第8話 連鎖

 人気タレント猿山一郎が負傷したニュースは人々を驚かせた。

 深夜、因縁の心霊スポットで、40段の階段を転落して、全身打撲の大けがをしたというのだ。

 深夜の救急車はふもとの住宅街を騒然とさせた。

 一時意識を失っていた猿山は、幸いなことに命に関わるような深刻なけがはなく、3日後、頭と腕を包帯でぐるぐる巻きにしたかっこうで病院前で退院の記者会見に臨んだ。

「どうも。お騒がせして申し訳ありません。ちょっとふざけすぎてしまいました」

 反省した様子でしんしに頭を下げる猿山に記者が質問した。

「どのような状況で転落したんですか?」

「すみません、よく覚えてないんですが、上がり切ったところでふざけて、わあっと、幽霊に襲われたみたいにのけぞって、足を滑らせて、転落したようです」

「撮影の最中だったんですよね? その時の様子はカメラに撮られてないんでしょうか?」

「それは、多分、警察の方に提出されてるんじゃないでしょうか? すみません、僕は分かりません」

「今回事故に遭われたのは例のO公園だったわけですが、率直に言って、どうでしょう? あなたが馬鹿にした『さわり地蔵』の祟りだと思いますか?」

「そうかもしれません。色々とご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

 といった具合に、さすがにいつもの人をおちょくった強気の調子はなく、大人しいものだった。


 その2日後から、すっかりスケジュールの押しているレギュラー番組の収録に臨んだが、まだ包帯の取れない痛々しい状態では調子が戻らず、

「ども。ミイラ男です」

 の登場挨拶から滑りまくりで、スタジオには乾いた笑いしか起きなかった。

 1週間もすると包帯も取れたが、何かが、彼の中でおかしくなってしまったらしい。

 まったく面白くなくなってしまった。

 誰にでもなんにでも喧嘩をふっかけ、やたらと回転の速い頭で次から次に理屈を展開して無理矢理相手をやり込めて、無理矢理ぶりに自分で途中から笑ってしまって、辛辣な内容に関わらず空気が悪くならないで終わる、というのが彼の身につけたウケるパターンだったのだが。

 それが壊れた。

 しゃべっていると頭がカアッと熱くなって、激しく相手を罵倒し、相手の青ざめた顔にハッとすると、スタジオは重い空気に沈み、出演者、スタッフの猿山を見る目は冷たく、殺伐としたものになっていた。

 以前の猿山ならここでももう一踏ん張り、更に理屈をこね回して逆転を狙うところだが、場の空気に心が萎縮して、ただ、

「済みません」

 と頭を下げた。

 皆は冷たい呆れ顔で、淡々と先へ進んだ。猿山はじっとうつむき、拳を握りしめ、

『何やってんだ、俺』

 と自分を叱りつけたが、ヒクリと心が震え、どうしても後ろ向きの思いから抜け出せなかった。

 メインの「猿山の登ってこい!」は復帰の最初こそ好奇心を集めて視聴率は高かったものの、どんどん落ちていき、翌週、翌々週と、深夜帯にしても底辺まで落ち切ってしまった。

 他のゲスト番組も、猿山が出ると如実に視聴率が下がり、プロデューサーや芸人仲間から嫌われるようになった。

 どうやら猿山は、憎めない愛嬌が抜けて、ただの嫌みな理屈男になってしまったようだ。


 さて、事故そのものについてだが、

 撮影のやり方に問題はなかったか、警察で検証が行われた。

 現場にいた全員から証言をとり、撮影したテープをすべて提出させて再生してみたが、テープには何も写っていなかった。

 画面は真っ暗で、音声はザーッと、所々雑音が大きくなったりしたから、ちゃんとテープは回って撮影はしていたと思われるが、音声も雑音だけで人の声や辺りの様子が分かるような音は聴き取れず、なんの役にも立たなかった。

 撮影したテープの長さは1時間ほど。目的の場所に立ち入った途端に転落したにしては長過ぎて、いったい何を撮っていたのだろう?と疑問に思われたが、山のふもとから回しっぱなしだったということで、それならそんなものかと思われた。

 ただ、何か拙いものが写ってしまって、それで慌てて撮影したものを消去したのではないか?という疑いもあった。

 しかし本人から何かしら被害を訴えるようなこともなく、スタッフたちの証言も一致して、特に不自然なところもなく、幸い後遺症もなかったことから、単なる不注意による事故で、事件性はなし、ということで決着した。



 猿山の立場を決定的に悪くする出来事が起こった。

 夜中、バイパスで、けたたましくクラクションとエンジンを鳴らして暴走行為をしていたオートバイのグループが、事故を起こして、3台が大破、乗っていた3人が死亡する惨事となった。

 3人とも首の骨を折って死亡し、この3人が

『O公園のさわり地蔵にイタズラ書きをした』

 とネットに書き込みされ、


>やっぱり祟りは本物?

>ここでもさんざん悪口書いてた奴らがいたよな(笑)

>やべ…… 鏡に変な影が映ったんだけど……

>嘘こけ

>マジだよ…………

>御愁傷様です(笑)

>助け求む。どこかいい神社知らない?

>>なあ、マジでヤバい雰囲気なんだよ

>>>どうしてくれるんだよ猿山! てめえがぶっ殺されろ!


 と、騒然たる書き込みが続いた。

 果たしてこの書き込みが事実かどうかは分からないが、心当たりのある者たちに強い不安感を与えた。

 1年前の不謹慎な行為が改めて批判され、

『写真なんか撮って霊をさらし者にしたからだ!』

 とも非難され、猿山のブログから写真及び該当記事は削除された。

 テレビでもすっかり面白くなくなった猿山に対するバッシングは日増しに激しくなり、擁護する者はなく、


 「猿山の登ってこい!」は10月の改変期を待たず前倒しで打ち切りが決定した。



 9月になると猿山はすっかり仕事を干され、一日中家にこもるようになった。

 家にはお腹が大きくなり旅行会社を退社した妻真弓がいた。

 幸せだった日々ははるか彼方に遠ざかったように、家の中は重苦しい雰囲気に沈んでいた。

 真弓は、

「元気出して、あなた。今は風向きが悪いだけよ。あなたの才能は本物よ? きっと、必ずまたチャンスが巡ってくるわよ」

 と励ました。猿山は、

「うん」

 と微笑み、今はネタ集めの時だと本を読みふけっていたが、気がつくと字面を目で追っているだけでまるで内容は頭に入っていなかった。

 どうしてこういうことになってしまったんだ?

 という後悔の思いが心を占めて、何も建設的なことを考えられなくなっていた。しかし、


 どうして?


 と、その原因を考えようとすると、ブルッ、と、背筋を大きく震えが走り、額に汗が噴き出した。

 考えようとすると、何か真っ黒な物が記憶の中から浮かび上がってこようとして、ビクッ、と、慌ててそれにふたをした。

 猿山は怯え切っている自分に気づき、陰々滅々たる気分に落ち込んだ。


 これがさわり地蔵の祟りなんだろう、


 と、猿山は思っていた。

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