第2話 可笑しな与太話

 酒場の喧騒を肴に道具屋は酒をすすめる。残り何杯呑めるかの計算は諦めて酒場の主人の反応に一任した。


「夢っていやぁ、面白い話がありましてね旦那」


「へぇー、なんだい?」


「いやね、以前魔法使いの老人に聞いた話なんですが。旦那、死神って知ってますか?」


「死神? 死神っていやぁ、アレだ、ほら、アレ」


 酒の回った頭に思い出される黒装束を纏った髑髏。幼少期学校で教わった絵本に出てくる空想の存在。人間、魔物問わず死に間際の者の側に現れ命を刈り取っていくという。子供に言いつけを守らせるために罰則として現れるとちらつかせる脅し役。


「死神が側に現れる人物ってなぁ、僧侶の力があったとしても最早手遅れらしいんですよ」


「治癒促進じゃ間に合わねぇってんだろ。僧侶ってな便利な薬草の塊みたいなもんだが、死人は助けれねぇ」


「ただね、その魔法使いの老人が言うには死神さえ祓えたらその人物は助かるって話なんです」


「あー、んー、まぁ、祓えたらそうなのかも知れねぇが、そんなもん祓えるヤツなんて聞いたこともないぞ」


 死神の存在さえ怪しいが死神を祓えるなんてことになったなら一躍有名になるだろう。そんな話いくら情報に疎い道具屋だからといっても人生で一度も聞いたことがないのはおかしい。


「まぁまぁ旦那、最後まで聞いてくださいよ。こういう夢ある話はね、最後まで聞かないと面白くない」


「あー、まぁそうだな。で?」


「死神なんて祓えないって思いますがね、魔法使いの老人は祓い方も教えてくれたんでさ」


「祓い方?」


「死神ってな面白いもんで、死ぬ間際に突然現れるわけじゃなくて、死期が近づきだしたらまずは寝てる足元に現れるらしいんですよ」


「寝てる足元? なんだ人の寝相を見て様子見か」


 道具屋は酒場の主人の話が馬鹿らしくなってきて笑いだしてしまった。酒場の主人はその反応は予想通りらしく止めずに話を続ける。


「本当に死の間際には枕元に現れるらしいんですが、足元ならまだ祓える。むしろ足元に現れないと祓えないらしいんです」


「はぁー、可笑しな話だ。で、どう祓うんで?」


「足元に現れた死神に呪文を囁くんですよ」


「呪文?」


 僧侶の信仰心による聖の力でも、魔法使いの利用する魔の力でもない、古代から伝わるという呪いの言葉。それが呪文。


「えーと、アジャラカモクレン、カクヨ、ムコン、テケレッツのパー、だったかな」


「は? え、え、何だって?」


「いやだからね、アジャラカモクレン、カクヨ、ムコン、テケレッツのパー、ですよ」


「アジャ、アジャコング、いやちげぇな、アジャラカモクレンだったか。そんなんが呪文だってのかい?」


「ええ、そいつで死神が祓えるって。まぁ夢ある話でしょ」


「はは、確かに童話みたいな話だ。主人はその話聞いて試したのかい?」


 呪文を頭の中で何度か唱えながら道具屋は酒場の主人に問う。酒場の主人は首を横に振った。


「いやぁね、死の間際の人物なんてなかなか会いませんよ」


「ああ、なるほど、そりゃそうだ」


 道具屋は合点と手を打って大笑いして酒を呷った。もう一杯と続く動作は酒場の主人に問題なく受け取られた。




 その後も何杯か酒を呑んだ道具屋はカウンターに並べたお金が無くなったのを見て酒場の主人に挨拶をすると酒場をあとにした。酒場を出ていく頃には傭兵団も帰っていたのか店内の客席はすっかり疎らになっていた。


 何杯呑んだか思い出せないほどすっかり酒が回っている道具屋は、ふらふらと夜道を歩いていた。随分と遅くなったようで近所の家からは明かりが消えていた。夜道を照らすのは月明かりのみとなり暗い。視界は酔いもあり役に立たないが通いなれた道なので記憶頼りに帰り道を歩く。


 出てけと言われ出てきたものの他に行くところもないので家に帰るしかなかった。帰ったらまた土下座だなと道具屋は夜風の冷たさもあって身震いした。


「ああ、そこの、そこの方」


 夜道をふらふらと歩いていると民家の間の闇から声をかけられた。道具屋はぎょっとして恐る恐るその闇を見ると横たわる戦士と治癒処理をしている僧侶がいた。呼びかけたのは僧侶の若い女だ。


「教会へと行き司祭様を呼んできて頂けませんか? 戦士様の状態は私の力では・・・・・・間に合いません」


 息も絶え絶えの戦士の胸に僧侶は手を当てている。よく見ると全身傷だらけの戦士と装束をボロボロにしている僧侶だ。


「近くで魔物が出たのはご存じでしょう。私達は先発として向かったのですが情報よりも数が多く命からがら逃げてきたのです。仲間は数名・・・・・・死にました。ですから、この方だけでも助けたいのです! 動かすには最早体力がありません、どうか司祭様を、どうか!!」


 返事に困惑する道具屋を説得するために僧侶は捲し立てた。僧侶の懇願に道具屋は慌てて首を縦に振った。教会はすぐそこだ。幼少期には何度か通った場所だ、夜道でも迷わず行ける。


 そう足を動かす寸前だった。僧侶と戦士から視線を動かし教会の方へと向こうとした瞬間、道具屋の目にふと見えるものがあった。黒装束の髑髏。絵本で見たその恐ろしい姿、それに似たものが戦士の足元に立っていた。ただじっと立って戦士を見下ろしていた。

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