第9話 解答
「私の行動は、果たしてどこまで「自然」だったのだろうか?」
レイモンドの問いかけは、言ってしまえばそれ自体が「不自然」だった。
これまでの話で、どう考えても気にすべきところは他にある。……だが、レイモンドが物事を測る尺度は「自然であるかどうか」「人間らしいかどうか」以外にないらしい。
「息子さんが死んで悲しかったし、動揺したんですよね。……それで……娘さんが怪我をした時も、心配したと」
「……そういった内容を話した覚えはないが」
感情のない返答は、反論というよりは、事実を告げただけにも聞こえる。
だけど……同じなんだよ。アンと。
自分の感情を見失ったから、推測して取り繕って、「あるべき自分」を演じて「本当の自分」が分からなくなる。そっくりだよ、あんた達。
「別に、良いんじゃないですか。……人間らしくなくたって」
俺達と違って、レイモンドの隣には誰もいなかった。
孤独なまま理不尽に耐え続けて……額の傷をきっかけに、狂うしかなかった。心を殺し続けることで、苦痛から逃げようとしたんだろう。
「つっても……俺には、あなたがただの人に見えてますけどね」
ハリス家は結局、未だに上流階級としての立場を保っている。アンダーソン家の方は没落したようなもんだし、社会的、一般的に見ればレイモンドは「勝者」とされる立場だろう。
数多の苦難にも冷静に対処し続けたレイモンドを、人々は「強者」だと賞賛した。……まあ、俺はハナからそんなこと思っちゃいなかったけど。
「……なるほど。お前から見れば、私は『自然』ということか」
「いや、それは知りません。何が自然で何が不自然か、考えるだけで頭が痛くなってきます。……むしろ、大事ですかそんなこと」
よく分からないしがらみに囚われ、身動きが取れなくなってる人だって、ガキの頃から思ってはいた。
「強者」ってのは、そういうのを振り払える人のことを言うんじゃねぇのか。……別に、強くある必要もないと思うけど。
「話してくれて、ありがとうございます。……色々、知りたいことも知れました」
「そうか」
「アンに伝えておきます。ちゃんと気にかけてくれていたし、それなりに愛してくれてたって」
俺がそう言うと、レイモンドは無表情のまま、首をわずかに捻った。
「……。私は、そのようなことを語ったか?」
「語ってました」
「いつ」
「ずっと」
疑問に間発入れず答えると、さらに考え込むよう首を傾げる。
「……全く、心当たりがない」
「ない」ことと「分からない」ことは別なんだが……まあ、それは俺が首を突っ込むことじゃない。専門家でもなんでもないしな。
「自覚してないだけだと思います」
「ふむ」
俺の指摘に、レイモンドは素直に頷く。
「ナタリーさんにも寄り添いたかったし、助けてあげたかったんじゃないですか?
それで……ロバートのことも、それなりに責任を感じてた」
「なぜ、そう思う」
「なぜ……って……いや……悩んでる時点でそうだろっつうか……」
本当にどうでも良かったら、そもそも思考のリソースを割かない……と、思う。どんな人間でも、脳のキャパには限界がある。
レイモンドの眉間にしわが寄る。誰にも話したことがないってことは、他人の意見を聞いたのも初めてなんだろう。
「私は、悩んでいたのか」
「現在進行形で悩んでません……?」
「……そうか……」
腕を組み、レイモンドは深くため息をついた。
「盲点だったな」
そして、相変わらず無表情のまま、淡々とした声音で、そう呟いた。
***
「おかえり、ロッド」
外出するのは、体力も気力もごそっと持っていかれる。……だけど、リビングでテレビを見ているアンを見たら、全部吹っ飛んだ。
「なぁ……アンってさ、自分が人間らしいかどうかって気にする? あと、自然かどうか」
本人の父親から聞いた内容とは伝えず、それとなく聞いてみる。
アンは「ん?」と首を傾げ、テレビを消して俺の方を見た。ターコイズブルーの瞳は、やっぱり、父親とよく似ている。
「……さぁ……。っていうか、人間らしさって? クソさ具合のこと?」
「そういや人間嫌いだったか……」
たまに忘れそうになるが、アンは身内以外の人間があまり好きじゃない。あまり関わりたくないのは事実だけど……助けを求めた時に支援されるのはどんな人間にも与えられるべき権利だから、見ず知らずの人ほど基本的には親切にする……んだっけか。
要するに、たまに塩対応される俺はそれなりに信頼されてるってことらしい。可愛い。
「自然……に関しては……。……えっと……。……どういうこと?」
「俺もわかんねぇ」
「なんだよ、それ」
苦笑しつつ、アンは立ち上がって俺の方に歩いてくる。
「……脚、大丈夫か? 倒れんなよ」
「ちゃんとリハビリしたし」
「……でも座っとけって!」
「別に、平気だよ?」
ソファに座らせようとするけど、アンはケロッとした顔で俺にハグをした。それはちょっと刺激が強い。心臓が口から出そうだ。……いやいやいや、落ち着け俺。
……ああ、そうか。そういや、アンは……
「……なるほどな」
「えっ?」
「自然かどうか、人間らしいかどうか……あの人はそれを気にしてたけど……要するに、自分自身で決めつけた『定義』にこだわっちまってたんだ 」
「……んん?」
「アンの場合は……『いつも通り』と『平気』にこだわりすぎだ」
俺が指摘した途端、苦しそうな呻きが小さく聞こえた。
聞き逃さず、ふらついた腰を支えて座らせる。
額にキスをすると、ターコイズブルーの瞳からポロリと涙が溢れた。
「……痛かったらメールしろっつったろ」
「……だって、治るもんじゃないし」
ふい、と顔を逸らすアン。可愛いけど、それじゃ誤魔化されない。いや、向こうは誤魔化してる気はないだろうけど。
「だからって我慢すんな。また認識バグるだろ。……指何本?」
目の前にとりあえず三本、指を立ててみる。
「……指……?」
「ほらな……」
「ま、待って!! 見えてる! 見えてるから! 大丈夫!!」
「その『大丈夫』が信用ならねぇんだよなぁ……」
生憎と、俺には抱えて運ぶだけの力はない。
でも、隣に座って手を握ることぐらいはできる。
「……どうだった。父さん」
「ちゃんと気にかけてくれてたし、それなりに愛してくれてたよ」
「……ん」
俺の肩に頭を乗せ、アンは安心したように瞼を閉じた。頭を撫でると、心地よさそうに微笑む。
どうしよう、本当に可愛すぎる。
「……また気持ち悪い声出てる」
「マジか……気を付けてんだけどな……」
「別にいいけど。ロッドだし」
「えっ、それってどういう」
「うるさい。肩動かすな、ばか」
「ウィッス」
いつか、俺を介してでなく、理想で作り出された陽炎の姿でもなく……不器用な父と娘が、素直な感情で触れ合える日を願っておこう。
勝者だろうが、敗者だろうが、きっと、二人にとって大切なのはそこじゃない。
「ありがと」
……アンの安心しきった声が聞けたので、ひとまず俺は満足だ。
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