彼の童貞を奪うと誓ってからの数日間

みかくに

第1話


 隣のクラスの小野塚おのづかゆういちに人生初の告白をした。


 放課後の教室には私と彼以外には誰もおらず、開け放たれている窓の外からはウェーイ、と野球部員のかけ声が聞こえる。


つきざきさんにそう言ってもらえるのはすごく嬉しいんだけど・・・」


 小野塚くんは申し訳なさそうに言葉を途中で切った。


 この流れ、どうやら私は振られるようだ。


 うん、と頷いて彼の言葉の続きを待った。無意識に歯を食いしばり、両こぶしを握り締めた。


「今はじゅんけつを捨てること以外に興味を持てないんだ」


 ・・・うん? 今なんと言いました??


「ジュンケツ・・・てなに?」


「純潔というのは、いわゆる童貞という意味で・・・」


「ドウテイ・・・」それの意味は分かる。


 とにかく、と彼は言葉をまとめた。


「月崎さんじゃ無理なんだ、ごめん」


※ ※ ※


「そりゃまた痺れる振られ方をしたねー」


私の話を聞き終えたアヤちゃんは、コップに残っていたオレンジジュースを飲み干してから感想を述べた。


「うん、本気で痺れた。いまだに意味わかんない・・」


テーブルに突っ伏した私を尻目に、アヤちゃんは空になったコップを持って立ち上がり、ドリンクコーナーへ向かった。そのタイミングで店員さんが彼女の食べ終えたシーフードサラダの皿を下げに来る。


 私は自分の注文した4品をすでに食べ終えていて、デザートがくるのを待っている。


アヤちゃんと会うのは約半年ぶりで、私が高校生になってから会うのは初めてだ。


もともと今日は会う約束をしていたのだけど、会ってファミレスの席につくなり


「セオイ、何かあったでしょ?男絡み?」と速攻で見抜かれてしまい、先ほどの出来事を話したのだ。


 アヤちゃんがオレンジジュースを持って私の正面に座ると「さてさて」とすぐに話を再開した。


「それにしても、まさかこんなに早く世緒衣の恋バナを聞く日が来るとは思わなかったよ。中学の頃は恋愛なんてまるで興味なさそうだったのに」


 アヤちゃんは感慨深げに1人で頷いている。親戚のおばちゃんか。


「髪も伸ばしてすっかり女の子て感じだね」


「髪は勝手に伸びただけだよ」


 言いながら自分の肩口に当たっている髪を触った。確かに、人生で今が一番長い。


「で、失恋した直後に訊くのもアレだけど、高校生活はエンジョイしてるのかい?」


「・・・まぁ、それなりに楽しいよ」


「そっか。それならよろしい。青春を満喫したまえ、JKセオイ」


 アヤちゃんは言いながらオレンジジュースを一気に半分ほど飲んだ。


 ・・・ちなみに申し遅れましたが、私の名前は月崎世緒衣と書いてツキザキセオイと読みます。


 キラキラネームじゃありません。柔道場を経営している一族の1人娘として生を受け、両親と祖父の期待を一身に背負ってつけられた名前なのです。


 けれども中学で柔道は引退して、今は普通の女子高生(帰宅部)として学校生活を送っています。


 そして私の話を聞いてくれているアヤちゃんは、うちの柔道場に中学まで通っていた4歳上の幼なじみです。現在は東京の大学に通っている彼女ですが、今でも時間が合った時にこうして会って話をする間柄です。


 話を本題に戻します。


「まぁ、満喫しようと思って告白したら振られたんだけどね・・・」


「まぁ、失恋てさ、潔く受け入れて次に進むしかないっしょ?今のセオイならすぐ次の男が見つかるよ」


「それにしてもだよ?どう考えてもひどくない?女としての私を全否定だよ?」


「ヤリモクで付き合われるよりかはマシだと思うけどねー」


 アヤちゃんは独り言のように呟いて口にコップを運び、中身を飲み干した。


 その時、前触れもなく先ほどの小野塚の姿がフラッシュバックして、同時に屈辱の炎も燃え上がった。


「つか、無理とかなんだよ・・・」


 ほとんど無意識に発した私の呟きに「うん?」とアヤちゃんが訊きかえす。


「やっぱ許せないや、奴のジュンケツとやらを無理矢理にでも奪って、その上でさっさと捨ててやる!」


「ちょっと、急にどうした?」


「アヤちゃん、力を貸して!」


「だから落ちつけって。それにあたし、さっからイタリアにいくから無理だし」


「それなら私1人でやるからいいよ!」


「ちょっと、頭冷やしなよ。そもそも、あんたってさ」


 アヤちゃんが遠慮気味に言葉を一旦止めた。


「まだでしょ?」


「まだ、とは?」


「処女だよね?」


「かかか、関係ないでしょ!初めは誰だって処女でしょ?処女でもぜったいにやってるから!」


 その時、背後に気配を感じて振り向くと、女性の店員さんがパンケーキとチョコアイスを乗せたお盆を持ったまま気まずそうにしていた。2品とも私の注文したものだ。

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