第11話 酒場
「まったく。感じ悪い男ね!! ちょっと顔がいいからって」
サーシャはビールのジョッキをドン! と叩きつけるように置いた。
ちなみにまだ二杯目だ。
ロシア人て、みんなウォッカをガバガバ飲んでるような奴らばかりかと思っていたけど、酒に弱い人もいるのね。
あの後、あたしはサーシャを酒に誘ったのだ。正直この先、あんなギスギスした雰囲気で共同調査なんてできたもんじゃない。
古典的な解決方だけど一緒に飲めばなんとかなるかなって思って誘ってみたのだが。
ちなみに男達には《リゲタネル》の改造を任せてある。
「慧のこと許してあげてよ。本当は優しい奴なんだから」
「どこがよ?」
昔は、あんな意地悪言う奴じゃなかったのにな。
どこで、育て方間違えたんだろ?
て、あたしが育てたんじゃないか。
「たださ、サーシャ。この先あたし達で共同調査をやるんだから、お互い隠し事はなしにしない」
「隠し事? 何のことかしら」
あくまでも、とぼける気ね。
「そうだ。こっちも隠し事があったから話とくわね」
「なに?」
「ロシア側から見せてもらった浮かぶ岩山の写真だけど、あたし達は向こうであれを見ていないのよ」
「なんですって?」
「つまりあの惑星にエキゾチック物質がある事を、日本側は掴んでなかったのよ」
「だってあんたこの前会ったとき……」
「この前サーシャは『あれを見つけたのね』と言ったわね。それって浮かぶ岩山の事だったのね」
「そうよ。他に何があるの?」
あたしは携帯端末を操作した。
三年前に惑星二一〇三デルタで撮影した写真を出してサーシャに見せる。
「何これ?」
「遺跡よ。あの惑星にあったわ」
「じゃあ、あの惑星には?」
「知的生命体がいるのよ。だから、この前あなたの言った『あれ』をあたしは遺跡の事だと思っていたのよ」
サーシャが突然けたたましく笑いだした。
「こりゃあ傑作だわ。お互い勘違いしていたわけね」
「ええ」
サーシャは二杯目をようやく飲み終わり三杯目を注文した。
「だからサーシャも、そろそろ本当の事を話してもらえない」
「本当の事って?」
「始めに約束しておくわ。あなたが何を話しても、あたしはあなたを《リゲタネル》に乗せて惑星に連れて行く。例え、そっちのワームホールが使えない状態にあるとしても」
「なぜ、そう思うの?」
「共同調査と言ってもこっちのワームホールを使う以上、主導権は日本側が握ることになる。ならば、お互いのワームホールから入って、現地集合した方がいいはず。なぜ、ロシアはそうしないのか色々と考えてみたのよね」
「それで、どう考えたの?」
「本当はワームホールの位置を教えられないんじゃなくて、ワームホールがなんらかの事情で使えない事を知られたくなかった。日本に知られたら共同調査を断られる。そうじゃないの?」
「……」
「今のところ、この推測はあたしの中に留めている。でも、あなたが黙っているなら上司に報告するけどいいかしら?」
「そうよ。と、言ったらどうするの? 断る?」
「あたしには断る権限も承諾する権限もない。政府が決めることよ」
「でしょうね」
「でも、あたしは個人的にあなたと行ってみたいのよ。あの惑星に」
「あなたの独断でそんな事していいの?」
「いいわけないわ。でも、正直に事情を話してくれるなら、あたしはここで聞いた事は忘れることにする」
「いいの? それで」
「ええ」
「あなたの推測通りよ。ロシアのワームホールは使えなくなった」
「正直に答えてくれてありがとう。このことは忘れるわ。ところで、あの惑星には知的生命体がいるかもしれないけど、やはり調査に行く?」
「行くわよ。知的生命体にも興味があるし、ファースト・コンタクトすれば優先的に交渉する権利を国連に認められる。たぶん、彼らの方が米系企業よりも、安くエキゾチック物質を売ってくれると思うわ」
サーシャは三杯目を煽った。
「さて、これでめでたく私達の間に隠し事はなくなったわね。乾杯しましょ」
「いいえ。まだ、あるわよ」
「え?」
「まだロシア側のワームホールの位置を聞いてないわ。やはり教えられないの?」
「いいえ。ここまで知られたら隠す意味はないわ。ロシア側のワームホールは、東トロヤにあったのよ」
「東トロヤ!」
木星軌道上のラグランジュポイントに二つの小惑星群がある。東トロヤはその一つ。先行トロヤとも言われている。
五年ぐらい前にロシアの調査隊がそこに《楼蘭》のような天然縮退炉惑星があるのを発見したニュースは今でも覚えている。
その後、ロシアはそこにワームホールステーションを作ったらしいが……
「一ヶ月前に
「なんでまたそんな事になったの?」
「三年前の調査の後、どこから情報が漏れたか知らないけど調査資料がCFCに流れてしまったらしいの。それでCFCからは共同開発の話が持ちかけられてきたわ」
「まさか、オーケーしたんじゃないでしょうね?」
「私がオーケーしたわけじゃないわよ」
「わかってるわよ。どうせロシア政府の一部の官僚か政治家が共同開発の条件にいろんな譲歩を引き出しておいて、最後になって難癖つけて『やっぱり共同開発はできません』とか言って相手を怒らせたんでしょ」
「なんでわかったのよ?」
おいおい……図星かよ……
「言っとくけど、断ったわけじゃないわ。実はあの惑星、半分は日本に権利があるので日本とも交渉してください。共同開発は日本を説得できてからにしようと言っただけよ」
いや、そりゃあ向こうも怒るって。
土地を売ってくれという不動産屋に、散々料理を奢らせておいて、いざ契約の段階になって『実は土地の半分は俺のものじゃない。半分はあいつのだからあいつとも交渉してくれ』なんて言われたら不動産屋もブチ切れるだろうって。
「それで、CFCは私設艦隊を送り込んできたわけね」
「ええ」
「だとすると、惑星二一〇三デルタはもう占領されてるんじゃないの?」
「それは、まだわからないわ」
「どうしてよ?」
「私達は東トロヤを撤退する前に、ワームホールの時空管をすべて抜き取っていったのよ。だから奴らが占領した時には、どこにつながるかわからない一千個のマーカーしか残ってなかったはず。時空管だけでなく。ジュネレーターも、時空穿孔機も破壊していったから、奴らは利用できないのよ」
「なるほど」
「今頃奴らは一千個のマーカーの中から答えを探していると思うわ」
「もう答えを見つけてる可能性はないの?」
「可能性は低いけど、ないとは言えないわね。だから万が一の事を考えて《リゲタネル》に武装するように言ったのよ」
「でもさ《リゲタネル》に武装しても付け焼刃だと思うけど」
「分かってるわ。でも武器がある方が逃げるとき楽でしょ。それに奴らの焦りようから見て、まだ答えは見つけてないわね」
「焦り?」
「この前言ったでしょ。ワームホールが七つ同時に圧壊するなんておかしいって」
「じゃあ、あれはCFCの仕業?」
「テロという証拠はないけど、ほぼ間違えないわね。ロシアが日本に共同調査を提案した途端に、日本側のワームホールが圧壊するなんてどう考えてもできすぎよ」
「テロの証拠なら見つかったわ」
あたしは携帯端末に重力波装置の映像を出してサーシャに見せる。
「なにこれ?」
「時空管に共鳴を起こす装置」
あたしは教授から聞いた事を手短に説明した。
「こんなものを使っていたなんて。これでテロは確定ね」
「まだ、状況証拠だけどね」
あたしは四杯目の注文をした。
その事をあたしは後悔することになる。
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