第35話

 俺達の近くで小娘を捕まえたと、多くの足音が遠ざかっていく。

 しばらくして馬車が立ち去る音がして、辺りには暗闇と静けさが戻る。


「【ライト】」


 取り敢えずは明かりを確保した。


「ウルラ! シエルは? こんなピンチに何で来ない?」

「ベルーガ王子、先ほどから呼びかけているのですが、主人からの返事がありません」


「シエルがか?」


 そうだ、なぜ、シエルから返事が帰ってこない。

 お主の大切な小娘が連れて行かれたのだぞ。


 近くの茂みが揺れてカサカサと音を立てて、黒猫がひょっこり顔を覗かせた。

 二本の尻尾を揺らして、ワシらを見つけて駆け寄ってくる。


「ウルラ先輩、ベルーガ王子お怪我はないですか?」


 今頃か……ラエルの使い魔ガット。お前は一部始終、隠れて見てたいたろ、この弱虫ガットめ。


「ガット、主人に連絡はしたのか?」

「あっ、多くの人族に驚いて震えてたから、主人に連絡するの忘れてました」


 テヘッと笑う。


 こ、こやつ、前から思っていたが、頼りない使い魔だ。

 前のご主人との相性が悪かったらしく、痛めつけられたせいか、人族が苦手。

 ラエルは実力のある魔法使いのはず、なんでこんな、ぽんこつ使い魔を使うのだ?


「先輩、せんぱーい、主人を呼んだよ。その前にこの邪魔な網を取るね……うギャァ、痛い、何ですかそれ?」


「使い魔捕獲網だ」

「うぇっ、そう言うことは、先に言ってくださいよ。痛い、痛い」


 ガット泣くな、驚き、騒ぐな! 


 鬱陶しい、転がるな!



 ザッ……。


 近くでザッザッと草を踏む足音が聞こえた。

 ライトの明かりの下に突如、ぬっと、現れた黒いロープの男。

 その男の前髪から、青い瞳がワレ達を見下ろした。

 

「これは使い魔捕獲網だね。何で? こんなものがここにあるの?」


「あるじ!」

「うわぁ、ラエル⁉︎」


 ……ラエルか、相変わらず気配を感じさせない、奴だな。

 ガットは嬉しそうにあるじ、あるじと体をすりすりするなか、ラエルはしゃがんで、捕獲網の分析をしだした。


「この国は魔法国はあるけど、使い魔を使う人は、いないはずなんだけど?」


 ここがこうなって、ああ、そうか。わかったと頷き。

 先端に青い魔石がはめ込まれた、一メートル位の杖を出し網に当てながら「【解除】」と唱えた。

 先端の青い魔石に魔法陣が現れて、ワレを取包む網を消しさった。


「助かった、ありがとう」


「ところでウルラ、兄貴は? 連絡してないの?」

「主人とは先ほどから、連絡が取れぬ」


 そう。とだけいい、口元に手を当てて何かを考えている様子。


「ベルーガとウルラは怪我していない?」

「ワレの羽に擦り傷が……っ、ない? ここにあった擦り傷が消えている」

 

「え、怪我が消えたの?」


 ラエルに怪我をしてはずの羽を見せると、それを見てラエルは目元と口元を緩めた。


 なんと、不気味な笑みだな。


「ラエル、俺はルーチェちゃんが守ってくれたから……怪我はしてないよ」


 ベルーガ王子はご自身が小娘を守りたかったのだな、少し落ち込んだように見えた。


「でも、二人に怪我がなくてよかった。兄貴へ僕からの念話、通信にも反応は無しか。そうなると兄貴は珍しく熟睡しているか……気絶してるのかな?」


「シエルが気絶⁉︎」


「あの、主人がか?」

「ひぇぇ、そんなことがあるなんて」


 いつも冷静なシエルが? ……いや、最近は小娘といる時だけ普通に恋する男性に見えていたものな。



『もう、福ちゃんはまた太ったって酷い!』


 うむ。シエル同様、ワレも彼女は気に入っている。



 ♢



 ポタリ、ぽたりと天井から、落ちる水滴で目が覚めた。

 じめじめ、カビ臭い。この臭いは少し前に嗅いだな。



「ここは地下牢か……」


 しくった、魔法屋でルーに話すと言い。二人に格好をつけた結果がこれか?

 心乱れたまま部屋の片付けの途中、何者かに襲われ気絶するとは……情けない。



 俺の心の大半はルーで、一杯か、それはそれで良いが。



 はて? なんのために俺を捕まえた?

 体を糸でぐるぐる巻きに拘束して、ご丁寧に結界で封じ込めた?



 しかし、こんなちんけな魔法で俺を拘束できると思ったのか、なんとも俺は甘くみられたものだな。

 


 まあ、油断して捕まりはしたが。

 もしもの為にと俺とラエルは国で訓練を受けてきている。


 俺達の師匠もおっしゃっていた、魔法詠唱はなくてもいい、魔法の理を理解してさえすれば、自ずと使えてしまうのだよ。



(まぁ深く考えず魔法を楽しめ、魔法を体全体で覚えよう)



 それはベルーガの父上、国王陛下の様にできる者の、言葉だ思っていたのだがな。

 

 魔法は体の一部だ、本当にそうだったと思うよ。


 

(さてと、ここから出るか)


「来い」と、赤い魔法石がついた杖を呼んだ。

 杖などなくても良いが。少々、心が荒ぶっている、魔力を安定させて暴発を防ぐためだ。


 魔石を地面に当て「【解除】」と、拘束糸と結界を消した。


 くっ、体が痛い、どれくらいここで気絶をしてたんだ? ズボンを漁ったが、いつもの懐中時計がない。


 仕方がない、ウルラに時間を聞くか。


『ウルラ、聞こえるか?』

『ご、主人か? シエルか?』


 あるじ? いつもは偉そうに名前を呼ぶくせに。


『何かあったのか?』


 直ぐにウルラは答えなかった。


『おい、何かあったかと聞いている』

『シエルすまぬ。小娘が連れさらわれた』


 なんだと、ルーが連れさらわれた?


『ウルラ、詳しく説明をしろ!』


『真夜中、騎士が部屋に侵入した際、小娘とベルーガ王子を連れて窓から出たはいいが、使い魔捕獲網に捕まった』


 騎士だと? カロールか! しかし、ルーの場所は奴にはバレていなかったはず? 


 まさかな


『そこにルーの弟はいなかったか? 名は確かイアンだ』


『イアンか? あぁいた。ワレに捕獲網を放ち、小娘を拘束したのはそいつだ』


『そうか、いたのか……その場には、カロールもいたのか?』


『……あぁ、いた。⁉︎ おいシエル、待て落ち着け、ワレ達も向かっておるから、今は落ち着け! シエル!』


 だから、邪魔な俺を拘束したのか。

 はははっ、血が逆流するというのはこんな気持ちなのか……


 ほんと、初めての事ばかりだ。



 ♢



 ライトの光の下に集まり、ワレ達は集まり話し合っていた。


「僕達も王都に向かおう」


 ラエルが言うには、小娘を連れ去ったのはこの国の第一王子カロール。あの頼りない男か……となると、小娘は王都にある王城にいるのだな。

 ガットは下を走り、ワレは人が乗れる大きさとなり、ラエルとベルーガ王子を乗せて飛び立った。



 もう直ぐ王都に着く前。



『ウルラ聞こえるか?』

 


 突如、シエルからの連絡が入る。

 しかし「小娘が連れさらわれた」と伝えたところで、なにやら雲行きが怪しくなっていった。


『おい、シエル? シエル?』


 呼んでも反応なし? 

 まさか、怒りに我を忘れたのか?


「ラエル、ベルーガ王子」

「ウルラ、どうしたの?」


「シエルがキレた……」

 


 今「シエルと連絡を取り合っていた」とも付け加えると、ラエルとベルーガ王子の体がぶるっと震えた。



「シエルがキレた! だって⁉︎ あいつキレたことなんてあったっけ?」


 ベルーガ王子がラエルに聞いた。


「機嫌が悪い、までは知ってるけど、キレるのは僕も初めてのことだから分からない。とにかく王都まで急いだほうがいい。兄貴を止めないと」



 歯切れ悪く、二人ともに分からないと言っているが、体が震えている?


 ワレもだ、ワレもまだシエルがキレたことなど見たことがない。


 急がなくては! ワレは限界まで速度を上げた。

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