七福神から、借金しました。
読天文之
第1話街の中の仏
三重県津市にある一件のネットカフェ。ある日の深夜、ここに一人の男が入ろうとしていた。
「ここは安くて寝泊まりするには丁度いい、でもあと二・三回しか入れないか・・・。」
ネットカフェを利用するにはどうみても年を取りすぎている岩岡武、岩岡は仏頂面で年齢も五十代末期、時間帯的に会社で残業している方が似合う男だ。
「あの、Aの1の部屋でお願いします。」
「はい、こちらへどうぞ。」
岩岡は部屋へ案内された、実はネットカフェを利用するのは今回が人生初、そもそも岩岡はネットカフェなど縁もゆかりもない生活をしていた。
「テレビでしか見た事無かったけど、本当にパソコンがある。」
岩岡は部屋の周りをあちこち見回した後、パソコンを起動させ動画サイトで好きな動画を見た後、パソコンをシャットダウンさせ机でうずくまって寝た。
さて岩岡の生活がどのように落ちぶれたのか経緯を説明しよう。
今から五年前、岩岡武は大手銀行の支店で店長をしていた。もともとリーダーシップに長けていて、優秀な人材だった・・・。だがある日、岩岡の許に本店の課長がやってきた。
「課長、ご苦労様です。」
「岩岡君、単刀直入に言う。君は用無しだ。」
岩岡はきょとんとした。
「あの・・・クビということですか?」
「そうだ、今までご苦労だった。」
「そんな!どうして、クビなんですか!?」
「岩岡君、支店統合の話は知っているか?」
「はい、この地区には支店が三つ程ありました。つまりこの地区全ての住人の預金を、この支店のみに集中させるという事ですね?」
「そうだ、そうすればある程度人件費も節約できるし、なによりひとまとめのほうが管理しやすいからな。」
「だとしても、クビは納得できません!降格しても働きますので、クビは考え直してください。」
岩岡は強く訴えたが、本店の課長はそれを黙殺した。岩岡は不当解雇で訴訟しようとも考えたが、岩岡には中学生の娘(岩岡文香)がいて高校入試に励んでいるところなので、訴訟する余裕が無かった。
そして退職金をもらい銀行を辞めさせられた岩岡は、妻(岩岡恵)と娘にそのことを報告し、再就職に励んだ。しかし当時五十三歳のためなのか不運故のものなのか、再就職は思うようにはいかなかった。そして五度目の不採用を受けた日、突然義実家から「大事な話がある、一人で来てほしい。」と言われた。岩岡は車を一時間走らせ、義実家に到着した。
「お父さん、武です。」
「来たか、まあ上がるがいい。」
神妙な顔で斎藤修司(恵の父)に言われた岩岡は、リビングの椅子に腰掛けた。
「話というのは、何でしょう?」
「武君、娘と離婚しなさい。」
岩岡は、またきょとんとした。
「あの・・・、言っていることがわかりません。」
「だから言った通りだ、準備もこちらで用意してある。」
修司は離婚届を岩岡に見せた、すでに恵の名前が記入されていた。
「どうして、離婚しなきゃいけないんだ!!」
岩岡は声を荒げた、すると斎藤千佳(恵の母)が話に入ってきた。
「あなた、銀行を辞めさせられてから再就職してるじゃない。」
「そりゃ、家族の生活がかかっていますから。」
「でもあなた年齢を考えなさい、定年が近い男を雇う会社がありますか?」
「千佳の言う通りだ、娘から聞いたところ五回も落ちてるというじゃないか。」
「だからってまだ私は働けます、今度こそは再就職を成功させます!」
「その台詞が、信用出来ない。」
岩岡はショックを受けた。もともと今は亡き両親のお見合いで恵と結婚した岩岡、当時岩岡が銀行員をしていたのを聞いた斎藤家の方からお見合いを持ちかけてきた、そして武を一人前にしたい両親と意見が合致し結婚したのだ。だから岩岡は、斎藤家からの信用があると思っていた・・・。
「とにかく、娘も受け入れたんだ。君も受け入れるんだ!」
勢い任せの怒声に負けた岩岡は、項垂れるしかなかった。
「わかりました、でもせめて七月十五日までは夫婦でいさせてほしい。」
「結婚記念日か・・・いいだろう,ではそれまで身の回りの整理をしておくんだ。」
こうして岩岡は、斎藤家を出た。
そして七月十五日、武と恵の結婚記念日当日。高山は二人っきりで祝おうと準備をした、そして恵も来てささやかなパーティーが始まった。
「武・・・、離婚を受け入れるって実家から聞いたけど、本当なの?」
「ああ・・・、正直に言ってこのまま穀潰しでいるよりはいい。娘のためにも、退職金は全て置いていくつもりだ。」
「そう・・・、あなたって優しいのね・・。激務なのにいつも家族を優先して休みをとってくれたり、授業参観とかも私がいけない時に変わりに出てくれた。本当に、ありがとうございました・・。」
泣く恵に、武は肩に手を置いた。
「すまない・・、私の力不足だ・・。」
「あなたが泣くことないわ!さあ今日は結婚記念日なんだから、パーッといきましょ!」
恵は無理して笑顔を作り、ワインの封を開けてグラスに注がずラッパ飲みした。見ていた武も、真似をした。
そして翌日、恵から渡されたお金と整理した荷物が入った大きなカバンを三つ持って、岩岡は家を出た。
そして現在、ネットカフェを出た岩岡は日雇いの仕事に向かった。内容は商店街の清掃、一日一時間で自給千円という仕事とは言えない仕事だった。それをこなした後、コンビニでお茶だけを買って公園へ行く。いつも荷物を持ちながらの移動のため、岩岡は以前よりげっそりと痩せた。
「今日も・・・、寝るか。」
もはや岩岡は寝ることが日課になっていた。遊具の物陰で、座りながら眠っていた・・・。
「ほっほっ、こんなところに可哀そうな者が・・。」
「真面目に生きてきたのに・・・。」
誰かの声を聞いて、岩岡は目を覚ました。
「あなた方は一体、誰ですか?」
「我らは七福神だ。」
岩岡は目を大きくした。夢を見ているのかと思い、自分の頬を自分で打った。
「夢ではありません、今回は一つ大きな福を授けに来ました。」
「弁財天さま、どういうことですか?」
「これからあなたには、多くのあなたのような人を助けてもらう。さすればあなたにも、大きな福が来る。」
神様を少年の頃から信用している、岩岡は土下座してお願いした。
「お願いします、私に福を!」
「ふむ、それではあんたには金を借りてもらおう。」
「・・・・、えっ。」
「その金で人を助けるのだ、そしてそれによる幸せで払うがいい。」
「大黒様、いくら借りればいいのですか?」
「ふむ、ざっと七億じゃ。」
岩岡はその額に腰を抜かした、支店長だったころの年収の何倍だろう・・。
「ただし返せなくなったら、そなたは地獄に落ちる。借金をする覚悟はあるか?」
「布袋様・・・・、わかりました。ぜひやらせてください!」
「その覚悟やよし、さあこれを受け取りたまえ。」
大黒天は小さな仏像を、岩岡に渡した。岩岡が受け取ると七福神の姿は消え、ただ手に仏像を持っていた。
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