第52話 祭りの後で
「じゃあ私たちは帰るわね」
「え?ホテルで一泊するんじゃないの?」
「それが別にいいかなって話し合って決めたのよ、お父さんも斉藤さんと仲良くなれたみたいだし」
「別に、仲良くなってはないぞ」
「あ、あはは……」
太陽の光はオレンジ色になりつつあり、学園祭に来た多くの人たちは楽しそうに顔を綻ばせながら帰路へとついていく。俺たちは駅の方面へと歩きながらそんなことを話していた。まだまだ勝彦さんとは話しにくいが、カラオケの一幕あたりから勝彦さんと俺との会話は少しずつ増えていた。
「歌をもっと練習しておきなさい、大輔君」
「は、はい」
まあさっきからこっち見ないし、すごいカラオケでマウント取ってくるが……それでも話せるようになっただけでも相当の進歩だった。
駅に着くと、学園祭帰りの人達が駅いっぱいに溢れていた。
駅の入り口前で俺達は止まる。智代梨さんたちとはここでお別れだ。
「じゃあ、しっかりやるのよひなた」
「うん。頑張る」
「斉藤さんも、ひなたをお願いしますね」
「はい」
俺達に智代梨さんは短く一言ずつ声をかける。
勝彦さんはというと、俺たちに対して背を向けて立っているの表情がわからない。
そんな勝彦さんの肩を叩きながら智代梨さんは勝彦さんに囁いた
「ほら、勝彦さんも何か二人に言わなくていいの?」
勝彦さんは背を向けたまま、表情も分からないまま声だけを発した
「……週に一回は帰ってくるんだぞ、ひなた」
「あはは、さすがに無理だよ」
「……」
ひなたは笑いながら答えるが、勝彦さんは何も答えない。
不意に勝彦さんはゆっくりと体をこちらに向け、勝彦さんは俺達に表情をさらした。
両目は少しだけ潤み、愛おしそうにひなたを見つめている。その表情に俺は驚くが、何らおかしくないことに気が付く。
それは学園祭の中で何度も見せた娘への愛情だった。
「大輔君」
「はい」
今度はその視線が俺の方へ向く
次の瞬間、勝彦さんは俺にゆっくりと頭を下げた。
「勝彦さん!?」
「お父さん、ちょっと……」
俺達は声を合わせて驚いた。だが勝彦さんは続ける
「ひなたをよろしく頼む。私たちの大事な娘なんだ。だれにでも優しい子で、いつも無理をするんだ……だから。頼んだ。」
熱い言葉を受け取った。数十年培ってきた娘への愛。重たくて、短い言葉だったけど、俺の胸にぐっと突き刺さる。
「はい」
「今度うちに来なさい。そうしたら……一緒に酒を飲もうじゃないか」
そういって勝彦さんは顔を上げ、すぐに俺たちに背を向けた。智代梨さんはそんな勝彦さんを見てにっこりと微笑み、俺たちに向き直った。
「お父さんも行っていることだし、頼みました。今度はうちにいらして下さいね」
「ありがとうございます。是非」
「じゃあ私たちはこれで」
智代梨さんはそういうと俺たちに背を向け、駅の方へと歩き出した。
俺達は二人が人ごみに消えていくまで、その後ろ姿を眺め続けた。
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