第15話 ブービートラップ

「なんなの!?」

 サーシャは驚いてキョロキョロする。

「索敵プローブからの通信が入ったら、警報がなるようにセットしておいたのよ」

 あたしは警報を止めた。

「索敵プローブ? まさかワームホールが開いたの?」

 慧がコンソールを操作して索敵プローブのデータを読み取っている。

「違うよ。ワームホールはまだ開いていない。でも、プローブに何かが近づいているんだ」

「何かって何? まさか!?」

 サーシャは何か心当たりがあるみたいね。

「慧、映像を出して」

「今やっている。あ!」

「どうしたの?」

「プローブ一号との通信が途絶えた。攻撃されたらしい」

 攻撃って? いったい何者? まさか他にもワームホールが?

「プローブ二号の映像を出すよ」

 映像が出た。

 明らかに人造物。

 大きさはプローブと変わらない円盤状物体が五機、シリンダー状物体が三機。

 そしてどれもロシア国旗が描かれていた。

「サーシャ! あれはなんなの?」

「キラー衛星よ。まさかあんなものがあったなんて」

「どうしてそんなものが」

「恐らく、東トロヤ基地が陥落する前に基地指令がこっちへ送り込んだのだと思うわ」

「なんですって?」

「CFCがノコノコやってきたら、自動的に攻撃するプログラムがセットされていたと思うの」

「ブービートラップね」

「そうよ」

「円盤とシリンダーは、それぞれどういう役割なの?」

「円盤タイプは近接戦闘タイプ。小型の化学レーザー砲を装備しているわ。シリンダータイプは遠距離攻撃用。武装は一発使い捨てのグレーザー砲よ」

「一発使い捨て? 連続使用できないの?」

「あのグレーザー砲は砲身内で小型核融合爆弾を爆発させ、その時に発生するガンマ線を増幅して打ち出す核グレーザー砲よ。一回でキラー衛星ごと蒸発してしまうけど、その代わり威力が凄いわ」

「核グレーザー砲の有効射程距離は?」

「約二万キロ」

「あちゃー」

 《リゲタネル》のグレーザー砲は連続使用できる代わりに有効射程距離七千キロ。まったく、勝負にならない。

 プローブ二号が円盤タイプに追いかけられている。

 やられるのは時間の問題だ。

 索敵プローブには自衛用の小火器すらないのだから。

 一方でシリンダータイプの一機がロシア側ワームホールの前に陣取った。

 他の二機のシリンダータイプは……

 まずい! 日本側のワームホールに向かっている。

「サーシャ! 攻撃プログラムを解除できないの?」

「さっきからやってるわよ」

 サーシャはさっきから必死でコンソールを操作している。

 キラー衛星とコンタクトしてパスワードを打ち込んでるようだが、エンターキーを押すたびにエラーになっていた。

「まったくあの禿げ親父!! パスワードにいったい何を使ったのよ!?」

 禿げ親父と言うのは東トロヤ基地指令の事かな?

「ねえサーシャ。あんた、ひょっとしてその禿げ親父からセクハラとかされなかった?」

「はあ!? いきなり何言い出すのよ」

「いや、気にいってる女の名前をパスワードにしているかもしれないし」

「う」

 サーシャは思い切り顔をしかめる。

 まあ、そうだろうな。

 あたしだって自分の名前を教授のパソコンのパスワードに使われたら思いっきり嫌だし。

「ないとは言い切れないわね」

 凄く嫌そうにサーシャは自分の名前を打ち込む。

 エンター!

 エラー……

 やっぱり駄目か。

「違うじゃないの!!」

「じゃあ東トロヤ基地の女性士官の名前を、片端から打ち込んでみたら」

 サーシャは渋々と携帯端末を取り出し元同僚の名前を次々と打ち込み始めた。

 そうしてる間にプローブ二号は撃破された。

 一方でシリンダータイプの方は確実に日本側のワームホールとの距離をつめている。

 たぶんシリンダータイプがワームホールを押さえてこっちの逃げ道を塞いだ後、円盤タイプがあたし達を駆り立てるという戦術なんだろう。

「慧、奴より先にワームホールに入れる?」

「無理。その前に射程距離に入る」

 もう計算していたのか。

「サーシャ。パスワードはまだ分からない?」

「思いつくのは全部打ち込んだわ! もうお手上げよ」

 ううむ。無理か。

 そうしている間に、ワームホールは射程内に入ってしまった。

 もう逃げ道はない。

「慧 《リゲタネル》を惑星の反対側に」

「遅い。今からやっても追いつかれる」

「ぐ」

 惑星を盾にしようと思ったが手遅れか。

 まてよ。大気圏に入って浮島を盾にすれば。

 いや、駄目だ。

 そんな事をしたら浮島の上に住んでいる現地人……いや、現地猫を巻き添えにしてしまうわ。

「船長。こうなったら仕方ない。ワームホールを開くんじゃ」

 ワームホール? 教授は一体何を?

 あ! そうか。

「慧、時空穿孔機を用意して! ワームホールにもぐるわよ」

「了解!」

 こうなったら仕方がない。

 一か八か新しいワームホールを開く以外にないわ。

 新しいワームホールがどこにつながるかは誰にも予想できない。

 恒星の中に出る可能性もある。

 しかし、その可能性は一パーセント以下。

 一方でこのまま何もしないでいると、あたし達が核グレーザー砲の餌食になるのはほぼ百パーセント。

 どっちを選ぶか考えるまでもない。

「サーシャ」

「なによ?」

「ワームホールの向こうに何があっても、あたしを怨まないでね」

「怨まないわよ。あんたこそ、ワームホールが開く前にグレーザー砲にやられちゃっても私を怨まないでね」

「ええ、怨まないわ」

「ビーム発射十秒前」

 カウントダウンが始まった。

 レーダーを見ると《リゲタネル》がグレーザー砲の射程距離に入るより一秒早くワームホールは開く。

 間に合うか?

 カウントダウンはじりじりと進んでいく。

 一方でキラー衛星も迫ってくる。

 問題はキラー衛星がどのタイミングでグレーザー砲を撃つかだ。

 時空穿孔機がワームホールを開いてから《リゲタネル》が完全にワームホールを抜けるまで三秒かかる。

 もし、キラー衛星が射程ギリギリで撃ってきたら間に合わない。しかし、確実に仕留めようとして三秒以上発射を遅らせれば《リゲタネル》は逃げ切れる。

 あたしは後者にかけた。

 核グレーザー砲は一回しか撃てないだけでなく、撃ったら最後、砲身もキラー衛星も蒸発してしまう。ならば確実に仕留めようとするはずだ。

 カウントダウンがゼロになった。

 ワームホールが開く。

 あたし達は光に包まれた。

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