呑んだくれ道具屋の死神祓い
清泪(せいな)
第1話 呑んだくれの道具屋
「痛ってぇー、はぁ、痛てぇ。チクショー、あの女ボコスカ殴りやがって」
村の隅にある酒場のカウンター席で中年の小柄な男は大きなグラスに注がれた酒を呷る。頬は腫れていて白い肌が赤く染まり、目蓋の腫れで青い瞳もうっすらとしか開いていない。乱雑になった金髪を苛立ちでかきむしると空になったグラスを酒場の主人に差し出した。
「コイツはひでぇや、旦那、喧嘩ですかい? 相手は誰で?」
坊主頭の屈強な身体つきをした主人は髭を生やした口元をニヤリとあげて、グラスに酒を注いだ。
「ああ? ちっ、カミさんだよ、カ・ミ・さ・ん!」
「ああーなるほど。原因は女ですか? 浮気なんて旦那も隅に置けないねぇ」
「ちげぇーよ、こちとら甲斐性なしだと殴られたんでぇ、他に女作る甲斐性ありゃしないよ」
「へぇーだったら何で殴られたんです?」
「あー、
「はー、売り間違えねぇ」
「いやさ聞いとくれよ、売り間違えたってよ、薬草と毒消し草なんてなただの緑の草じゃねぇかそりゃ間違えるだろうよ。おまけに薬草には上薬草と特薬草なんてもんまでありやがる。葉の大きさで見分けろなんてよ、こちとら道具屋であって薬屋じゃねぇんだわかるわけがねぇ。ましてや俺ぁ、野菜の区別すらつかねぇて男だ、間違えるもんだぜ」
捲し立てる道具屋に酒場の主人はニヤリと笑みを浮かべたまま頷く。
「それで旦那、何と何を間違えたんで?」
「あー、子供が怪我したって二件隣の奥さんが言うからよ、薬草を渡したつもりだったんだが、どうも麻痺草だったらしくてな。子供が痺れて動けなくなったどうしてくれんだ!!って店先でカンカンよ」
道具屋はそう言って注がれた酒を呷り、また主人に空になったグラスを差し出した。主人は受け取り酒を注ぐ。
「それでそこまでボコボコに?」
「あー、まぁ、なんていうか、そういうのが日常茶飯事? あ、いや、三日に一回ぐらいはあってだな」
段々と口ごもる道具屋にニヤニヤしながら主人はグラスを渡す。
「そうですね、三日に一回ぐらい聞いてますかね。奥さんの堪忍袋の緒も切れたんでしょうな」
「ああ、キレたねキレた、プッツーンってなもんだよ。甲斐性なしだろくでなしだ人でなしだ、言いたい放題の殴りたい放題だ。終いにゃ出てけなんて言いやがって。腹立って出てきてやったよ」
その際にいくらか抜いてきた店の金をカウンターに並べて道具屋は酒を呷った。あと何杯呑めるかと計算するものの、酒が回ってろくに答えに辿り着けずにいた。
「あー、それにしてもなんだい、今日はいつもと違って騒がしいね。儲かってんね、主人」
村の隅にある酒場は村人の憩いの場である為、大人数用テーブルが五つ、カウンター席も合わせ四十名程度は座れる広さがあるのだが、普段なら疎らにしか客が入っていない。だが今日は五つのテーブルが全て埋まっていて、常連の村人はカウンターでひっそりと呑むか諦めて帰っていくほどだ。
「ああ、傭兵団だよ。近くでね魔物が大量に発見されたらしく、その討伐隊」
「へぇー、近くでね、そりゃ物騒だ」
酒場の主人に負けず劣らずな屈強な身体つきをした男達が三つのテーブルで騒ぎ立てていた。装備品などは宿屋に置いてるのだろうが見るからに戦士と呼ばれる近接戦に長けた傭兵達だ。
その隣のテーブルの一つには酒場なのに酒を頼まずひっそりとした食事を取っている集団。テーブルの真ん中に木彫りの十字架を立てていて戦士達とは違い静かな食事を楽しんでいる。神への信仰心で治癒力促進という力を得た僧侶と呼ばれる傭兵達だ。
そして最後の一つのテーブルに座るのが魔法使いと呼ばれる魔物を研究しその源である力を利用して戦う者達である。
傭兵団と呼ばれるものは大体その三種の傭兵達で組まれている。
「勇者様がね、また死んだらしくてね。魔物の討伐が追いついてないそうですよ」
「ええ? 勇者様、また亡くなったのかい?」
「旦那、知らねぇんですかい? 道具屋だってのに耳が遠いねぇ。んなもんで、次の勇者様が任命されるまでまた傭兵家業が賑わうってわけでさぁ」
「はー、傭兵ね、俺には縁もゆかりもねぇ話だな。俺には道具屋すら才能がねぇからよ」
道具屋が酒を呷る。もう一杯いけるだろうと空になったグラスを主人に渡す。酒場の主人は道具屋が並べたお金を見て、グラスを受け取り酒を注いだ。
「才能ねぇ。才能なんてあったら勇者様に選ばれちまいますよ。他人勝手な話だが可哀想としか思えないね」
「は、可哀想ね。俺ぁ、何の因果かヨメさん貰ったけどよそれ以外才能もねぇ運もねぇ大したことない人生だったからな、勇者様に選ばれて世界救うなんて大博打、昔から憧れだったね。今でもなれるもんならなってみたいが、甲斐性すら無い俺にとっては夢もまた夢よ」
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