第15話 幼き日の青


部屋に戻ると、いつものように二人が各々の作業を行っていた。

ただ、俺が入るなり二人ともこちらに体を向けた。

古市は俺の手に持っている袋をみるなり「あぁ...」と声をこぼした。

いや、溜息こぼしたいの俺なんだよ。毎度毎度酒持たされてさぁ。これで他の先生に見られたらどうすんの?


陽太は別に興味がなさそうに自分の手元にあるものを弄り出す。...ん?何作ってんだ?


少し気になったがそれまでで、俺はガチャガチャと音を立てながらいつものように冷蔵庫に酒を突っ込んだ。


そして、作業を終え、手を止めたところで雰囲気がいつも通りであることに違和感を覚え、ん?と唸った。


この間あれだけのことがあった割には古市の態度が変わっていない。俺に興味が無いっていうのはいいとして、もしそうだったらもっと俺を複雑な目で見てもいいとは思うが。


...まあ、様子を見る限り陽太と古市が話したって感じもなさそうだし...。うん、なんだろうか。少し怖がってた俺が馬鹿みたいだ。


しかし、先程のちはやちゃんの言葉を思い出す。


『君の心はあまりにも素直すぎる。...いや、素直というよりかは単純だ。安直だ。きっと君は、...いや、答えを教えてしまっては特監生の意味がないな。』



俺の問題性は俺が思っている以上に深刻なようで、かと言ってそれを考えるために縮こまってオドオドするのも良くない。

言われたことの筋は通ってると分かっているのだが、どうも難しい。


...ただ、一つだけ見いだせたことがあるとすれば、それはきっと無闇矢鱈と口走らない事だろう。



だから俺はもう敢えて何も言わない。そうして2人に紛れて自分のやりたいことを始めた。




そうなってしまえば早いもので、気づけば辺りは暗く、下校時間となっていた。

旧部室棟の外からちはやちゃんの下校を催促する声が聞こえてくる。俺はそれに促されるままに外に出て、校門を目指した。


その間の3人には言葉はなく、あってもただ、また明日、という極めて業務的なものばかり。


まあ、これでいいんだろう。いくら友人と言えど適度な距離というものもある。少なくとも常日頃から引っ付いて、お互いにバカやるだけがいい友人関係ではないからな。



そうして校門へ、そこから家へと俺は足を進めていく。

そんな中で、ふと目の前を歩く古市の様子が気になった。

別に体調が悪そうだとか、気分が悪そうだとかそういうのではない。ただいえることがあるとすれば、どこか後ろを振り向くことが多いということだ。


それが何かは俺はもちろん知らない。別に知ろうとも思わない。...いや、少しは思ったかもしれないが、今日のちはやちゃんの言葉でそういう行動に対する認識が少なくとも俺の中では変わったので、やはり何も思わないことにする。


それ以上に、これ以上声をかける必要もない。

「じゃあな。」とだけ声をかけて俺は古市の横を通り過ぎ、真っ直ぐ家へと向かった。




---



また今日も変わらない一日が始まる。

陽だまりは暖かく、眠気は高く、しっかり眠って起こされて怒られて、これだから春はと自分を正当化する。


そして、毎日にそんなに価値を見出していないなら放課後も変わらないだろう。

...と思っていたがやはりこちらは別だ。

毎日毎日どこかでおかしなことが起こる。最も、それがもう当たり前になってきてしまっている気もするけど。


今日も陽太が一番、俺が二番目に部屋に入る。しかし今日の陽太はどうしたのか、工具を入れるようなものじゃない、大きなバッグを持ってきていた。というあたりから、今日は工学的なことはしないのかなと自分の中で納得する。



「なあ、悠。最近暇じゃないか?」

俺が一瞬呆けていると、陽太が他愛のない話を始めてきた。


「なんですかいな急に。...まあ、最近どころか結構前から暇な日々は続いてるけど。」

「というわけでですね、私は遊びたいんですよ。」

「はいはい。...あ、俺に参加しろって?」

「そりゃあ、そうじゃなきゃこうやって会話しないでしょう。」

「えぇ...知ってた。」


どうやら100%巻き込まれるなと確信した俺は一つ息を吐いて陽太の手元にあるバッグに目をやった。

いったい何が入っているんだろうと考察する前から、陽太はそのバッグを机の上に置き、チャックを開いた。


「なんなんだ、それは?」

「俺の遊び人キットと言ったところですかね。割といろんなもの入れてるぞ。一人用の携帯ゲーム機は大体入ってるし、二人以上ならアナログゲームが多いな。トランプ、UNO、人生ゲームとかなんなら麻雀まで打てるぞ。」

「ほーん...。花札とゲームボーイアドバンスは入ってるか?」

「コンボが異色だな...。花札はある。ゲームボーイアドバンスはどうだったかなぁ...。いや、あるある。んで、白黒の初代ゲームボーイがないんだな。」

一応気買い物が入っている以上乱雑には扱えないということで、いちいち手探りしながら陽太はその中身を確認した。


というか、流石はリサイクルショップの息子。ちゃーんとゲームボーイアドバンス持ってるのね。ついでに言うと俺も持っている。何を思い立ったか無くなる前ぎりぎりで買った覚えがあるし。


「あるのかアドバンス。お前なにやってた?ゲーム。結構本数出たろ、アドバンスのソフト。」

「いやぁ?そんなあったかなぁ...。というか、うちに売りに来るのは大体が本体なモンだからソフトはあまり揃えてないのよ。カセットポーチもバッグの中入ってるけどせいぜい10個ぐらい。」

「まじかよ...。」

アドバンスの存在がどんどん薄れていっていることを知った俺は軽くショックを受けた。仕方ない、思い出の品なんだから。


因みになにをおもにやったかと聞かれればポケモンとパワポケと俺は答える。エメラルド、ポケ6、あれが俺の幼少期の青春といっても過言ではない。第三世代は後にリメイクが来たけどエメラルドという観点ではリメイクはなし、ポケ6にいたってはガキの頃ショック受けたよ、内容にさ。あれ、話が重たいのよ。ついでに言うとそこから14まで全部の作品やってみたけどやっぱり6なんだよ。10以降は変な実況着いたし。


さて、話がそれてしまったな。

「...んで、遊ぶってったって何するのさ。それに、こんなお年頃なわけだし、しょーもないものはごめんだぞ?」

「それなんだよなぁ...。童心に帰って遊ぶってのも問題児対問題児じゃまともにはならないだろ。知らんけど。」

陽太はこめかみに手を当てうーんと悩む。

...いや待て、とんでもない偏見なかったか?


そんなことはとりあえずどうでもいいが、何をすれば楽しく遊べるか、そう考えたときに出てきた答えは一つだった。

人間は見返りをほしがる。その性質を利用すればいいのだ。


「なら、賭けて勝負するのはどうだ?毎日毎日。小さなものから大きなものまで、なんでもいい。実際この前ゲーセンで秋乃と遊んだときも使用した金を賭けたしな。」

「なるほど、それはありだな。...あ、今ゲーセンって言ったか?」

陽太は何かを思い出したのか、あっ、と声をあげた。

ついでに言うと俺もこいつに聞きたかったことあったし、ちょうどいい。


「なあ、そのゲーセンってのは、どこの店だ?」

「?ここら辺で大きいのって言ったら、商店街の中にあるあれしかないだろ。」

「だよな。...なぁ、なんかクイズゲームなかったか?二人対戦できるやつ。」

「おーそうそう、お前に話したかったんだよあれのこと...。...まさか。」


ニィッと口の端を上げる陽太の様子でもう分かってしまった。しかし、もし俺の思ってることが正しいのなら、それってとてもすごいことではないだろうか。


「分かった?あれの製作者、俺なんだよ。どう?やってみた?」

やっぱりそうだった。でも、そう考えるとすごいの一言で尽きるものではないと思う。あれくらいのレベルのものが作れる人間なら、そこいらの大手の技術部門に高卒で入れるレベルだろう。


しかし、こいつにまともに返事を返すのって、結構癪なんだよなぁ。すーぐ調子乗るし。

というわけで俺は驚きを何とかして胸の奥のほうに隠し、無表情を作ったつもりの上で陽太に評価を告げた。


「やった。...あれは流石に自県好きじゃないとまともに答えられねえな。なんだよ特産品とか地元民おすすめの観光スポットとか。ましてや俺ら南部に住んでるけど、北部のことなんてほとんど知らない奴ばっかりだろ。」

言い忘れていたが俺たちが住んでいるのは県の南部。結構海沿いで人口も多く、不便なことのほうが少ないくらい住みやすい街だ。


ただ、祖父母宅が北部にあるため、あちらの様子も割りと分かる。自論だが、目も当てられないほど住むのが不便そうな場所がいくつも存在するのが北部だ。

なんせうちの祖父母宅の周り、全国展開のチェーン店が一つもない。一つもないのだ。大事なことなので何度も言いたいがくどいのはよくないのでここまでにしておこう。

「まあ、全部が全部問題作ったのは俺じゃないしな。まあ、システムのほうはほとんど俺だけど。そんなわけでまあ、あれだ。あのゲームになったわけだ。」

「あれって県庁公認か?」

「音沙汰はねえな。」


どころか感謝されて言いレベルまである。


「ま、そんな話はどうでもいいのよ。...なんだっけ、何か賭けるのか?いいぞ別に。それどころか人生はギャンブル、賭けて何ぼだしばっちこい。何するよ。」

「そうだな。んじゃあ、トランプのスピード、花札、UNOでどうだ?」

「ふたりでUNOやんのか。まあ、いいけど。」


そうして他の一切合財を端のほうへよけ、二人だけの勝負空間を俺たちで作り出した。

机の上には互いに並べられたトランプ、スタートの掛け声で始める準備は出来ている。さて...


「いくぞ、せーの」

スピード!


という前に、ドアが開いたので俺たちは慌てて手を止めた。

一応入ってきた人を確認する。どうやら古市が来たようだ。


「お疲れ。」

「...うん。」

古市はいつものまま無表情で無愛想な返事を返す。

けれど、今日は一段と元気がない。


だめだとわかっていながら俺は古市に何かあったのか尋ねてしまった。

「どした?古市。今日やけに元気がない気がするが...。」

古市ははっと驚いたように目を開いて、どうしようか悩んでいるのか両の手を胸の前で合わせてもじもじとしていた。


俺は当然何も言わないで待つ。

先ほど言ったことを帳消しに出来ない以上、あとはちゃんと答えてもらうしかないから。


古市は悩み続ける。とりあえずデスクのほうに自分のかばんを置き、そこにあるいすに座り、姿勢をこちらに向けながら考える。


流石にゲームどころではない雰囲気になったため、陽太はスマホをつつきだした。それにとやかく言うつもりは今はない。


そして一分ほど経ったころ、伝える気になったのかはたまた軽くあしらう準備が出来たのか古市は口を開いた。


「...うん、ちょっと、ある。」

「あるって...、うん、何がだ?」

古市は首をぶんぶんと横に振った。これは多分拒否ではなくどう伝えればいいのかの試行錯誤だろうと俺は踏んだ。


そしてまとまったのか、もう一度重たい口を開いた。

その言葉は、おそらく古市から聞いた中で始めてマイナスの感情を映し出したものだった。









「私、どこからか、つけられてる気がする。それが、怖いの。」

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