第48話 医務室

「おはようございまーす……」


俺は二日酔いの勢いそのままオフィスまで来たが、気分が悪すぎていつもの挨拶だけでも満身創痍の状態だった。社員の人には俺の声は届いていないのか、俺に挨拶を返してくれなかった。

それでも俺はもう一度言う余力は残っておらず、そのまま歩いて行った。


「おはようだいす……うわっ、お前大丈夫か?」

「お、おはよう剛……」

「お前顔やばいぞ……どうしたんだ?」

「飲みすぎ……かな」


俺は自分の机に着くなり顔を伏せてしまった。

頭が痛いし、何より眠たい。


「うう……」

「いや大輔、ほんとに今日は帰った方がいいぞ」

「いや……」


こうして机に伏せていると、体から力が抜けて楽だ。


俺は剛の言葉に答えながら、いつの間にか眠りに入っていた。






「……ん、んん」


深い睡眠から目が覚めた。目覚めるとそこは会社の医務室のベッドの上だった。ここに来た記憶がないから、どうやら朝来てからすぐに眠ってしまっていたところを、剛あたりが運んでくれたのだろうか。

カーテンが閉まっていて分からないが、部屋の中には誰もいないらしく、俺は仕事をすっぽかしてしまった罪悪感に浸りながら、もう少し寝ようかな、なんて考えていた。

ちなみにもう頭痛は消え、体調もだいぶ良くなっていた。

ポケットからスマホを取り出し時計を見ると、12時。大体寝ていたのは3,4時間くらいか。


しばらくぼーっとしていると、不意に廊下からかつかつ……と靴の音が聞こえた。


「医務室の人かな……?」


靴の音はやがて部屋の中に入ってきて、こちらのベッドに近づいてくる。

靴の音はやがてカーテンの前に泊まり、カーテンをゆっくりと開けた。


「あ、先輩。起きましたか」


そこに立っていたのは榊原……手にはビニール袋が下げられており、中にはスポーツドリンク、おにぎりなど、いろいろなものが入っていた。


「仕事は?」

「まじめですか……一応今のところ私と剛先輩で先輩の分消費してますけど、先輩が午後も来なかったらきついです。」

「そうか……すまん、午後からいける」

「本当ですか……?」


榊原はそう言いながら不安そうな顔をした。


「ご飯食べられますか?いろいろ買ってきましたけど」

「いや……弁当持ってきてるから」

「あ、なるほど、ひなたちゃんの弁当ですか。取ってきますよ」

「いや、いい。起き上がれるから。一緒に外に行って食べよう。」



俺と榊原はそのまま俺の机に弁当を取りに行き、公園に出た。

昼休み中の会社員が多く、ベンチはほぼ埋まっていたが、運よく二人分のスペースを見つけそこに座った。

俺は弁当を、榊原はコンビニで買ってきたサラダを食べ始める。


「今朝はびっくりしましたよ、先輩が倒れたって、剛先輩がいきなり来たんですから」

「う、……すまん」

「体調悪かったんですか?」

「いや……実は」


俺はこの二日間の話と、日曜の夜の話までを大まかに榊原に話した。


「それで、ただの二日酔いです……」

「先輩がそんなにはしゃぐなんて珍しいですね」

「すいません」


俺は榊原に平謝りだった。

しかし榊原はこれ以上言及することはなかった。


「いいんですよ、これで先輩に貸し1ですね」


にしし、と悪戯に笑う榊原。


「いや、今まで俺が手伝ってやってただろ。あれ含めたら俺何個お前に貸し作ってんだよ」


俺はその笑顔を直視できず、目をそらしながら反論した。


「やだなあ……私は後輩なのであれは貸しじゃないです。先輩として私の面倒を見るという責務です。だから、今度返してくださいね」


そういうと俺の腕に何かが当たった。重さを感じた方を見ると、榊原が俺の腕に頭を載せていた。

とっさに腕を頭から離す。


「……やめろよ」

「……あはは、やっぱりこういうのは柄じゃないですね」


俺が困った気持ちを表情に乗せると、榊原は引いてくれた。


最近距離の近い榊原との接触に、背徳感を感じた。



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