第19話 軌道エレベーター
時計を見ると寝ていたのは六時間ほど。
第四惑星到着までまだ九時間はある。
それにしても寝汗が気持ち悪い。
お風呂に入りたいけど《リゲタネル》にはお風呂どころシャワー設備すらない。
隣のシートではサーシャが大イビキをかいている。
こりゃ寝なおすのは無理みたいね。
あたしは身体の汗をペーパータオルでふき取った。着替えを済ませて仮眠室を出る。
仮眠室は操縦室のすぐ上にある。かなり弱くなってはいるが、この部屋にもブラックホールから漏れる重力が作用していた。
操縦室に降りると教授が振り向く。
「まだ、交代には早いぞ」
「目が覚めちゃったのよ。寝なおそうにも、サーシャのイビキが五月蝿くて」
「そうか」
慧はFMDを着けたまま、シートの上で体育座りをしている。
あたしもFMDを付けて慧に話しかける。
「相手町の事覚えている?」
「うん」
慧があのゴリラのような親父さんに連れられてあたしの家の隣に引っ越してきたのは、あたしが来た一年後のことだった。
本当にあの親父さんの子供かと思うぐらいひ弱な子で、よく悪ガキに虐められていた。
だから、慧にとってはあまりいい思い出はないのかもしれない。
もっとも、慧が虐められていたのは別に相手町にいるときだけじゃない。地球に帰ってもそうだった。
「慧にとってはあまり楽しい町じゃなかったかな?」
「そんな事ないよ。どうして、そう思うの?」
「だってさ、いじめっ子がいたし」
「いじめっ子なんてどこにだっているさ。それにあそこでは美陽が助けてくれたし、それにいい思い出も一杯あるよ」
「そっか」
「二人で洞窟探検やって怒られたよね」
「そんな事もあったね」
「相手神社のお祭りも楽しかったよ」
「そっか」
「東京や横浜よりもずっと楽しかったよ」
「そうね」
その楽しかった町にもうすぐ帰れる。
あの町はなくなったわけじゃない。
ただ、ワームホールが潰れて行けなくなっただけ。今でも、第四惑星に相手町はある。
そこにお父さんもいる。
慧のお母さんもいる。
洋子ちゃんだっている。
吉良先生だっている。
いなくなったわけじゃない。
ただ会えなくなっただけなんだ。
「美陽。第四惑星が見えてきたよ」
慧がディスプレイに第四惑星を表示した。
「どれどれ」
カペラとは反対方向からなので、第四惑星は大きな三日月のような姿だ。離れたところに見える小さな三日月は第四惑星の衛星。
そして大きい方の三日月から少し離れたところに光っているのが宇宙ステーション。
その宇宙ステーションから細い糸のような軌道エレベーターが地表に伸びている。
そういえば十六年前のあの日、父はエレベーターに閉じ込められた人を助けに行くと言っていたな。
あれは軌道エレベーターの事だったんだ。
「十六年前、圧壊のあった日。親父はエレベーターに閉じ込められていたんだって。そこを美陽のお父さんに助けられたって」
「そんなことが!?」
そうか。あの親父さんがあたしに甘い理由はそういう経緯があったからなんだ。
「そのエレベーター、一度は地上に降りたけど、その後また動かなくなって宇宙ステーションの人達が取り残されたんだ。植民地政府から撤収命令が出たのはその時だって」
「そんな事、いつ聞いたの?」
「美陽が《楼蘭》に行ってる間だよ。それまで親父は、その事が辛くて誰にも話せなかったって」
「なんで?」
「上に取り残された人達の中に、母さんや父さんの部下達がいたんだ」
「ええ!?」
「親父はあそこに残ってエレベーターを修理したかったんだ。でも美陽のお父さんに頼まれて、僕達を迎えにいったんだよ」
「あ!!」
そうだ。あの日、あたしは慧を連れて相手山にミルミルの実を摘みに行ってた。
ミルミルは、森の木々に寄生する植物。樹木に蔓を巻きつけ、養分をかすめ取って成長する。と言っても樹木を枯らすようなことはない。
ミルミルのつける赤い実は、地球人に有害な成分はなく植民地の人達の食糧となっていた。
その実を摘んでいる時に父から電話がかかってきた。
トンネルに急げと言われて急いで戻ろうとしたけど、道に迷ってしまい父に電話をして助けを求めた。
そしてしばらくしたら慧の親父さんが運転するバギーが迎えに来てくれて……
じゃああたしがあの時、道に迷わなかったら……
慧の親父さんはエレベーターの修理ができた!?
宇宙ステーションに残ってた慧のお母さんも地上に降りれた!?
父も早く戻ってこれた!?
あたしのせい!?
あたしが道に迷ったせい!?
「美陽!! どうしたの!?」
慧が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいる。
「どうしたの? 泣いてるの?」
え? あたしが泣いてる?
あ! 本当だ。いつの間にか涙が……
「何でもないわ。昔の事をちょっと思い出してただけよ」
「昔の事……?」
「ごめんね。あの時、あたしが道に迷ってしまったばかりに……」
慧はあたしの話を聞いてもあたしを責めたりはしなかった。
そんなの美陽のせいじゃないとも言ってくれた。
でも、やっばりあたしは自分が許せなかった。
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