第14話誘拐14

 俺は大使館を通じて5億円の現金を用意してもらった。

 普通の人間では、預金が五億円あったとしても、現金を用意するのは難しい。

 だが本国と大使館から連絡を入れてもらえば、取引銀行が融通してくれる。

 母国にはそれだけの力があるのだ。


 誘拐事件本部が、身代金交渉に使っている家も、簡単に調べられた。

 本国ルートと大使館ルートを使えば、それくらいの情報は手に入る。

 問題は現場の刑事さんとの交渉だが、それも大丈夫だった。

 佐藤家で出会った刑事が責任者だったからだ。


「いったいどう言う心算だ!

 お前が誘拐事件の犯人か⁉」


「そんなはずないのは、刑事さんが一番分かっているでしょう。

 刑事さんと同じで、心配だっただけですよ。

 誘拐されるはずだった子供の親が、本当に五億円も用意してくれるかどうか。

 普通は有り得ないでしょう。

 だからこうして現金を用意してきたんですよ」


「何だと⁈」


 俺は刑事さんに五億円が入ったジュラルミンケースを開けてみせた。


「本当にあんたが用意したのか⁈」


「袖振り合うも多生の縁と言うでしょう。

 がっちりと子供達と知り合ってしまったんだ。

 助ける力があるのに、見てみぬ振りをして子供達が殺されでもしたら、一生悪夢にうなされてしまいますからね」


「私も同じですよ。

 私の子供の身代わりに誘拐されたんです。

 お金がないならともかく、あるのにそれを惜しんで子供さんが殺されたら、私も一生悪夢にうなされますよ。

 いや、私だけなら見殺しにするかもしれない。

 私の子供が心優しい子だったら、その事を一生負い目に感じるかもしれない。

 子供にそんな思いをさせたい親はいませんよ」


「なるほど。

 そういう気持ちでお金を用意されたのですか」


「ええ。

 誰のためでもありません。

 確かに誘拐されたお子さんへの責任感と憐憫の情はあります。

 ですがそれ以上に、自分の気持ちを軽くするため、自分の子供に変な負い目を感じさせないためです。

 それに万が一身代金が戻らなかったとしても、名声を買う事ができます」


「それを口にしたら、名声を買うどころか、身勝手なマス塵や世論にバッシングされるのではありませんか?」


「望む所ですよ。

 私がバッシングを恐れずに金を出せば、その後に続いてくれる財界人が出てくれるかもしれません。

 それにマス塵は金儲けのためなら何でもする屑ばかりですが、国民すべてが馬鹿で屑な訳ではないでしょう。

 バッシングする者はいるでしょうが、それ以上に応援してくれる人もいますよ」


 なかなかの人物のようだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る