故意でやったわけではないので事故と言い切れる。だからといって開き直るのも問題だが。
陽太は思い出して朗らかに笑い、少し歩くテンポを上げた。
やがて、さきほどより距離をとったあたりでぽつりと呟いた。
「...それで? 少しは目が覚めたか?」
「いや、とっくにばっちり冷めてるんだけど」
「そうじゃねえよ」
なおも笑っている陽太だったが、明らかにさっきとは様子が違った。
言葉にどこか重みを感じる。その場で流すような口調を多用する陽太がこうなるということは、何か重たい意味があるときだと俺は知っている。
それに気づいて俺は息を呑んだ。
「お前さ、結構無理してたろ。最近さ」
「仕事が多忙だったからか?」
「そういう物理的なことじゃない。精神的な話」
「無理してる、ねぇ...。正直どのことか分からんが...」
「自覚症状は無いんだな。ok」
何がokかは分からなかったが、少なくとも、もう陽太が笑っていないことは早々に気づけた。
「まあ、別に何かを強制するとか、そんな話じゃねえんだ。そう身構えんなよ」
「え? ああ」
どうやら今の一瞬で大分強張っていたらしい。俺の瞳の先には振り返ってこちらを見ている陽太の苦笑いが写っている。
「俺さ、ほら、不器用じゃん。だからさ、こんな風にしか言えないけど...。悠、ひょっとしてさ、自分には何も無いって思ってない?」
「なんでそんなこと」
「人の顔色、割と伺ってんだよ、俺。だからさ、お前の表情も、よく見てる」
それは、クラスで上手くやっている陽太だからこそ説得力のある言葉だった。
俺は図星するほかなかった。言ってることが全く持ってその通りだったのだから。
「みんなそれぞれ個性を発揮してああいった仕事をして、自分は何もできなかったって、そう思ってないか?」
「...仮にそうだとしたら、お前はどうするんだ」
「簡単な話だ。『うぬぼれんなバーカ』って言うに決まってるだろ」
そう言う陽太の表情はどこかすっきりしていた。言っている言葉と態度が違いすぎて混乱してしまう。
こいつは怒ってるんだろうか、それとも...。
「お前はさ、目に見えるもので自分の存在価値を判断してるんだよ。だから自分自身の価値が無いなんて思ってる。そうじゃねえよ、少なくともお前は。だからまあ...自信を持てとは言わねぇよ。ただせめて、虚無に支配されて生きるのはやめようぜ」
「...ああ。分かってる」
それはちはやちゃんにも言われたことだ。
それに、踏み出そうとする勇気は...少しはある。
「ただまぁ、それでもどうすればいいか分からないなら、助けてやるから、なんかやってみようぜ。中学のときのお前は、その意欲があったんだ」
「...そのことなんだけどさ」
俺は覚悟の丈を話すことにした。
「...小説活動をさ、再開してみようと思うんだ」
---
俺は中学生の頃、ネットで小説を書いていた。
最初はただの暇つぶし程度だったが、時が経つにつれてそれはだんだんと楽しさに変わっていっていた。
出版社契約とまではいかないが、サイトでなかなか高位な賞を受賞したこともある。これはちょっぴり自慢できるくらいだ。
でも、河佐の一件を期に、俺は小説活動をやめた。
楽しいと思っていた行為だったのに、気づけば楽しみの一つも見出せなくなっていた。
次に感性が消えた。だんだんと何を書いていいのか分からなくなっていった。
そうなれば、思ったとおりのものなんて書けない。
次第に手は止まり、最後に動かした手は、アカウントからログアウトするための手だった。
そうして今になった。
おそらく、あの頃のような作品はもう二度と書けないだろう。
ブランクもある。本を読むことはやめなかったが、語彙力もきっと落ちている。
それでも、あの頃のように意欲が残ってるのなら。
もう一度立ち上がってみるのも悪くないかもしれない。
---
「だからさ、もう一度頑張ってみようと思う」
「そーいやお前、本好きだったな。それが理由か」
「まあな。アカウント持ってたことは誰にも言わなかったけど」
陽太はあごに手を当てうーんと悩む仕草を見せた。
「うーん小説か...」
「問題が?」
「いーや、問題の有無じゃねえんだ。小説書くのを再開するってんなら俺は応援する。...ただ、目標は持ってないと駄目なんじゃないのか?」
「目標か...」
「例えば瀬野か。あいつは絵で大成しようとしてるんだろ? ただ好きで絵を描いてるのとは訳が違う。まあ、これは例外か。そもそも進路をそこに断定してるわけだし」
美春は美術科に所属している。目標は当然あるだろうが、ぱっと思いついたようなのとは訳が違う。
ましてや俺は普通科。言えばまだ将来何をしようかすら決めれてないような存在だ。
かといって、将来小説家を目指しているかといわれればおそらく違う。
...ならば、身近なものでいいんじゃないだろうか。
「とりあえず、もう一度何か賞に応募するってのはどうだ?」
「それは昔と同じくらいのレベルのか?」
「そうだな...」
復帰してすぐなら、そこが目標でもいいかもしれない。
けど、そうじゃないんだろ?
俺は、変わりたいと、もっと上を目指したくて再開しようとしてる。
なら、過去と同位を目指すだけでは変われない。
目指すべきは、もっとその先。
「もっと上だな。過去と同じを目指してたんじゃ、一向に変われないままだ」
「なら、どうするよ? 出版社契約まで狙うか?」
陽太は少し挑発気味な態度を取るが、頭にはこなかった。
こいつは、ちゃんと俺のことを考えてこれを言ってる。長年の付き合いだから分かることだ。
「そうだな。...将来小説家を目指してるわけじゃないにしろ、そこくらい目標は高いほうがいい」
けれど、俺はそう言いながらどこか違和感を抱いていた。
『本当に、それでいいのだろうか』
小説で金を稼ごうという目算もない。それなのに、そこがゴールでいいんだろうか?
そもそも、俺が小説を書いてた理由は...。
そうだ。
本質が違う。
自分が楽しむために小説を書いてたんだ。
なら、その上を目指せばいい。
「...やっぱり違うわ。陽太」
「あん?」
「俺が目指すべきもの」
「じゃあなんだ?」
今度の言葉は躊躇いなく現われた。多分これが正解だ。
「自分だけで楽しんでいた小説。...なら今度は、誰かに楽しんでもらうために書く。当然、自分も楽しんだ上で。それを、目に見える形にするのが目標だ」
「...んと、要約すると、史上最高の小説を書くってことか?」
「ずいぶん飛躍した要約だな...。けど、あながち間違っちゃいないか」
認められる作品というのは、きっとそういうものだから。
俺はうんと頷いて気持ちを再確認した。
「んじゃ、お前がそれに打ち込めるような環境づくりを俺は目指すよ」
「いいのか?」
「いいもなにも、俺が施設長だ。邪魔はさせねえよ。ちはやちゃんも納得するだろうし」
陽太は頼もしいことを言い切ってくれた。実際何をしてくれるのか分からないが、後ろ盾になってくれてること、それ自体が力になる。
...最近ちはやちゃん影薄いなぁ...。
「っと、ついたついた。入ろうぜ~」
陽太はそれっきり何事も無かったようにコンビニの中に入っていく。
その背中は、あの日劣等感を抱いたときとなんら変わりなく大きく感じたが、今なら少しは追いつける気がした。
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