第7話 消えないモノ
四月終わりの夜時は寒いとも暖かいとも思えない、そんな気温だ。
制服こそ長袖なものの、日によっては上がほしかったり、逆に上が必要なかったりと、天候がころころ態度を変える。
暗さのほうはと言うと、六時くらいであればぎりぎりキャッチボールのボールが明かりなしで見えるくらいだ。
そのため、陽太と歩いている道中でも、ちらほらと小学生くらいの子供が遊んでいるのが見受けられる。
さて、本題だが。
「しかし、急にどうしたんだ?こんな日に限って一緒に帰らない?って。ちょっとらしくない気もするようなそうでもないような...。」
そう、俺が特監生になって以降も、こいつと一緒に帰るなんてことはなかった。
やはりこいつの他人付き合いのスタイルはそうは変わらない。
それが、古市が参加した今日に限って、向こうから誘ってきたのだ。
少しその動向が気になる。
「ん?いやぁ、大して意味はない。というか、俺が逆に改まった話なんかしたら気持ち悪くて仕方ないだろ?」
「それもそうだな。」
ああ、納得がいく。
もともと他人は気にしないたちだから、今回もきっとたまたまだろう。
「否定してくれてもよかったんだけどな...。まあいいわ。」
「そんなこと言ってないで、さっさと歩け。」
「へいへい。」
そうしてまた一歩、また一歩と歩いていく。
お互い歩いて帰るのにざっと家まで15分。分かれ道となるY字路までは10分くらいだ。
俺の住んでいる家は学校の近く。そして学校は街から少し離れれたところにあるので、必然的に周りにも住宅が並ぶ状況になっている。
そして、肝心の街までの距離はと言うと、各駅停車分で学校最寄り駅から街の真ん中までざっと五つくらい駅が離れている。
そんなわけで、遊びに行くにしろ、こんな時間からでは遅いのだ。
逆に言うと特監生としての盲点はそこくらいしかないが。
2、3分経ったところで、向こうが口を開いた。
「で、どうだったよ?古市と話してみて?」
「どうって言われてもなぁ...。それこそ、お前、あいつのどこが問題児なのかって分かったのか?」
「んー、はっきりとは分からないけど、感情?」
首をかしげてどうだ?と陽太はリアクションするが、はっきり言って当たりだ。
こいつは人のことを見てないようで、ちゃんとその様子、雰囲気、人物像を捉えれているのだ。
俺自身それは分かってるつもりだ。
それに、こいつは馬鹿だけど馬鹿じゃない。
俺もそれを分かった上で弄り倒すようにしているが、それでも尊敬はしている。
才能も備わっていて、それこそ俺より遥かに上を行く存在なのだろう。
だから...、少しの嫉妬も含まれているのかも知れない。
もっとも、本人がそういうのを一番気にしていないのだが。
「当たり。よく見えてるんだな、周りのこと。」
「別にそんなつもりでは見てねえよ?勝手に周りの情報が入ってくるだけ。それに、お前らの会話はしっかり目の前で見てたわけだしな。気づけないほうが馬鹿だろ?」
「そうでなくても馬鹿はいるぞ。」
「ここにな。...ま、そんなところ。別にいいんじゃない?感情が顔に出なくたってさ。」
やっぱり完璧に見抜けていたようで、その上で無関心らしく自論を撒いた。
顔に笑みはない。ただし、怒っているわけでもなさそうだ。ただまっすぐ透き通った瞳を俺に向ける。
そんな様子に俺は言葉に詰まる。
別にこの結論に不満を抱いているわけではない。けど、何を思ってその答えにたどりつくのかは、知っておきたかった。
だから、自分の言葉をまとめた上で聞き返す。
「感情が顔に出なくてもいいって、なんでお前はそう思ったんだ?」
「なんでって。...そうだな。」
陽太は足を止めて首を少し下げてうーんと考えている。
こいつは直感型の人間だ。だからこそ、結論だけが先に走ってしまい、理由付けが苦手なのだろう。
そんな奴にうーんと考えさせてしまっているのが少しだけ申し訳なく感じる。
しかし、理由あって言った事だろう。だから、理由から逃げてはいけないのではないだろうか。
だから俺は催促することなく、その答えを待つことにした。
待って、待って、ついにその口から言葉が紡がれた。
ただし、疑問形で。
「お前はさ、作り笑いって得意か?」
「いーや、苦手と言える部類だな。」
感情のこもってない笑顔に何の意味があるんだ?
...あ、そういうことか。
つまりこいつの言いたいことは...
「だろ?それと一緒。作る笑顔に何の意味もないように、作られた感情になんてなんの価値もないんだよ。感情まで作った人間になったら、人はどんどん離れてく。例え今周りに人がいなかろうと、もしそんなロボットみたいな人間になってしまうってんなら、感情なんて表に出ないほうがいいって事。」
全く持ってその通りだ。
クラスの中に目を向けると必ず何人かはそういう奴がいる。そいつらを見ててやっぱり思ってしまうのだ。「生きてて苦しくないか?」と。
最も、本人らにそんなことを聞けるはずもないのだが、代わりに俺は哀れんだ目を向けてしまう。そんな立場でもないと知りながら。
逆に、同じように人が集まるのに考え方が全く違う陽太ならその言葉に説得力があるだろう。
「なるほど...。それは、よく周りに人が集まるお前だからこその自論か?」
すると陽太は優しく笑った。最近見た中で一番綺麗な笑顔だ。
「別にそんなんじゃないよ。俺は生きたいように生きてるだけ。見返りなんて求めてないし、人気者にだってなりたいわけじゃない。ただああなってるだけの話。別に、あれはあれで嫌でもないけどね。」
一つ暖かい春風が吹いた。それは陽太の心の温かさか、はたまたそれを聞いて温まった俺の心だろうか。似たようなものを風の中の暖かさに感じた。
陽太の言ったことは、人気になりたいやつからすれば自慢のようにしか感じず、その奥の真意なんてたどり着けないだろう。
けれど、自惚れでなく親友である俺ならば、理解できる。
生きたいように生きる。
そのありがたみを俺はきっとこいつから学んでいるんだろうな。
「まっ、そんなじめじめした話はなし!俺って馬鹿だからさ、やっぱり何も考えず生きていたいだけ!後は結果が付いてくるだけだからさ。だから...この前言ったように、俺はあそこから離れるつもりはないってこと。」
「...そうだな!」
俺も明るく返した。
こいつの前ではじめじめした話はするもんじゃない。
それは決して話を聞いてもらえないからなどではない。こいつに遠慮するわけでもない。
ただ、人生を楽しむ奴に水を差すような話をしたくない。それだけだ。
なんたって、俺だって楽観的に生きたいしな。
「じゃ、家寄ってく?持っていきたいものあったら選んでくれちゃっていいからさ。もちろん代金ただで。」
「馬鹿か!?いい雰囲気だっただろ!」
着いていきました。
---
「ただいま~」
陽太の家に寄ったため、いつも家に帰る時間より30分ほど遅れてしまった。
ドアを開けるといい匂いが漂ってくる。大体、家に帰るタイミングで夕飯が出来上がるのだ。
もっとも、今日は遅れてしまったので作り置きになってたが。
リビングのドアを開けると、お袋がソファに座ってなにやらよく分からないような番組を見ていた。
やがて帰ってきたこちらに気づくが、振り向くことなく「おかえり、ご飯用意してるから」と言っただけだった。
別に俺のほうも長話がしたいわけじゃないので適当に着替え、落ち着いた上で食卓に付いた。
うちの親は、はっきり言って空気だ。
お袋はパート。大体特監生となってしまった俺より帰りが早いため、さっき言ったように晩御飯が用意された状態になることがほとんど。
親父の帰りが遅いのもあり、小学生のころは専業で育ててくれたが俺が大きくなったのを期に職場復帰。いつも問題起こすたびに学校に来ることになってすまんな。お袋。
親父はと言うと、帰りは大体10時ほどだ。...基本は。
そう、家の親父、何をとち狂ったかものすごいブラック企業を引き当ててしまったのだ。
しかもそれだけならいいのだが、元来の負けず嫌い、馬鹿正直さ、底なしの体力、精神力のせいで、20年経とうと全く転職する気配がないのだ。
しかし、ブラック企業も住めば都なのか本人全く黒に染まってないし、位も上のほうへ居座ることになっている。給料もそこそこいいらしいので辞めるつもりは毛頭ないだろう。
本人は家族サービスに費やす時間が少ないと嘆いていたがまあ、俺ももうこんな歳だしあまり気を使われるつもりもない。そりゃ小学生とかそのころは寂しかった点はあるけども。
ついでに言うと兄弟はいない。おれのまわりはやたらと兄弟がいるやつのほうが少ないのだ。そう考えるといよいよ少子高齢化も進んできたなと思うが知ったことではない。
「ところであんた、最近トラブルの情報ないけど、本当に何もやってないのかい?」
俺の食事が終わりかけてきたころ、気づけばお袋はソファから立ち上がっていた。
「あのさぁ、俺も別にやりたくてやってるわけじゃないからね?そりゃこれまでよくよく迷惑はかけてきたけども。だからまあ、現状は大丈夫だと思うけど。」
「ふーん。けど、いつからこんな感じになったかしら。高一?」
「そんくらいじゃない?...じゃ、ご馳走様。」
俺は適当に話を切り上げると自分の食器の片付けに入った。
しかし、さっきの質問だが。
厳密に言うと、目の前で死に直面したあの日からだ。
あの日、河佐を守れなかった俺は、中途半端な正義感、怒りを得た。
それが形を得て暴力となった。
俺は曲がったことが嫌いだ。理不尽が嫌いだ。
そして、ちょっとそれが目の前の現れただけで手を出してしまう自分が嫌いだ。
だから、そんな自分を変えるという意味を持っているあの部屋には感謝している。
最も、変わるのは自分自身で、変えるのも自分自身だが。
早くこんな感情とおさらばしなければいけないと分かっていても、住み着いた寄生虫のような正義感はどうも離れない。
そして今日も悩んで過ごすのだ。
それに、今日はまたどこかで別の何かにモヤモヤを抱いている。
食事が終わると適当にジャーっと水を流して皿を軽く洗う。
けれど、どうも俺の感情は流れる水のようにスムーズに流れないし、透き通ってもいない。
それにどこか腹が立ち、俺は目の前の作業を終わらすとすぐに部屋にこもった。
---
片付けは嫌いだ。
それは、俺の部屋が決して片付いてないわけではない。むしろあまり置いてあるものがなく殺風景な部屋なもんだから綺麗には見えるだろう。
けれど、そんな殺風景な自分の部屋は、なんとなく自分の心に似ている。
そして、それが心と似ていると言った上でもう一度さっきの言葉を言おう。
片付けは嫌いだ。
心の精算なんて簡単にできるはずがない。それにやってしまえば大切なことを忘れてしまう。
俺は痛みを忘れるのが怖い。
失った恐怖、怒り、それらが消えてしまえば自分はいったいなんだったのかと思ってしまうだろう。
でも、痛みも嫌いだ。ずっと心のどこかに傷ができたまま、それは今も治る様子はない。楽しいと思える最近の日々の中でも、一秒たりとも消えることはない。
そんな痛みに行き場所などなく、今も俺の中でさまよっている。
だから今日もこうしてその痛みを胸のどこかで味わっている。
「くそっ...!」
何も変わらないのだ。何も。
あの日の痛み、様子は何度もフラッシュバックする。もう何度目だろうか、数えるのも飽きてきた。
俺はベッドに寝転ぶと気持ちの悪い感情へ苛立ち、軽く握りこぶしでマットレスを叩いた。
けど、むしゃくしゃしてても何の意味もないって分かってるから...。
「はぁ...。」
少しだけ冷静になった俺は胸に手を当てて一つ大きな呼吸をした。
こういうときは目を閉じて...
...
...あれ?そういえば、さっき感じたモヤモヤは一体...?
...
...ああそうだ、古市のことだ。
あいつは、自分の感情についてどう思ってるんだろうか。
あのままで満足だと言うのなら、それこそ陽太の言ったようにそっとしておけばいいのだろう。
けれど、人間誰だって心から笑いたい。そう思ってる人のほうが絶対多いはずだ。
俺はあいつのことを知らない。けれど、どうにかできるってんなら、力にはなりたいと思う。これも中途半端な正義感のせいかもしれないけど、それでも俺の意思だということに変わりはない。
けどなぁ...。
...
...いかん、眠くなってきた...。
...
.......
---
「は?」
目覚めたときにはもう、外は少し明るくなっていた。
改めて時計を見ると朝の5時。完璧に眠ってしまっていたわけだ。
ちゅんちゅんと外で啼く鳥が少し耳障りに感じる。
さて...
「お袋...」
なぜ起こしてもらえなかったのか...。
いや、なんで起こしてもらえると思ってたんだ俺は。
驚きによりもう目はばっちり冴えてしまっていた。これ以上眠るのは無理だろう。
仕方がないのでベッドから体を起こす。
さて、昨日風呂に入れなかった分、シャワーでも浴びるとしますかね...
ついでに昨晩感じた気持ちの悪い感情も全て洗い流してしまおう。
そうして、また今日も変わらない俺の一日が始まる...。
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