路地裏ごはん 箸休め

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

番外編  鍋候補奉行問題

 今夜、和泉いずみ 孝明こうめいは、新会社の親睦会だ。


 目の前では、キノコや野菜が入った土鍋が、グツグツといい音を立てている。


 鍋ができあがるのを、孝明は待ちわびていた。


「よし、開けるぜ」

 同僚である高倉たかくら 建一けんいちが、鍋のフタをあける。


 個室に、昆布ダシの湯気が立ちこめた。


 照れ屋な社長の代わりに、孝明が乾杯の音頭を取る。


「では手短に。いただきます」

「ホント手短だな! まあいいや、いただきます!」


 各社員が一斉に、豚バラを昆布ダシにくぐらせた。

 ポン酢に漬けて熱々をいただく。


 豚しゃぶ専門店『豚公爵』二九〇〇円で食べ放題になる。

 飲み放題つきなら、プラス一九八〇円が追加なり。

 ソフトドリンクなら五〇〇円で済む。


「社長、こんな贅沢をしていいのか?」

 孝明は、新会社の社長、若菜わかなに問いかける。


「いいのよ。それより今日はジャンジャン食べてちょうだい!」


「あざーすっ!」

 遠慮せず、孝明は豚にまみれた。


「俺は、てっちりがいいって言ったんだけどな」


 すき焼きだと、肉ばかりになってケンカになる。

 かといって、鶏の水炊きでは親睦会としては味気ない。

 かにすきやキムチ鍋は、苦手な社員がいるかも。

 

 ほぼ消去法で、豪華そうなてっちりか、適度に腹が膨れる豚しゃぶ食べ放題の二択ととなった。


「フグがいい」と建一がゴネるのを、孝明がなんとかなだめて、しゃぶしゃぶの食べ放題にしてもらったのだ。


「さすがに、てっちりは勘弁してくれ。まだ会社は立ち上がったばかりだから」


「だからこそ景気付けが必要だ、って主張したんだけどな」

 味ネギと一緒に、建一は豚バラを乱暴に口へ運ぶ。

 文句を言いつつ、一番食べているのは建一だ。

 酒も進んでいる。

 若菜の手前、安酒でも文句は言わない。


「まあ、鍋候補奉行が言うなら仕方ない」

 建一が、日本酒をクイッとあおる。


「鍋候補奉行ってなんだよ? 鍋奉行じゃなくて?」

「どの鍋を食うかでマウント取ってくる、奉行のことだよ」


 まったく建一は、人聞きの悪いことを言う男だ。


「お前に選ばせたら高く付くんだよ! 若菜の負担になる!」


 建一なんかに店を選ばせたら、見境なく酒がやたら高い店になってしまう。

 だから暗黙のルールで、みんなで食事をするときは誰も建一に店を選ばせない。


「まあまあ、会社が軌道に乗ったら、フグでも神戸牛でもどこでも連れて行ってあげるわ」


「マジッスか? じゃあ俺、死ぬ気で働きます! 愛してます課長、じゃなかった社長!」


 死ぬほど飲んでいる男の決意など。  


「時期が時期なら、ダイキさんもいたんだよな」

「だよなぁ、一緒に仕事したかったなー、ダイキ先輩」


 いい先輩だったのに。


「あの、ダイキってどなたです?」

 女子社員天城あまぎが、孝明に問いかけた。


「えっと、クビになった社員さんではないんですよね?」

「それは大久保係長な。孝明が大学に行ってた頃の先輩」

 津村つむらの回答を、建一が訂正する。


 二人は今年、前の会社に入社したばかりだ。

 退社した人間のことなど、印象に残っていないだろう。


「長内さんだよ、長内おさない 大毅だいき先輩」


「あ、『子ども食堂』の記事を書いてらしたっっていう?」

 天城が、自身の担当している部署のネタを出す。


 子ども食堂とは、ネグレクトで満足な食事を与えられていない子どもたちに、食事を提供するという取り組みだ。

 行政は当てにならないと、企業や民間まで活動が進んでいる。


 この問題を、長内大毅はグルメライターの目線で追っていた。

 長内が退社してしまったので、天城が担当を引き継いだのである。


「そうそう。グルメではめずらしく社会派の生地でよ、社内でも賛否あったんだよ。それでもやりたいって。誰も書きたがらなかったんだよ。真面目な先輩にうってつけだったよな」


 本人も子どもが好きで、子どもからも好かれていた。


「子ども目線で、ちゃんとまとまった生地にしてくるんだよ。カッケー」

 ボルテージの上がった建一が、日本酒のペースを上げる。


「そんなに慕われているなら、どうしてクビになんか」


「いやさ、不運だったんだよな」

 建一が、日本酒のおかわりをオーダーした。

 酒が来たところで、話を続ける。


「課長にかわいがられてたから、出世間違いなしって所でさ、俺らも課長の家に呼ばれたんだ」


 小学生になる課長の娘が、長内のヒザ上に乗ったのだ。


「その子がさぁ、『将来、おにいちゃんのお嫁さんになる』とか言い出したんだ。長内さんのことな」


 建一のみならず、孝明も目撃したので、今でも覚えていた。


「課長大激怒よ。それでクビだってよ。まあ、その課長もパワハラで切られたけど」


 長内を退職させた元課長は、行方知れずである。


「先輩だったら、もっと安くてうまい店を選んでくれるだろーよ」

「まったくだ。ダイキ先輩、どうしてるんだろうな」


 孝明と建一が、旧友に思いを馳せた。 


「それなら、ちょっと耳寄りな情報が」

 なぜか、津村が身を乗り出す。


「長内先輩に動きがあったのか?」

「実は、ご結婚なされたとか」

「マジで、あのオクテな先輩が?」

「ウワサなんですけど、ファミレスで目撃情報がありまして。小学生くらいのお子さんを連れていたらしいのです!」


 津村の証言に、建一がクビをかしげた。

「ホントかぁ? 仕事一筋のダイキさんだぜ。ご結婚なさってるなら、俺らに伝えてるだろ?」


「いや、案外モテるからな、先輩は。結婚して子どもがいてもおかしくない」

「幼女にだろ? 大人相手だと置物になってたぞ?」

「相手がリードするタイプなら、ワンチャンありそうじゃね?」

「だろうけど」


 思い出話に花を咲かせている間に、豚しゃぶ二時間食べ放題は過ぎ去った。

 飲み終わったメンバーはカラオケに。


 こうしている間にも、長内は日々、嫁の尻に敷かれているのだろう。

 と、孝明は思った。


 この後、自分が浮気を疑われ、JKに泣かれることも知らずに。

 

◇ * ◇ * ◇ * ◇


 しゃぶしゃぶの湯気が鼻に入って、ボクは盛大にクシャミをする。

「ダイキ、風邪?」

「いや、違うと思う。ありがと」


 チサちゃんの気遣いに、ボクは感謝した。


「ごめんね、かからなかった?」

「大丈夫」


 ヒザの上に乗っていたチサちゃんにクシャミがかからないように避けたつもりだけど、うるさかったよね。


「しゃぶしゃぶ、おいしい」

「うん。家族で囲むお鍋は、幸せだね」

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