第13話 独身女性は計らいたい
週明けの学校ほど憂鬱なものはない。
ましてや5限が数学だなんてのは溜まったもんじゃない。
しかし結局運命とルールには抗えるわけもなく、俺はぐうたらなままに放課後を迎えた。
特にやることがないので真っ直ぐ部屋へ向かうと、陽太が先に部屋に来ており、どこから持ってきたか知らないが優雅にティーセットで紅茶を飲んでいた。
それ以外にも、なにやら部屋が狭く感じるというかごちゃごちゃしてるというか...。
「なあ陽太。ひょっとして増やした?あと俺にも1杯くれ。」
「んー?部屋の道具?まあ、増やしたっちゃあそうだな。んで紅茶な。アップル、レモン、どっちがいい?」
「まあ増えてるよな。扇風機とか置いてなかったし。アップルで頼むわ。」
「この前家来てもらったときにいくつか目星つけてもらったろ。あん中からいくらか作ったのと持ってきたのとだな。家置いておいても使わないことのほうが多いから持ってくるに越したことはないんだよ。で、アイスにすることもできるけどどうする?」
「なるほど。あ、ホットで頼むわ。」
「了解。」
などとまあ複数の内容の会話をいっぺんにこなして俺は陽太の左隣という、いつもの場所へ座った。
デスクのほうはいつも古市に使われてるしな~なんて思ってそちらを見やると、一つほどデスクも増えていた。
「なあ、陽太。前から気になってたんだが、こういうのっていつ持ってきてるんだ?少なくとも平日は無理だろ。」
「あー?いつかって?こういうのは大体日曜に親父にトラック使って運んでるな。」
「日曜もここ開けてるのか?」
「ちょっと待て、先紅茶作るから。」
そういって俺は一回会話を止めた。それを期に陽太はこちらも増えたであろうガラスの棚からティーカップをもう一つ取り出し、紅茶パックをその中に投入し、上からお湯をかけた。
だんだんとパックの中身が溶けていき、紅茶と呼べるものが俺の前に現われる。
そこからパックを取り出し、紅茶を一口啜ったあたりで陽太は本題へ戻った。
「で、日曜にここ開けてるのか、だって?」
「そうそう。」
「んー、基本は搬入だけだな。それ以外ここに来る用事はないし、家でジャンク品弄ってるほうが多いな。」
「なるほど。...というかお前、電子機器の回路とかそういうの分かってるのか?」
「そりゃ分かってなければこんなのは作れないだろ。まあでも、流石にすごい複雑なのは一人じゃ無理だ。」
「そういう問題じゃねえよ...。それ常識超えてるからな。」
つくづく理系というのは理解しがたい。
しかもこいつは勉強をするタイプじゃない。しなくても直感で分かってしまうのだ。
やっぱり天才、なんだろうか。
「まあ、そんな感じ。日曜はほとんど空いてないと思ってもらっていいよ。」
「というか、鍵はどうしてんの?」
俺がそう聞くと陽太は手元にあるかばんからちゃらんちゃらんと金属音を鳴らして俺に一本の鍵を見せた。
「俺の管理。ちはやちゃん、こういうのだめらしいから。」
「整理整頓とか、そういうのか?」
「そうそう。人間には備わってなくてはいけない力だね。ましてや結婚しようものなら...。それにさ」
いかんいかん、なんかまずい話になってきたぞ。
陽太は女性の結婚論について話し出す。しかし、身内には絶対にその話をしてはいけない相手がいるんだぞ...?
しかもなんか足音聞こえるし、こっち来てるし、これが古市じゃないってんなら...。
ぎぃぃ...とドアが開く音に俺は目を向けた。
後はもう言わなくても分かるだろう。
そこにはメデューサが立っていた。うん、あれは間違いなくメデューサだ。
しかし、陽太が座っている場所はドアと背向かいになる場所。
音を聞いてなければ存在に気づかない。
それを逆手に取りちはやちゃんはだんだんと陽太の背後に近づいていった。
無論俺には口止めの視線が配られるが、もう形相が鬼なものだから言おうにも言えるものではない。
一歩、また一歩。どんどん死へのカウントダウンが近づいていく。
おい馬鹿!気づけ!死ぬぞ!
残念なことに、陽太は全く耳に入ってなかったようで話を続ける。
「ところで、結婚かぁ...。やっぱ男でも一通りの家事スキルは必要だよね。料理、洗濯、掃除。でも、どうしても女性に頼ることになるんだろうけど...。」
「私には、それが全部ないって?なぁ?向洋ぁ...!」
「はっ...まずい!」
いやまずいじゃねえよ。アウトだから。
俺はどうしようもない現状にため息をついた。
「てめえ結構えらそうに口利いてんじゃねえか?なぁ?」
ちはやちゃんは力いっぱい握った両こぶしで陽太の頭をぐりぐりと攻撃した。
「いでででで!ちょ!事実じゃないっすか!」
いかん、いかんよ陽太君。それは火に油を注ぐというんだ。がっつり理系の君には分かるまい。
簡単に言うと、死ぬってことだ。
「だからといって君が言うことじゃねえだろぉ?」
「ちょっ、すんません、まじすんません!悠!助けて!」
「やーだ。」
というか止めようにもこれは無理だ。まず目からもう魔眼だし、石化されて当然なんだよなぁ。
それに、調子乗ってるこいつが痛めつけられてるのを見るのは割りと気分がいい。まあ、そんなこと言ってたらドS疑われるのでとりあえず黙っておこう。
というわけだ、陽太君、あとは頑張りたまえ。
「ああああああ!まじすんません!」
---
五分ほどたち、西原メデューサちはやは怒りが収まったのかそっと陽太の頭から両こぶしを離した。それと同時に陽太の身体はどさっと音を立て地面に倒れた。
意識はあるようだが身体はピクピクはねるだけで動く気配はない。よほど痛かったのだろう。
ところで、ふと、なぜちはやちゃんがここに真っ直ぐ向かったのかを知りたくなった。
これを懲らしめるためだけとは思えない俺はいろいろな可能性を模索した。なぜ来ることになったのか、何の用があるのか。
基本プライベートに配慮してるのかこの人はあまりこちらの部屋にくることはないからなぁ。
ついでにいうと、古市が遅れる理由も知らない。なので、せっかくだから聞いておこうと思った俺は少し遠慮気味にちはやちゃんにここに来た理由を問う。
「ところで、なんでここに来たんですか?仕事するだけだったらまっすぐ先生の部屋に向かうはずだと思うんですけど。」
「ん?ああ、そうだ。忘れてた。」
「ということは、やっぱり何か用があるんですか?」
ちはやちゃんはうんうんと頷き、話を続けた。
「人員がほしかったんだよ。ちょうどこれから買出しに行かなければいかんのだが、色々と買うことになるだろうからね。」
「はぁ...。何の買出しなんですか?」
するとちはやちゃんはニッと笑って答えた。
「ついてくれば分かるさ。というわけだ。須波、行くぞ。」
...
はっ?何言いだしてんのこの人。
一瞬で状況が飲み込めなかった俺はあっけに取られて口を開いてた。
「ん?なんだなんだ。何言ってるのか分からないみたいな顔して。」
いや、その通りなんですけど...。
「いや、今から買出しで、俺についてこいって話ですよね?」
「なんだ、分かってるじゃないか。」
違うんだよ、なんでその話なったかが全くわかんないんだよ。ついでに言うと俺がついていく理由が一番分からない。
「いや、俺が、行かなければいけないという理由が一番分からないんですよ。第一、先生が生徒を連れまわすってokなんですか?」
「問題ないな。ましてやここは私立だからな。多少生徒と先生の距離が近くても問題はない。それに、ついてくる理由?そうだな...上から生徒を一人連れて行けと言われた、それでどうだ?」
「なるほど...。...なんでそんなくどい真似を。」
「それを校長の前で言えるか?」
「言えないですね。退学不可避です。」
あのおばさんに大分目をつけられてる以上、無駄な反抗心は見せられない。
とりあえず逃げられない状況なんだなと判断した俺は一度ちはやちゃんに分かるようにため息をついた。
「そういうわけだ。ま、おとなしくついてこい。...何、悪いことだけではないかも知れんぞ?」
確かにそんなに悲観してるわけではない。ただ問題点が一つ。
「あなた相手だと大分不安ですけどね...。」
「あ?なんか言ったか?」
「ヴぇ!マリモ!」
ものすごい剣幕で迫られた俺は剣崎もびっくりのオンドゥルをかました。いやいや無理無理、何されるから分からんから従うしかない。
「じゃ、そんなわけだ。向洋!こいつ連れてくぞ。」
ちはやちゃんは相も変わらず地面に伏せている陽太を見やった。
陽太は声こそ出さなかったが右手だけ上げてひらひらと手を振った。
「よし、じゃあ行くぞ。第二校舎横の駐車場に来い。」
「了解っす。」
俺はそれ以上何も言うことなく、指定された場所へと向かった。
---
想像以上に多くの車が駐車場には止まっていた。
ましてやちはやちゃんの車なんて見たことないわけだから、どこに行けばいいのか分からない。
仕方がないので俺は近くの車周りを右往左往して待機していた。
それから2分ほどたった後にちはやちゃんが出てきた。
「待たせたな。」
「いや、それほどでも。というか、先生の車どれですか?」
さっきから何度もぐるぐる回ってる中で見てて思ったが、とても女性らしい車が一台も見当たらない。軽自動車ではないにしろ、乗用車の割にはラインナップが渋すぎる。
「ああ、こいつだよこいつ。」
ちはやちゃんは自分の立っている場所の左隣の車のボンネットをぽんぽん叩いた。
少し自分の立っている場所を変えてその車全体を眺める。
「え?これですか?」
その全体図が目に入った俺は思わず目を疑った。
目の前にあった車は深いブルーのスポーツカー。もちろん席は二つしかなく、トランクも小さめ。どう考えても物好きの車だ。
「そう、こいつ。どうだ、かっこいいだろ?」
「いや...そりゃかっこいいですけど...。」
ギャップがすごい。語彙力が低下してしまった俺はそんな感想しか言葉に出来なかった。
確かにかっこいいんだ。うん。俺も車にはロマンを求めたかったりするが、今目の前にいる女性は30いくかいかないくらいの女性教師だ。流石にこの車だとは考え付かない。
この人が独身の理由、少し分かったかもしれないぞ...。
「ま、立ち話もなんだ。さあ、乗った乗った。」
「あ、はい。」
そうして俺は促されるまま、言われるままに助手席に座り、シートベルトを装着する。少し天井の低い車内は、少したばこの匂いがした。
少し遅れてちはやちゃんが運転席に座る。
そして右腕を一回ぐるん、左腕を一回ぐるんと回した。
うわー...すごいうきうきしてんなぁ。
おそらく客を乗せて運転するのは久しぶりなのかもしれない。というか、相手がいないから...。
いかん、某ルームメイト(?)の二の舞はごめんだ。
「じゃ、楽しいドライブとしゃれ込もうじゃないか。」
「...ただの買出しであることを願いたい。」
「素直じゃない奴だな。...んじゃ、行くぞ!」
ちはやちゃんは元気よい掛け声とともにアクセルを踏み出した。
学校の敷地内から公道へ、そして公道から国道へと車は走り抜けていった。
ちはやちゃんは鼻歌交じりに車を走らせる。俺はというとスピードに少しついていけず、うおお...と情けない声を出していた。
やがて信号で車が止まったあたりでちはやちゃんも鼻歌を止めた。
「そうだ、須波。あれから結構時間がたったが、様子はどうだ?」
「え?なんすか急に。」
「ま、顧問として雰囲気を知りたくってな。ほれ、私、あそこに入ることはあまりないだろ?」
「まあ、そう言われればそうっすね...。んで、様子って何ですか?古市のことですか?」
ちはやちゃんの言っていることがいまいち理解できない俺は素で疑問を返してしまった。
その様子にちはやちゃんは少しばかり苦笑して俺にさっきの言葉を続けた。
「いや、古市もそうだけど、私が知りたいのは君の様子なんだ。」
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