ほしいまま
白瀬直
第1話
天気をほしいままにできる。彼女がそう気付いたのは、物心ついてすぐのことだった。
彼女が楽しみにしていた催し事はだいたい晴れていたし、何か悲しいことがあった時には雨が降った。初恋を燻らせた夏には強い日差しが降り注ぎ、塞ぎこんだ冬は厚い雲が空を覆った。
季節に関わらず、空模様だけでなく気温や、虹や、台風など様々な気象現象が彼女の心を映し続けた。
自分の心のままに天気が変わるのを面白く思った彼女は、長い日照りが続いたある夏、悲しい物語を読んでみることにした。彼女が手に取ったのは、好き合う者同士の悲恋が紡がれた物語だ。
彼女は第一幕を読み始めてすぐに目に涙を湛え、鼻を啜りながら第二幕を読み進めた。嗚咽を漏らしながら終幕を迎えた時、周りが大騒ぎになっていることに気付く。久方ぶりの雨に対する歓喜の声だ。
一大悲劇を心に刻んだばかりの彼女は、周囲の歓声を疎ましく思いながらも、自らの能力に確信を持った。
能力への自覚はあれど、ささいな悪行にすら心を痛めてしまう彼女は、その力を悪用するでもなく過ごした。人に知られて良いことだと思えなかったので、誰にも話さずに。
嫌なことがあるときに「雨が降ったらいいな」と思って強く念じてみるものの、災害を起こしてしまったらどうしようと良心に咎められて曇り程度に収めてしまったり。特に何もない時は能天気な性癖で長い日照りが続いてしまうので、悲恋の物語を雨乞い代わりに一人で読み返したりした。
年頃には、同じような能力を持った人の集まる組織が無いか探したりもしたけれど、そうそう見つかるわけもなく。
便利なようでいて思っていたよりは扱いが面倒だなーと、そんなことを考えるくらいには彼女も大人になり、そして出会ったのが、
君だ。
彼女はとても驚いた。君が、彼女の思い描いていた理想にあまりに近かったから。
容姿端麗明眸皓歯、家に縛られる立場に生まれ、気象への深い造詣を持ち、そして彼女と劇的な出会いをする。彼女が読んだあの悲恋の主人公そのものだ。
判るだろう? 君じゃないとダメな理由。
この災害は、彼女が引き起こしている。君に出会った彼女の恋心が引き起こしている。初恋の時とは比べ物にならない。ここまでの想いを彼女が抱えてしまったからこそ、山は枯れ、川は干上がり、この国は未曽有の危機に瀕している。
別に、彼女をこっ酷く振ってくれと言っているわけじゃない。ただ、今のままではまずいことになるよと、そう言っているんだ。
彼女のことは嫌いかい?
ああ、まぁ君の好きにやるといい。この国の命運は、結局、彼女の気分次第だ。
ほしいまま 白瀬直 @etna0624
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